マガジンのカバー画像

自動筆記のようなもの

71
自動筆記のようなもの
運営しているクリエイター

#現代詩

人間味の獲得

何もしなくても許される年齢は、小学生で終えていた。10代になると、何もしないことが恐怖になる。自分以外が何かしていることの恐ろしさ。ぼーっとする時間が見当たらず、忙しくしていることが当たり前になってゆく。こんなにもやることがあるのか、と知る十代の頃、少しでも長生きしたくなる理由が分かった気がした。永遠に終わらない宿題を抱えて、80年間を生きてゆく。そんなに生きていたら飽きてしまうのはないか、という恐怖があったけれど、心配いらなかった。歳を取るごとに、自動的にやるべきことが降っ

秘め事

モネの睡蓮を見るたびに、森の中の睡蓮を見ることができなくなる。あの絵画に描かれているような睡蓮を見ることができない私は、現実から逃避してゆく。憧れの人にはなれないという現実が、私の頭上に襲いかかる。モネの光景を見ようとしていること自体傲慢でしかないと知っているし、そんな全能感はやがて崩れてゆく。私が見ている光景は誰もが見ている光景でしかないのだ。いや、それでも私にしか見えていない光景があるはずだ、という僅かな希望も持っている。私にしか見えない一瞬があるはずで、私にしか見えない

死神の目

信号が青になった瞬間、一斉に歩き出す群衆の姿。これが秩序である。赤信号で渡ると、死ぬかもしれない。そうだ、私たちは死なないために、秩序を守っている。もし、人類が不老不死になったら、信号なんていらないし、免許なんていらないし、お金なんていらない。警察もいらない、法律もいらない、病院もいらない。時計を捨てる、権力を捨てる、国家を捨てる。歴史を忘れ、偉人を忘れ、過ちを忘れる。きっとそうだ、私たちは生きるために、秩序を守っている。

鏡の中の私、私の中の風景

いつもと同じ風景を彷徨うことで、私自身を確認してゆく。鏡を見るだけでは何者なのか分からなくなっていたあの時、見覚えある風景だけが私を繋ぎ止めてくれていた。肉体や精神さえも信用できないこの世界で、あの風景だけが私自身を証明してくれていた。他人から見た私が、私ではないという事実に気づいた時、この世界には誰も生きていないことを知った。正しい人間なんていないのだ、間違った人間しかいないのだ。自分自身さえ、間違った人間なのだ。永遠に正しい自分にはなれないことを知っている。だから、せめて

嗚呼、孤独。

街中を歩いている人は、誰かと歩いている。誰かと待ち合わせしている。誰かと時間を過ごすため、どこかへ向かっている。人類はこの世界にたくさんの目的地を創り上げてきた、と想像する。あてもなく放浪している人々には、何が見えているんだろうか。一人でいることの恐怖が芽生え、愛と犯罪が生まれている。森へ入ることが孤独と言うならば、街中にある孤独は別物なのだろうか? ふっと見えた自転車が、孤独の象徴みたいだった。群衆を切り裂く乗り物が、儚い生命を漂わせていた。群衆は、国家に対抗できるほどの力

幻想の戯言

世界大戦を引き起こした世代は愚かだ、と私たちの世代を正当化する愚かさ。まだ100年も経っていない人類の汚点を客観的に見ることなんて許されない、と地球が言うだろう。人類の愚かさは、たった1世紀で消し去ることなんてできない。戦争はあれほど醜いものだと知っているはずなのに、やはり戦争は起こる。世界大戦を経験しても、ベトナム戦争だって、イラク戦争だって、それ以外の戦争だって起きている。性善説か性悪説かなんてどうでもよくて、いつまでも人類は愚かなのだ。こんなこと言ってもいずれ戦争は起こ

白夜の真夜中

灼熱の太陽が君に反射して、私の眼球は失明した。生涯忘れることのできない、微かに見えたあの光景。あの暴力を糧にして生きてゆく。夜、すべてが等しく消えてゆく。月光に照らされた地球から君が消えてゆく。夜空に輝く光には、無条件に美が内在している。花火、飛行機、流れ星。高層ビルかもしれない。テレビに映った湾岸戦争には、ミサイルが飛んでいた。生命を脅かすその軌道には、神秘的な美が漂っていた。夜空は輝くためにある。たとえ兵器でも、私たちは上を向く。暗闇の中に突如現れた光に照らされて、無条件

天秤のような星

医学は死の予感を炙り出した。余命宣告ができるということは、その宣告が通達されない限り、未来を生きていけるということ。医学によって、人類は未来の証明書を手に入れた。生命の余裕を手に入れた。平均寿命に近い年齢になることで、死の予感がだんだんと芽生えてゆく。それでも、突然今死んでゆく生命がある。死の予感を無効化する絶望的な現実が存在している。予定調和を破壊していく異端児は、革命家として歴史に名を刻む。死の予感が渦巻いている革命家、誰かにとってテロリスト。それに扇動される大衆へ死の予

生命の可逆性

宇宙人ですら地球に迎合した瞬間、何かを失ってゆく。社会に溶け込んだ瞬間、私を失ってゆく。溶け出した私の残骸を、他人が機械的に処理してゆく。失うことなく残るものは、社会に必要なものなんだ。それを大切にすることが、処世術。残骸を取り戻そうとするけれど、瞬間冷凍された私は、すでに死んでいた。だんだん溶けてゆく私は、土の中へ染み込んでゆく。死骸だらけの地層に閉じ込められた人類のかけら。地上で動き回る人類は、それ以外のかけら。僕らは欠けていることでしか生きていけない。一輪の花びらみたい

都会へ駆け出す

街中を歩く。ふっと、この前会った人に出会う。名前は知らない。話したこともない。けれど、顔は知っている。多分、あの人もよくこの街を歩いているんだろう、と思う。この先も、きっとあの人を知らないまま生きてゆく。顔さえ知らない人が通り過ぎても何も感じなくなったのは、都会に住みはじめてからだろうか。あの人を見かけると、いつもそのことを思い出す。挨拶すらしなくなった私を、都会に染まっている、と誰かが言うのだろうか。都会に染まった瞬間、私たちは余命宣告されている。都会から脱出できない人間へ

空中浮揚

寝落ちした朝、昨日が染み付いている。不意に終わった一日が、人生の終わりみたいな気がした。やり残したことがあるのに、時間は進んでゆく。昨日の記憶を今日の私が処理しているのだから、私はまだ昨日を生きている。後回しした分だけ過去を生きていて、だから、今を生きることができなくなる。睡眠が一日に境界線を与えてくれる、と思っていたけれど、大人になるとそれは曖昧なものでしかなくなる。時刻なんてもっと曖昧だ。12時超えたって、私の身体は日付変更線すら超えていない。抜け出すことのできない一日を

瀬戸際の助け船

久しぶりに会った友人が、私の知っている友人ではないように思えて、悲しくなることがあるけれど、それは傲慢でしかなく、身勝手な感情でしかない、と知っている。それでも、あの時のあの人の面影が一つも残っていないことが、時間とは何か、の答えのような気がした。好きだった人は、何年経っても同じままでいてほしい、なんて決して言えない。まして、家族とか親戚とか恋人とか婚約者とかでもない、赤の他人なのだから。だから、変わってゆくことを歓迎できる人間になりたい。それでも、あの人が間違っている道へ進

風に吹かれてゆく

どこからか風が吹いている。きっと、地球にいるんだろう。地球が回っているみたいに、いつまでも風は吹いてゆく。私に触れた風は、きっとあなたへ届いてゆく。目に見えない、印もない、それでも、私はあなたを感じることができる。きっと、証拠なんて意味ないんだ。たとえ全てが滅びても、私の感性だけは守ってみせる。風のように、私はどこかへ飛んでゆく。たとえ宇宙でも、風は消えない。

光年の記憶

夜空に輝く閃光に何億光年の歳月が流れているように、あなたの姿が曖昧になってゆく。私の網膜は人間の寿命を超えることができなくて、目の前の死を見つめている。あそこには名残惜しい跡が残っていて、前世の記憶を辿ることしかできない。侵食された境界線に、濁流の暴力が刻み込まれている。消えてしまった土の思い出は、きっと海底に沈澱しているんだろう。灼熱の太陽すら届かない海底に、誰にも知られたくない記憶が埋まっている。あの星々より遠い歳月が、そこには沈んでいる。