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近未来のロケットは都市ガスで飛ぶ

性能が良く、環境に優しく、安く、将来は月でも火星でも使えるロケット。近未来のロケットの燃料は都市ガスである。

都市ガス?

家のコンロをひねれば出てくるガスは都市ガスとプロパンガス(LPガス)に分かれていて、化学物質が違う。都市ガスは天然ガスとも呼ばれ、物質としてはメタン、化学式ではCH4である。ロケットの燃料としては少し高くて純度の高い純メタンと不純物が混ざっているLNG:液化天然ガスの両方がある。

ロケットの燃料?

ロケットは作用反作用の法則で自分の持っている燃料(推進剤)を噴出しながらその反力で飛んでいくものであるが、その持っている推進剤と噴出方法によっていくつか種類がある。

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地上から打ち上がっているものは化学推進のロケットであり、化学推進ロケットには推進剤種類によって液体・固体・ハイブリッドと分かれる。液体推進剤は化学反応が起こる物質の種類だけあるので膨大な種類が考えられるが実用的なものはいくつかに絞られる。その中でも炭化水素燃料と呼ばれるものは更に細かく分かれている。その中でも都市ガスにも使われているメタン(LNG)が近い将来は有望である。

メタンは気体(ガス)状態だと体積が大きいのでロケットに使う場合は液化する。純度の違いによりガス商品としては液化純メタンとLNG(液化天然ガス)がある。

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ロケットの推進剤比較

ロケットに搭載しているのは燃料と酸化剤の2つある。併せて推進剤と呼ぶ。ここでは酸素を酸化剤として比較すると、以下のようになる。

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MOMOではエタノール

これまで、インターステラテクノロジズ(以下、IST)ではMOMOというロケットの燃料にエタノールを用いていた。これはコストが安く・常温で液体で取扱いやすく・安全で・環境に優しいからである。特に、ノウハウや体制が整う前では運用性や安全性は重要であり。新しく小さい組織が地域の理解を得るためには環境性は極めて重要である。

ZEROではメタン(LNG)

次期ロケットであるZEROではメタン(LNG)を使用する。これは性能や機体サイズを重視したからである。他の燃料は安いロケットを日本から打上げようという趣旨から外れるので除外した。

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メタンはいいぞ

◯性能がいい
ロケットの燃料の性能は持っている化学エネルギーと分子量に依存する。実用的で最強の燃料は水素なのだが、水素を除くとロケット用燃料としての性能が良い

◯環境に良い
メタンは揮発性なので土壌や海洋を汚すことは無い。更にCO2排出量も少ない。ケロシン(灯油系燃料)では土壌や海洋への対策が必要である。水素と比較すると、揮発性は同じだが製造中のCO2排出量が多いので、水素がクリーンなエネルギーかというと現状ではウソである。固体燃料は燃焼ガス中の塩素化合物がオゾン層を破壊するし、排気ガス中のアルミ粉が宇宙ゴミになる。

◯燃料が安い
燃料の値段が安い。150円~300円/kg程度である。ロケット用ケロシン(RP-1)と比べて10分1程度。水素と比べると20分の1程度。ロケット全体のうち燃料費は全体の数%と言われるが大きな試験では燃料費だけで数百万円かかることを考えると馬鹿にできない。

◯ロケット全体が安くなる
炭化水素燃料全般に言えることだが、取扱い易い燃料のため全体的にロケットの部品が安くなる。水素では-253℃の液体のために空気中の酸素でも液化させてしまい。空気中で放ったらかしにしているだけで爆発の可能性があり危険である。そのためヘリウムガスなどで掃気したり、漏れ対策も大変である。固体ロケットは製造時特有の問題や運用のためにコストがかかるようである。したがって比較してメタン含む炭化水素燃料が有利になる。

◯調達しやすい
LNGは国内の工場や発電所等でも広く使われていて、全国的に流通・インフラ整備がされている。日本は世界一のLNG輸入国であり、LNG取り扱いについては数多くの国内企業が高い技術力をもっている。発電など国内産業に欠かせない資源のため、国家的な調達戦略が決まっていて、供給が安定している。

メタンのデメリットは?

△体積が膨らむ
メタンは液化していても密度が低い。つまり体積が膨らんでしまう。水素よりはかなりマシだが、ケロシンや固体燃料に比べるとずんぐりむっくりなロケットになってしまう。ずんぐりむっくりなロケットだとロケットの性能に効く「構造効率」が悪くなる。

△極低温かつ蒸発すると可燃性ガス
冷やし続けないと液体でいられないのと、大量の可燃性ガスが出る可能性があるということで現場で温度管理や安全管理が必要になる。エタノールと比べると少し手間である。

△LNGは純度のコントロールが必要
純粋なメタンではなく、不純物があるLNGは液化天然ガスと言っているように天然のものなので産地やロットによって不純物の成分が違う。きちんと管理することや燃料代が数倍になっても純度の高い液化純メタンを使うか、どちらかが必要になる。それでも炭化水素系燃料の中では不純物管理の必要性は低い。

△燃えにくい???
メタンは燃えにくいと言われることがあるが、一部は誤解である。水素と比べると着火に必要なエネルギーが大きく、燃える燃料・酸化剤の混合比率範囲も狭い。また水素・酸素と比べると化学反応速度も遅い。しかし、炭化水素燃料はどれも同程度である。国内での航空宇宙用の使用例としてエアブリージングと呼ばれる別のエンジンの実験結果から着火性が悪いだの保炎性が悪いだの問題があったが、ロケットでは簡易な工夫でクリアできる。国内での使用例が多くないために、その時の課題が大問題のように取り上げられすぎている。

△実用例少ない
歴史的な経緯から、液体ロケットはケロシンや水素やヒドラジン系が中心で開発されてきた。中間的な性能であるメタンは後回しにされてきた。さらに、不運なことに数少ない開発例は開発失敗・実用化しなかったと続いてしまった。物理的な原因では無いのでクリアできるものだと考えている。

メタン記事5

メタン(LNG)は未来のロケット燃料

メタン(LNG)はその性質から地上から打上げるロケットから軌道上でのロケット、月着陸や火星での使用が世界中で考えられている。

◯再使用性
エンジンの冷却性能や燃料の残りカスみたいなもの(コーキングと言う)や燃料によってエンジンの金属が痛む(サルファアタックなど)が再使用性を悪化させるが、メタンや水素は良好な性質をもっている。 

◯宇宙空間での貯蔵性
液体水素と比べて沸点が高いため,宇宙空間で気化する ことなく,長期の保管が可能になる。

◯無毒性
ヒドラジンなどの貯蔵型推薬と比べて毒性がないため, 有人ミッションでの安全性が高い。

カーボンニュートラル、地産地消
メタンは天然ガスの輸入だけではなく、国内生産もされている。家畜の糞尿などから生成されるバイオガスはメタンが主成分である。特に北海道ではバイオガス生産量が日本一である。バイオガスからメタンだけ分離する技術も国内企業が有している。実現すれば燃料の地産地消につながる。当然、バイオガスなのでカーボンニュートラルであり、環境にやさしい。

他惑星でも地産地消
メタンは火星でもサバティエ反応という化学反応を使うと生成できる。他惑星で燃料が作れれば地球からわざわざ持っていく必要がなくなり、水と(火星の)空気から作れるメタン/液体酸素のロケットは火星で使われるロケットでは標準になるだろう

日本にとって悲願のロケット燃料

ロケット燃料としてのメタン(LNG)は実は日本では30年前から検討・研究・開発されている

一例を挙げると、1987年のAIAA(アメリカ航空宇宙学会)の論文にJAXA角田宇宙センター(当時の科学技術庁航空宇宙技術研究所:NALの角田宇宙推進技術研究所)によってメタン/液体酸素の燃焼実験が行われている。ロケット業界的には世界で一番権威あるAIAA Joint Propulsion Conferenceで発表されている。しかし、残念ながらこの研究は継続と実用化はしなかったようである。

87年の論文1

GXロケット 飛ばなかったロケット

近年でも大規模な予算をかけた国内開発例がある。GXロケットというものだ。
日本に小型のM-Vロケット(現在では後継機であるイプシロンロケット)、中型のGXロケット、大型のH-2Aロケットのシリーズが揃うチャンスであったが、GXロケットは開発中止になってしまった。

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民間、文部科学省、経産省で150億円づつ、計450億円が投じられ、その後も継続して投資されていたが、開発費の高騰で中止に追い込まれてしまった。開発完了までやっていたら合計で開発費で1500億円から2100億円かかっていたとされる。
このGXロケットの2段目がLNGを燃料としたロケットなのである。
2000年代初頭から開発されたそのLE-8エンジンは紆余曲折があり、完成を見ずに継続的にLNGロケットエンジンの開発は現在でも続いている
これも継続で15年近く開発が行われているのである。

将来技術として有望だとして30年前から国内で研究され、ここ15年以上研究されているLNG燃料のロケットはまだ飛んでない。
そして、ずっと技術開発されている。

ZERO これから飛ぶロケット

そして現在、ISTによるZERO用ロケットエンジンが開発中である。

30年以上前から研究していた角田宇宙センターでISTとJAXAがJ-SPARCという事業共創活動として燃焼実験を実施している。ZEROが飛べば、日本としては巨大な投資をしてきた技術の成果として悲願のものになるのである。

開発企業側としては国内のアセットの活用ができるので一番大変な基礎研究への投資が少なくて済む。そして小規模なベンチャー企業であるが、ISTは未来のロケットとして有望な技術を国内で一番活用する企業になりえる。

海外でも注目のLNG(メタン)ロケット

SpaceXのラプター
推力200トン、フルフロー2段燃焼サイクル、30MPaの中二病クラスの最強エンジン

Blue OriginのBE-4
推力240トン、酸素リッチ2段燃焼サイクル。13MPaのエンジン。ラプターよりは手堅い最強エンジン

ヨーロッパ宇宙機関のプロメテウス
推力100トン、ガス発生器サイクル、10MPaのSpaceXのMerlinエンジン対抗のヨーロッパの本気エンジン。1機1.2億円で作ろうという野心のあるエンジン。SpaceXの強みをよく研究している、ヨーロッパの次々基幹ロケットで重要になる。SpaceXの強みがロケットエンジン自体の価格であるということを書いた拙記事も参考に。

ヨーロッパの次世代小型ロケットの上段にも。VeGA LM10(MIRA)
推力10トン(真空中)、フルエキスパンダサイクル、6MPa。
イタリアとロシアで開発している。

既存大企業の次世代構想
アメリカのロケットエンジンの歴史を作ってきた企業であるAerojetRocketdyneやヨーロッパ最大の航空宇宙企業であるAirbusグループでもメタンを燃料にしたロケットが検討されている。(いた?)


中国ベンチャーもメタン
LandSpaceは推力10トンのPhoenixの開発をし、次期ロケットエンジンTQ-2は推力70トン級だといわれている。

日本でも継続して
LE-8の推力10トンのガス押し式1.2MPaのエンジンのあと、JAXAとIHIで推力3トン、フルエキスパンダサイクルの4.7MPaのエンジンを開発している。技術開発としてはすばらしいが、飛ばそうと思うと重量や価格などでは課題があるのではないかと考えている。

メタン記事6

GXロケットの開発を受けて

GXロケットは2003年から2009年に事業仕分けされるまで開発された。その顛末は日経BPのWeb媒体の松浦晋也さんの記事がわかりやすい。(現在では消されてる涙)そこでは失敗理由を8つ挙げられている。技術的な観点では少しピントがボケて辛辣すぎる点もあるが、全体的には鋭い指摘だと感じる。

1) 基礎研究の絶対的な不足(液化天然ガス[LNG]など炭化水素系燃料の基礎的な燃焼特性データ、衝突型噴射器、複合材料の基本的物性など)
2) 技術で決めるべきことを、政治的理由を優先して決める(GXロケットの規模からしては過大な、ロッキード・マーチン社の「アトラスIII」ロケット第1段の採用)
3) 技術的要請からではなく、予算を取るという観点からの開発アイテムのスペックを決定する(技術開発を標榜する文部科学省に対し、「簡素で高度な設計」をアピール)
4) 技術的に保守的であるべき商用ロケットの開発に、先端技術開発を組み込む(経済産業省と石川島播磨重工業[IHI]は商用ロケットを希望、宇宙航空研究開発機構[JAXA]はLNG推進系技術の開発希望)
5) 過度に楽観的な開発スケジュールや予算の見積もり(開発フェーズ入りから3年で初号機打ち上げを設定)
6) 省庁間の対立(文部科学省vs経済産業省)
7) 開発遅延による周辺状況の変化(ロシア経済復活による第1段エンジン「RD-180」の大幅値上がり)
8) 2006年の見直し後の、JAXAにおける人材の逐次投入

GXロケット内部図解

GXロケットの教訓とそれを活かして

GXロケットはうまく完成していたら日本が誇る良いロケットになっていただろう。心の底から日本で中型ロケットが完成して欲しかったと思う。いくつかの上手くない点があって日本として数百億円の投資されたものが眠ってしまっている。これを何とか活かしたい。松浦さんの記事に追加して自分が教訓として重要だと思う点を書くと、

口を出す人が多く、まとめられなかった
・2003年開始で3年後完成予定が、6年後の2009年時点でも3年後の完成予定とずれ込んだ。
・日本の射場(種子島)を使うと改修費用がかかるためにアメリカの射場を使う予定になった。
・1段目は他国からの調達予定が、相手に振り回された
・最初はロシアからNK-33というエンジン購入予定が、アメリカのベンチャーに抑えられて購入不可。妥協して別のを調達予定が、それは製造中止になった上のでアトラスVの1段目という大きすぎるものを買った。
・ロシアからアメリカ経由で購入予定の1段目エンジン(RD-180)の価格が10億円から30億円まで値上げされた
・当初予算の450億円で開発しきれず2~3倍かかり商業市場競争力が無くなった。

GXロケットのプロジェクトの主体であるGALEX社と関係者、組織の複雑さは図を見るとわかる。

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メタン記事7

まとめ

ZEROはメタン(LNG)を燃料とするロケットする。LNG燃料のロケットは日本のアセットを活用でき、性能がよく、環境に優しく、将来期待され、世界の潮流に乗っていて、日本に向いている燃料である。

メタン燃料のロケットは国内で打上げの実績のあるところはまだない。自社開発を志し、観測ロケットMOMOで国内民間企業として初めて宇宙にロケットを飛ばしたインターステラテクノロジズが使うことで、未来のロケットを国内に実現できる。

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参考資料

内閣府 第20回宇宙開発利用専門調査会資料(2004年3月25日)
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/cosmo/haihu20/siryo20-4.pdf

文科省 宇宙開発委員会 推進部会 LNG推進系飛翔実証プロジェクト評価小委員会 JAXA資料(2006年9月16日)
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/uchuu/haifu/h18/lng/06100308/001.pdf

文科省 第50回宇宙産業・科学技術基盤部会 JAXA LNGエンジンの研究開発状況について(2019年11月5日)
https://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-kiban/kiban-dai50/pdf/siryou1-4.pdf

日経BP 松浦晋也さんのGXロケットに関する記事(現在アクセスできない)

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