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三日月に願う

ショッピングモールの2階に、大きなガラス張りの店舗がある。
入れ替えの激しいこのモールでは、もう老舗に入るはずだ。
大きな三日月を看板に掲げた美容室。

手前に、子供用の椅子が見える。
赤いスポーツカーの形。

そこより奥の椅子は、衝立で通路からは見えなくなっている。
その、奥でカット中なのだろう。
茶髪の後ろ姿が見えた。
きっと、彼だ。

コンビニで働いていた時に、夕方のバイトで入ってきた高校生だった。
美容師になりたいんです、と言った。
仕事ぶりは真面目だった。
もう一人同じ時期に入った学生は、原付バイクで傘差し運転をしてパトカーに追われながら出勤してくるやんちゃ坊主だったから、彼の真面目さと大人しさが際立った。

予定通り美容師の学校に行ったのだろう。
数年後、偶然道で会って、モールの美容室で働くのが決まったと笑顔を見せてくれた。
明るい髪の色以外は変わっていないように見えた。
彼ならきっと、どこでも愛されるだろう。
予測ではなく、当方の希望である。

今はもう、若者とは言えない歳になっているかもしれない。
夢だった仕事に就いて、厳しい現実に傷ついた日もあったかもしれない。
それでもまだこの店に彼の後ろ姿があることを、ほんの袖擦りあっただけの自分が、
とても嬉しく感じている。

若者に、頑張って努力すれば必ず報われるとか言う嘘を吐く気はない。
現実はそんなに甘くない。
大きな夢を掴む人はひと握りで、
小さい夢すら思い通りにはならない。
しかし、憧れて努力した過程は絶対に、長い人生の他の何処かでも活かされる。
憧れのないトコロに達成感は生まれない。

推しは、グループからソロになり、一人で武道館に立つことを夢見ている。
もう一人の推しは、仲間たちともうすぐ、その舞台に立つ。
どちらが勝ちとか負けではない。
それぞれのタイミングというものがある。

全ての若者に、夢を。
少しの挫折と、乗り越える機転を。
夢破れた時に、潜り込める布団のような居場所を。
できれば彼のように、夢見た位置に立って欲しい。
年寄りは三日月に願わずにはいられない。


そして、三日月よ。願わくば。
若者たちの夢に課金したい年寄りの、
給料上げてくれぃ。


☆ヘッダー写真、お借りしました。ありがとうございます。

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