[Fetishism]The Criminal Act(Side.C)

※2014年秋の文学フリマ大阪で発行した自家製本の無料配布本です。

※その後は、異常性愛掌編集をお買い上げいただいた方に付けていましたが、紙がなくなったのでこちらに載せます。

※四肢に違和感を持つ娘(スマトパラフィリア)視点のSideA、その罪科愛好(ペックアティフィリア)な恋人の視点のSideBは当該同人誌に入ってます。

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[Fetishism]The Criminal Act(Side.C)


 どうして。



 自慢の娘だった。本当に、自慢の娘だったのだ。


 彼女の性癖が発覚したのは小学校に上がる手前だった。年末の大掃除、子供部屋の押入れを開けた時のこと。目に入ったのは、無残にも切り刻まれた人形の数々だった。すべての人形は手足を切り取られ、ひとまとめにされていた。どうしてこんなことになってしまったんだろう。私は持っている言葉のすべてで目の前で無表情に突っ立ている娘をなじったあと、手足を失った人形たちを、周囲の住人の目に触れないよう黒い袋に入れ、塩をふってゴミ収集所へ捨てた。
 どれもこれも、クリスマスやら誕生日にあげた記念のものだった。彼女が人形を欲しがるから買いあたえていた。女の子らしい、かわいらしい趣味だと思って喜んでいた―――なのに、娘ときたら。
 忌まわしい記憶だ。それをすべて燃やしてしまおう。そのような感覚で、私は手足を失った人形たちを捨てる行為を儀式的に行った。

 その一件があってから、娘はその忌まわしい行動をすっかりとやめてしまった。私は、ほっと胸をなでおろした。それと同時に、彼女はめをみはるような成長を遂げた。いや、振り返れば、わざと「そうしていた」のだけれど。学力は常にトップクラス、同年代の女の子たちのように、髪の毛を染めたり、スカートを短くすることもなかった。目に見えた反抗期らしい反抗期もなかった。
彼女はとても「模範的な」人間に育った。

 ただ、ひとつ気になったのは、彼女は決して私に裸を見せようとはしなかったこと。

 例えば、病院の診察。自分の子どもの診察に保護者が同伴するのは当然だと思っていたが、中学校だか高校だか、そのあたりから、彼女は診察室に私が入るのを拒むようになった。
 彼女の口から出るのは、「もう、注射で泣くような歳じゃないのよ」とか、「自分の症状くらい自分でわかってるわ」という、もっともらしい理由だった。その時はそれで納得をした。

 

 私が彼女の異変に気づくことはなかった。


 娘は大学に進学したのを機に、一人暮らしを始めた。最初こそ、どうやって生活をしているのか気になって覗きにいっていたが、それも拒まれるようになった。
「もう、子供じゃないのよ」と、彼女は笑っていた。
彼女は大学でも成績は優秀だった。成績優秀者に贈られる賞や、学費免除などを次々と獲得しては、たまの帰省の時に報告してくれた。大学に入っても、彼女は髪を染めることはなく、スカートは膝丈で、そして、なぜかストールを手放さなかった。
 そのおしとやなかな服装のせいで、目立っていた女性ものにしては幅の広い腕時計。どう考えても不釣合いな男物の時計だった。どうしてそんなものを、と言っても、この方が、文字盤が見やすいのだ、と返された。

 どうして私は気づかなかったんだろう。

 そうして何回か季節が廻ったあと、電話があった。
 「娘さんが、危篤です」という、病院からの電話だった。

 病院にかけつけると、彼女は集中治療室で全身に管をつながれて生きていた。担当医師が言うのは、発見当時は大量出血でショック状態だったらしい。しばらく真っ白なシーツにくるまれた娘の体をぼんやりとみていたが、私は不意に側にいた男性に気が付いた。
 青年は物静かな顔で娘を見ていた。優しそうな青年だった。青年は私の視線に気づきこちらを向くと、マスクで顔が隠されていたので目だけ笑って挨拶をしてきた。
「あなたは?」
「僕ですか?あれ、お嬢さんはお母さんに何も言ってなかったのかなぁ?」
物腰の柔らかそうな青年は、娘の恋人だと名乗った。

 その時は疑いもしなかった。
 彼が娘を殺そうとしたことなど。
 娘の腕を切り落とそうとしたことなど。


 娘が四肢を切り落としたかったことなど。


 法廷で彼の口から紡ぎだされるのは、謝罪でもなんでもなく、娘の性癖に関する興味と、至極客観的な理論の展開だった。どうやって娘に近づいたのか。どうやって腕を切ろうしたのか。
「彼女は自分の四肢に感じた違和感を消し去ることができず、体を切り刻んでいました。僕は、彼女のそのような欲求に性的な興奮を覚え、接近し、性交したあとに腕を切り落としました」
 彼は淡々と自らが犯した罪を述べた。無機質な空間の中央、黒い服の裁判官が鎮座するその真ん前で、彼は覚めた声でしゃべっている。
 そうじゃない。私が聞きたいのはそういうことではない。娘をどうして止めてくれなかったのか。どうして娘の意思を優先して腕を切り落とそうとしたのか。どうして娘を標的にしたのか。

 どうして。どうしてなの。悪魔。


 ああ、この男は悪魔だ。


 うなだれていると、ずっと背中を向けていた青年が不意にこちらを向いた。そして、あの時と同じように、やさしい声色で言うのだ。
「これが、あなたが自慢に思っていた模範的な娘さんの真実です。あなたが知りたがっていた、娘さんの本当の姿です」
 言葉が出なかった。ヴェールに覆われた娘の姿に満足して、何もしてこなかったのは自分だ。
「これで満足ですか、おかあさん」

 ああ、どうして気づかなかったんだろう。

 どれだけ悔やんでも、手足を失った人形たちを私が捨てたあの日から、娘の体から傷跡が消えることはなかったのである。


(了)