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忖度とは

週の終わりに上司が帰ったあと、仕事で判断が求められた。
内部の意思決定の一部で、後戻りできないような、重大事項の判断ではない。
だからこそ、ある程度自分で判断してしまおうと思い、「この範囲であれば上司も許可するだろう」という推量で判断した。
残念ながら、その後すぐにリモートで反応した上司の判断は、私よりもずっと他の部署に厳しく、私の判断は役立たずになってしまった。

私が行った判断は、間違いなく忖度によるものである。
忖度とは、他人の心中や考えなどを推し量ることを言う。
正直、今回の判断について私は特に関心がなかったし、私はただ一チームメンバーとしての責任感から判断したにすぎない。
だから、その判断は純粋に「きっと◯◯さん(上司)がここにいたらこう判断するのではないか」という推量に基づくものだった。

残念ながら今回の私の忖度は失敗したわけだが、忖度を重要だと思う気持ちは変わらない。

人がどういう考えに依拠して判断しているかを推し量ること、そしてその答え合わせをすることは、自分の持っていない新たな視点を得ることに繋がる。
今回の判断については私は正直心の底から納得はしていないが、今回のことを機に、上司が大事にしている事項を知ることができた。
最初から最後までその上司に判断を任せて、自分が関わっていなかったら、この気付きはなかっただろう。

世の中で問題視されている忖度は、答え合わせがされずにそのまま本人が知らないところで意思決定されてしまうものだと思う。
様々な人の考えを推し量る能力は、コミュニケーションと合わせて、仕事で求められる能力だ。
それが忖度という言葉のせいで蔑ろにならないでほしいと思った。

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