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古代の名前を理解するための基礎講座1

私は今『上代人名構成要素等考察集』という同人誌を執筆中です。

初めてのコミケサークル参加で『日本人名の歴史と、時代別創名法』、次の参加で『「やまとなまえ」をふつうに読む』という、コミケで誰がこんなもの手に取るんだろうと思う同人誌を出したのですが、たった50部とはいえまさかの完売。こういう分野に興味がある層ってのはいるもんなんだなぁと実感した出来事でした。

最初からそういう層向けに書いていたわけではないので、一応、冒頭に凡例とか読み方なんかも付けてはあるんですが、欠片でも興味がある人にとって常識中の常識なことは省略しています。くどくなるので。

なので、上代(じょうだい。神代を除く奈良時代以前)の日本語にほぼ知識のない人に対して、上代人の名前を読むための基礎をここで説明してみようと思います。

まず、上代の人名には人名接尾語がついたものが多いです。
人名接尾語とは「名前の最後尾にくっついて、より人の名らしくさせるパーツ」を指します。

現代で言えば、男性の雄(お)彦(ひこ)、女性の子(こ)美(み)なんかがそうです。例えば「良」という言葉はこれ単独だと、「よいこと」あるいは大学の評定の一つなどの普通の語句として捉えられますが、これを良雄良彦良子良美とすると、これは人の名前だと一目でわかるような形になります。
こういった性質を持つのが人名接尾語です。

上代では、中臣鎌足の足(たり)なんかがそれに当たります。「鎌」だけだと道具の名前ですが、「鎌足」であれば当時の人間でも、これは人の名前だと判断がつきやすくなります。

の他には、依(より)主(ぬし)などが男女問わず用いられます。具体例を挙げれば広足(ひろたり)小依(おより)道主(みちぬし)みたいな形の名前です。

人名接尾語の中で、男性に特有なのが麻呂(まろ)です。麻呂は人名接尾語の中でも、最も後ろにつくものになります。足麻呂(たりまろ)依麻呂(よりまろ)主麻呂(ぬしまろ)はあり得ます(と言うか実際にいます)が、麻呂足(まろたり)麻呂依(まろより)麻呂主(まろぬし)という名前は基本的にあり得ません。

「麻呂」は万葉仮名の「麻」と「呂」による完全な当て字であり、本来の意味とは関係がありません。しかし本来の意味は現代でも不明のままです。ただその中でも、「まろ」は「まる」と関連がある考えが多く、「頭をまるめた坊主頭の子供」を指す説や、「便器であるおまる」に由来する説などがあります。

そして女性に特有なのが売(め)です。現代人にとっては、まず「売」と書いて「め」と読むのが難しいです。これは万葉仮名――要するに当て字であり、これはもう「とにかく『売』と書いて『め』と読むのだ」と丸暗記しちゃえばいいと思います。

本来の意味は女(め)です。そしてこの人名接尾語は、上代の女性の名前のほとんどについています。
「女」という表記の方が簡単だし、意味もはっきりわかるのに、なぜあえて「売」と書いた方が圧倒的に多いのか。しかも「売」の旧字体は「賣」であり、めちゃくちゃ画数が多いです。加えて当時は筆と墨で書いていたので、ややこしい文字を書くのはとにかく大変だったはずです。無駄な苦労をしているようにしか思えません。

この点ですが、桑原祐子という研究者によれば、「女」という漢字には性別を示す女(おんな)や家族関係を示す女(むすめ)という意味・用法があるため、「女」と書くとこれが名前の一部なのかどうかまぎらわしいので、名前の一部であることを強調する意味で「売」という当て字がわざと用いられたそうです。
こういった事情はあるのですが、一応女(め)という表記で統一された文献もあります。
また田籠博という研究者によれば売(め)という表記で統一されている文献であっても、スペースが狭くて筆で「賣」なんて書いていられない場合は「女」と書くこともあったようです。

売(め)女(め)麻呂(まろ)よりもさらに後ろに置かれる性質があり、ほぼ確実に最後に置かれます。黒売(くろめ)五百足売(いおたりめ)乎手売(おてめ)当売(まさめ)などが実在の具体的な例です。

さて、とりあえず第1回はこんなところで閉幕とします。

【今回のまとめ】
・足(たり)、依(より)、主(ぬし)、麻呂(まろ)などの人名接尾語のついた名前がいっぱいある。
・女性の名前にはほぼ必ず、女(め)という人名接尾語がついていて、ほとんどが本来の「女」ではなく万葉仮名の「売」で書かれる。これが名前の一番最後につく。

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