菜根譚

音楽教師はかわいい。
これが一般論として成立するかはさておき、高校1年生のときの女の先生がかわいかった。やんちゃな友達は廊下ですれ違う度に好き好き言いまくっては、先生にいつも呆れられていて可笑しかった。彼と違って自分は音楽の授業を履修しておらず、先生と話すことはほとんどなかった。その友達とよく行動していたからか、名前は覚えられてたと思う。

もうすぐ終業式を迎えようというある日。所用で職員室を訪ねていた自分に、先生が「ちょっと渡したいものがあるから待ってて」と言った。緊張気味に職員室の前で待っていると、先生は白くて分厚い本を持って出てきた。
「君みたいな子にはこれが必要だと思うの。先生の好きなページには付箋貼ってあるから。」
そう言って渡されたその本は中国古典の訳本で、各ページに人生訓が1つずつ書かれた名言集のようなものだった。
先生が自分にプレゼントをくれたことに驚いたけれど、照れながらありがとうございますと笑った。嬉しくて誰にも見せずに持ち帰り、勉強机のいつも見えるところに置いて毎日少しずつ読むことにした。

終業式の日。今学期で辞める教師の中に、先生の名前があった。本は餞別だった。

なぜ先生がわざわざ自分に餞別を用意したのか、不思議ではある。何か特別なメッセージでもあったのだろうか。当時もそう思って装丁を外してみたりしたけれど、特に何もなく綺麗な新品の本だった。今ではもう先生の名前も顔も、付箋のページにあった先生の好きな言葉も、思い出すことができない。卒業する頃には最後まで読み終わったけれど、その本は今、一生捨てずにおこうと決めた物を詰めた段ボールの中に入っている。

久しぶりに読んでみようか。人生少しでも変えられるだろうか。付箋はそのまま残してあったっけ。先生、お元気でしょうか。

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