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東京縦断(完全版)

東京の北の果てに突出している清瀬市から横浜への通勤を「東京縦断の旅」と称しても、そう大袈裟ではないだろう。往復110km、凡そ三十里の道のりは、徒が主な交通手段であった時代には一日かけてやっと移動する距離だったのではないか。

幼い頃からふらっと当て所もなく遠出するのが好きで、高校、大学では大きな旅もした。当時の私にとって旅とは、世界の新しい姿を見せてくれるものであった。中でも、夜更けに大荷物を背負って旅立つ時、また野宿をしていて冷たい朝露に起こされて目にする、暁の情景がなんとも好きだった。人気のない、仄暗い、それゆえ穢れない世界は際限のない自由そのもので、私はその中に遊び、心を洗い、人恋しくなった頃に自転によって再び活気を蘇らせる地球への信頼を新たにしただった。


半年前に大学を卒業して仕事を始めてから、この夜明けの喜びは消え失せてしまった。ラッシュを避けるために夜明け前に起きたとて遅刻すまいと思うと忙しなく、夜明けがもたらす活気は脳内で箱の中での労働イメージと結びついてしまった。

今も本稿は満員電車にもまれながら書いている。日の光の届かない地下を行くこの堂々めぐりの旅は、いったいどこに帰着するのだろうか。

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