トラウマ治療についての検討【噛み砕いた版】

[はじめにいくつかの注釈]

※以下の文章では、出てくる単語がなんの文脈の言葉示すために
単語(文脈)
のように、単語の直後の括弧にその文脈を書いて表記します。

凡例:パーツ(神経生物学的パーツアプローチ)

※以下の文章では、兎野の個人的なトラウマ治療についての考えを話しています。兎野は精神医学や臨床心理学の専門家ではなく、一般の障害当事者です。参考程度に読んでください。
間違い等ありましたらご指摘いただけますと幸いです。
また、全ての人のケースにそれが当てはまる訳ではありません。
もし当てはまるとしても一気にガラッと変えようとすると反動で辛くなると予想されます。
少しずつ少しずつグラデーションのように治療を進めて取り組んでいけると良いと思います。

※以下の文章に書くことは、最後の参考文献に基づいた上での兎野個人の見解です。
以下の文章に登場する言葉の表現が、全ての人のケースでしっくりくるとは限りません。しっくりこないと思ったら、無理に自分のケースに当てはめないでください。
以下に書くものが誰かのケースでしっくりきて役に立つならうれしいし、そうでないなら、その人にしっくりくるトラウマ治療の方法がみつかることを心から願っています。

※以下の文章には、兎野で具体的に行っている治療の詳細は書いていません。それはいつか個人情報等を改変した形に編集する元気があるときに別の記事で公開できたらと思います。
なお、以下の文章のことはなるべく簡潔にまとめるよう心がけたものなので、一見して治療の過程がとても簡単だと感じられるかもしれませんが、遂行するにはある程度の訓練や環境整備、それをするだけのエネルギーを必要とします。これは脅そうと思って書いているのではなく、多少治療の過程で難航することはあると思われますが、その時に(もちろん必要な休息は挟みつつ)諦めずに続行することを励ますために書くものです。

ーーーーーーーーーーーーー

ぼくはDIDの当事者で交代人格ですが、その機能だとか役割だとか言われる前に、1人の人として、どうしたらトラウマから解放されて幸せに楽に生きていけるようになるか、治療の羅針盤となるような考え方を構築したくて勉強と実践を続けてきました。
今回は、それに一区切り、暫定的な総括がまとめられそうなのでそれについて文章を書きます。

ーーーーーーーーーーーーー

【文中に登場する図の参照はこちら】

ーーーーーーーーーーーーー

①まず、構造的解離モデルというものがあります。

これは、図1に表すように、健常な状態ではひとつの自我(≒パート)が、解離すると、第一次から第三次までの段階を経てANPとEPの複数のパートに分かれる、というモデルです。
ANPというのは、あたかもノーマルなパート、EPというのは、情動的なパートのことです。【図1】

兎野では、この構造的解離モデルをベースに人の精神構造を理解する上で、ここに内的家族システム(IFS)というモデルのセルフという考え方を組み込むことが重要だと考えました。

セルフというのは、人が生まれながらにして持っているとされる、8つのC(詳細は下記)の特性をもつ、自我のない在り方のことです。
生まれたての赤ちゃんは、自我がなく、現実世界と自分との区別がつきませんが、IFSでは、そんな赤ちゃんも以下の8つのCの特性を持っていると考えられています。

【8つのC】
Curiosity:興味関心。好奇心。

Compassion: 慈悲のこころ。思いやり。

Calm: 落ち着き。冷静さ。

Courage: 勇気。

Clarity: 明確さ。明晰さ。

Confidence: 自信。

Connectedness: つながり。

Creativity: 創造性。

これは、誰もが持っていて、人がその後の人生を健康に生きていくための、とても大事な資源です。

そして、IFSでは、このセルフを土台として、その上にパーツと呼ばれる自我を持った部分が生まれると考えられています。このパーツというのは、構造的解離モデルのパートとほぼ同じ意味の言葉です。

セルフは8つのCと呼ばれる「質/特性」を備えるとされるけれど、それは単に「在り方」であって、パーツからアクセスされて使われない限りはただ「在るだけ」の資源です。
パートがセルフにアクセスする、というのは、パートがセルフの特性の色眼鏡をかけて物事を見る、ということです。
だから、セルフが自ら現実世界に繋がってその特性を発揮する=セルフ自らがアクションを起こす、ではなくて、

セルフ⇆パート⇆現実世界

というかんじで、現実世界で実際にアクションを起こすのは必ずパートであって、パートはその時現実世界でアクションを起こしながら同時にセルフにアクセスして繋がることができます。

ただの「在り方」であるセルフでは、1人の同一性のある人間として現実世界を生きていくことができないので、現実世界に即して生きていくために、生まれたてのセルフしかない状態からパートを生み出して、パートが1人の人として同一性を保つための「記憶装置」や「感覚器」の役割を担い、人は「自我を持って」生きていくんだと思います。【図2】

【セルフとパートの関係の具体的な例】

セルフは、《Curiosity:興味関心を持って接する姿勢》を持っているけれど、ただ持っているだけで、実際に興味関心をもって接する主体はそれにアクセスしたパートです。
セルフは8つのCの特性をパートに提供し、パートはそれを実行するための主体の存在をセルフに提供します。

そう考えると、構造的解離モデルで想定しているような人格の解離が起こるのは、現実世界を生きるために、単一の自我≒パートでは対処しきれないトラウマに直面したからだと考えられます。そして、人間はそれらのトラウマに対処するために、「記憶装置」や「感覚器」の機能を分けて自我を複数生み出します。これが、解離と呼ばれる現象なのではないではないかと兎野は考えました。ここでの自我の強度によって、それが弱ければ自己が断片化されたパーツ(神経生物学的パーツアプローチ)になり、強ければ人格として表現されるものになるのではないでしょうか。

※IFSで言われる「パーツ」という言葉は、自己(≒パート)の様々な側面を表し、神経生物学的パーツアプローチで言われる「パーツ」という言葉は、自我を持っている人格(≒パート)やそれを表現するアイデンティティが細かく分けられたもの(日常を送る自己≒ANP 以外のパートのこと)を表します。同じ言葉ですが少し意味が違うので注意!【図2※】

ーーーーーーーーーーーーー

② ①で述べたようなモデルで考える時、病的な解離の状態を持つ人がその治療のためにできることは、それぞれのパート(それが人格の場合もあれば神経生物学的パーツアプローチのパーツの場合もある)を、セルフが認めることだと兎野は考えます。セルフの持つ8つのCの特性をもって認められることは、自分の中のそれぞれのパートの間で安定した愛着を築くために必要不可欠だからです。

しかし、先に①で述べたように、セルフは「“自我≒パート”のない在り方」ですから、セルフ自体が主体的にパートを認めることはできません。
そこで、パートがセルフの特性の色眼鏡をかけながらその他の人格やパーツを認める必要があります。
ですから、まずそれぞれのパートがセルフにアクセスできるように訓練する必要があります。

ところで、ここで言う治療とは現実世界で活動するパートたち(構造的解離モデル)とセルフ(IFS)のつながりを良くして現実世界を生きやすくすることです。
結果として解離性同一性障害における統合(融合)も共存もどちらも取り得るだけで、その両方かどちらかがゴールという訳ではありません。

ここで実際的なことを述べるなら、解離したパーツ(神経生物学的パーツアプローチ)や人格を他の人格と統合するというのは、セルフ(IFS)にアクセスできる母体に統合する時には有効だと考えられますが、そのおのおのがセルフ(IFS)にアクセスできるように訓練されたなら、その限りではありません。【図3】

では、セルフ(IFS)に実際にアクセスできるようになるための訓練としてはどんなことができるでしょうか。
まず、日常を送る自己(神経生物学的パーツアプローチ) ≒ANP(構造的解離モデル)がパーツ(神経生物学的パーツアプローチ)と非ブレンド化(神経生物学的パーツアプローチ)の関係を学び、非ブレンド化(神経生物学的パーツアプローチ)を実践することが必要です。
非ブレンド化という言葉を説明する前に、ブレンドという言葉について説明します。これは、自分と他のパートが混ざってしまい、自分が他のパートの特性の色眼鏡をかけている状態です。
そして、この状態から脱してその色眼鏡を外すことを非ブレンド化と言います。
これには自分と他のパートを客観視する視点を持つ訓練が必要です。手法としては外在化(スキーマ療法)や脱中心化(ACT(のうちマインドフルネス))を学び訓練することが役に立つと考えられます。

そして、その上で日常を送る自己(神経生物学的パーツアプローチ) ≒ANP(構造的解離モデル)はヘルシーアダルトモード(スキーマ療法)やハッピーチャイルドモード(スキーマ療法)を取り込みそれをパーツ(神経生物学的パーツアプローチ)との関係の中で再現できるようになる必要があります。
モードとは、スキーマ(後述)が刺激されたときに起こる感情や考えや行動などの反応のことです。その中でも、ヘルシーアダルトモードとは、自分自身についてポジティブあるいはニュートラルな考えや感情をもっているパートの状態で、自分にとってよいことをし、またそうすることが健康的な対人関係や活動へとつながっていく適応的なモードです。
ハッピーチャイルドモードとは、愛されている、満たされている、守られている、理解されている、承認されている、のように感じているパートの状態です。
そのパートは自信に満ち、有能感を感じ、適度に自律的であり、自らをコントロールできていて、自発的に振舞い、好奇心旺盛で楽観的であり、幸せな小さな子どものように振舞います。
元は自分の外にあるモデルであったそれらのモードを自分の中に表現していく過程で、セルフ(IFS)へのアクセスを獲得していくことが可能になると考えられます。

さらに、セルフ(IFS)にアクセスできるようになった日常を送る自己(神経生物学的パーツアプローチ)≒ANP(構造的解離モデル)がその他のパーツ(神経生物学的パーツアプローチ)と関係を持つ中で、それらのパーツが元々持っていた、現在の生活では非機能的になったスキーマを手放し、新たにセルフにアクセスできるようになることを学びながら機能的なスキーマを手に入れることを少しずつ実現していくことで、全てのパート(構造的解離モデル)がセルフ(IFS)にアクセスできる状態に近づいていくだろうと考えられます。
環境が健全に整っている場合は、セルフの特性を「モード」として持つスキーマが機能的だと言えるからです。
スキーマとは、わかりやすい言葉で言うと、「その人(その自我≒パート)にとっての真理」や「思い込み」「考え方の癖」などと表現できるものです。
スキーマ療法では、このスキーマを非機能的なものと機能的なものに分類し、機能的なスキーマを獲得していくことが目指されます。
この過程には、スキーマ療法や神経生物学的パーツアプローチ、自我状態療法、ホログラフィートークの様々な手法が役立つだろうと考えられます。

以上までに述べたことは、トラウマ治療のうち、「セルフ(IFS)にアクセスできるようになる」ことの手順を示したに過ぎません。
これと、トラウマエピソードを自己の中で正しく位置づけし直してセルフの視点から過去のものとして捉えられるようになることは、「セルフからの視点にアクセスすること」については共通しているものの、別の文脈であると兎野では暫定的に捉えています。
これら2つがそれぞれ達成されることによって、解離によってバラバラになった自己の統制を取り戻した状態で生きていくことが可能になるのだと思います。
よって、以下③には後者についてその手法を簡単に紹介することにします。

ーーーーーーーーーーーーー

③トラウマエピソードを自己の記憶装置の中で正しく位置づけし直すことを助ける手法には、主に以下のものが挙げられます(ここに挙げるものが全てではありません)。
・EMDR
・ブレインスポッティング

また、身体がトラウマの脅威に備えてサバイバル状態になっていることを解いて、リラックスした身体の状態を恒常的に取り戻すことを助ける手法には、主に以下のものが挙げられます(ここに挙げるものが全てではありません)。
・センサリーモーター・サイコセラピー
・ソマティックエクスペリエンス
・ボディーコネクトセラピー


【参考文献】


・ジェニーナ・フィッシャー.トラウマによる解離からの回復 断片化された「わたしたち」を癒す.国書刊行会.2020

・ジェフリー・E・ヤング,ジャネット・S・クロスコ,マジョリエ・E・ウェイシャー.スキーマ療法 パーソナリティの問題に対する総合的認知行動療法アプローチ.金剛出版.2008

・アーノウド・アーンツ,ジッタ・ヤコブ.スキーマ療法実践ガイド スキーマモード・アプローチ入門.金剛出版.2015

・ジョアン・M・ファレル,イダ・A・ショー.グループスキーマ療法―グループを家族に見立てる治療的再養育法実践ガイド.金剛出版.2016

・M・ヴァン・ヴリースウィジク,J・ブロアーゼン,M・ナドルト.スキーマ療法最前線 第三世代CBTとの統合から理論と実践の拡大まで.誠信書房.2017

・ベッセル・ヴァン・デア・コーク.身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法.紀伊國屋書店.2016

・オノ・ヴァンデアハート,エラート・R・S・ナイエンフュイス,キャシー・スティール.構造的解離:慢性外傷の理解と治療 上巻(基本概念編).星和書店.2011

・ラス・ハリス.よくわかるACT 明日からつかえるACT入門.星和書店.2012

・ジョン・G・ワトキンス,ヘレン・H・ワトキンス.自我状態療法 理論と実践.金剛出版.2019

・アンドリュー・リーズ.EMDR標準プロトコル実践ガイドブック 臨床家、スーパーバイザー、コンサルタントのために.誠信書房.2019

・デイビッド・グランド.ブレインスポッティング入門.星和書店.2017

・パット・オグデン,ケクニ・ミントン,クレア・ペイン.マインドフルネスにもとづくトラウマセラピー トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(PS)の理論と実践.星和書店.2012

・嶺 輝子.複雑性PTSDからの回復とホログラフィートーク.小児の精神と神経.2019,59,(1),pp.41-51

・嶺 輝子.ホログラフィートークの複雑性PTSDに対する適応の可能性.精神神経学雑誌.2020,122巻,10号,pp.757-763

・白川 美也子.EMDRと自我状態療法.EMDR研究.2010,2,pp.13-26

・福井 義一.適応的情報処理モデルの心理教育と適応的情報処理モデルに準拠した心理教育について.EMDR研究.2018,10,pp.29-35

・Gillian O’Shea Brown.Internal Family Systems Informed Eye Movement Desensitization and Reprocessing An Integrative Technique for Treatment of Complex Posttraumatic Stress Disorder. INTERNATIONAL BODY PSYCHOTHERAPY JOURNAL.Fall/Winter 2020/2021,19,2,pp.112-121

・日本IFSネットワークhttps://ifs-japan.net/what-is-ifs/

・日本EMDR学会https://www.emdr.jp

・SE™ Japan https://www.sejapan.website

・Body Connect Therapy https://bodyconnecttherapy.tokyo

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?