新幹線

個人的にも世間的にも衝撃的な事件だったと思う。
自分は普段からニュースは見ている(眺めている?)が、あまり感情を揺さぶられることがない。
だが、この事件は違った。
理由は自分と次の三点が小島さんと重なったからだと思う。
・年齢
・家族との関係
・病気
年齢は一致していないけど近い。
家族との関係も、小島さんほど悪くはないかもしれないが少し複雑だ。
自分は自閉症ではないけど、発達障害の診断が降りている。

実行はしなかったが、自分も人を本気で殺そうとしたことはある。
相手は小島さんとは違い両親だった。
まだ小学生にも満たない幼い頃に殺そうとした。
理由は、両親の喧嘩が絶えず自分にまで喧嘩の火の粉が飛んできていたからだ。
実行に移さなかったのは、反撃と警察を恐れたから。
自分は幼かったので、成人を一撃で仕留める方法の解を導くことができない。
警察に逮捕され、刑罰を受けることをひどく恐れた。

どんなに苦しい環境に身を置かれていたとしても、殺人は法に照らし合わせれば罪であることはわかっている。
けれど、その罪を理解はしているが、納得いかない。
殺人にまで至らせたのは環境ではないのか?と言いたくなる。
殺人犯に罪を償わせるのは仕方ない。
けれど、環境はこのままでもいいのか?全ての罪は末端が負うべきなのか?
小島さんの環境がほんの少しでも変わっていたなら殺人は起こらなかった可能性はないか?
起こってしまったことはどうしようもない。
しかし、これから起こるかもしれない事件を防ぐ環境は構築できるものだと思う。

世界はそろそろマクロの視点から考えてほしい。
いつまでもミクロの視点で考えているのは、汚いキャンバスに絵を描こうとしているようなものだと思う。

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