寝坊した朝に感じた、非言語コミュニケーションスキルの高さ
朝の空気が冷たい。
明け方、長女が布団にもぐりこんできた。
二言、三言、会話を交わした。
廊下を素足で歩いてきた、冷たい長女の足を温める。
冬用の布団が、ほどよく温かい。
ハッと気付くと7時を過ぎていた。
「朝型」を名乗る私としたことが…。
朝、4時もしくは5時台に起きて、時間があればランニング、時間が無くてもストレッチか筋トレ。朝食と弁当と夕食を作る。保育園の準備、自分の朝の身支度も済ませて、一息ついてSNSを巡回。娘達を起こす。
――夫の勤務時間が朝型のため、毎朝ワンオペになる私のルーティン…
嘘、大袈裟、紛らわしいの極み。
いや、そんなこと考えている暇があれば、手を動かせ、手を。
朝の運動タスクは真っ先に消去。私の脂肪の厚みなんぞ、この際どうでもいい。1日サボったからと言ってなんだ。
私の「運動」「朝食」「弁当」「化粧」のToDoリストは滅する。
娘達を起こし、機嫌を損ねないよういつも通りのスキンシップを駆け足気味にこなす。着替えは自分でして欲しいけれど、こちらの焦りが伝わって、イヤイヤ発動されたら敵わないので、ボチボチ手伝う。
起こして、着替えて、体温計って、もう7時20分。
日々目標としている ”コレナンデ商会が終わるまでに家を出る” は、絶望的。今日の目標は ”みぃつけた!が終わるまでに” 切り替える。
しまった!髪ゴムの奪い合いが勃発している!
娘の12倍も生きてるお母さんには、どっちも一緒に見えるんだけど、2人とも譲らない。家の至るところに散らばっている(どうしたら家の中が片付くの?)髪ゴムを拾い集めて、選択肢を増やしてみたけれど、今度はどっちが先に選ぶかで揉めている!
怪我しない程度に姉妹喧嘩、大いに結構。
その隙にパンを焼いて、マーガリンを塗る。
と、ダッッと次女が走って来て、キッチン戸棚を開けて、最近ハマッているシナモンシュガーを取り出した。
それを見て、長女ブチ切れ。手には大量の髪ゴムを握りしめている。
髪ゴム争奪戦に敵わなかった次女が、先回りしてシナモンシュガーを強奪したものだから、怒り狂っている。獣と化した3歳児。大量の髪ゴムが宙を舞い、部屋はまた散らかる。
頼む。頼むから。シナモンシュガーは撒き散らさないで。
奪い取るために長女が爪を立て、奪われまいと次女が牙を剥く。
暴力ダメ。ゼッタイ。
「喧嘩になるなら、お母さんが掛けます。仲良く順番こしてください」と仲裁に割って入る。
「ゆーちゃん、さき!」と長女が言い放ち、いつの間にか奪い取ったシナモンシュガーの小瓶を高々と掲げる。
「さきいいよ」と次女。
急に譲るとか。コレナンデ商会。
まぁとりあえず、2人ともお座りなさいよ。さぁさぁ茶でも飲んで、落ち着いて。
長女がトーストの上に、シナモンシュガーの山を築いた。神のなせる業。
「すーちゃんのばん」と、受け取った次女が、同様に山を築く。神、再び。
神々の機嫌が損なわれないよう、「上手にかけたね」「ちょっと足りないところを足そうかな」と崇め奉りながら素早くササッと山を均す。
食べ進めてくれている隙に、玉ねぎと人参とジャガイモを小さめに切り、牛肉と共に炒め、水を入れ煮込み、煮込まれている間に自分の着替えと食器の片付け、保育園の持ち物を支度して、連絡帳を書き込む。
その間も、次々と「なにしてるのー?」「おちゃいれてー」「こぼれちゃったー」「たべてるよー」「おちゃいれてー」「ちーずたべたいー」「みかんたべたいー」「こぼしちゃったー」「おちゃいれてー」多くの神託が下る。
今日ばかりは、神の声に逆らうまい。機嫌を損ねたら被災する。
玉ねぎの皮を剥き切る前に、3度茶を汲み。
人参の皮に取り掛かっては、お手元に零れた茶の雫を拭い。
ジャガイモの芽を取っては、神への賛美を口にする。
鍋を温めながら、チーズとみかんを贄として差し出す。
贄に気を取られている隙に、神の髪を結う。
第一次大戦のきっかけとなった髪ゴムは、更なる大戦の火種とならぬよう、同じ物で揃える。ついでに平和への祈りも捧げる。
火を止めた鍋にビーフシチューのルーを割り入れ、『大雑把とは』と検索したら出てくる画像並にキッチンを片付け、顔を洗って歯を磨く。
「ごちそうさまでした!」
ハイチェアからにゅるりと抜け出した娘を捕まえ、オモチャで遊び始めてしまう前にシナモンシュガーだらけの手と顔を拭いて、「食べたら歯磨き」と歯ブラシを渡す。
ぶどう味の歯磨き粉をクチャクチャしている娘に「歯磨き済んだら上着着て、靴下履いて、もう行くからね」と釘をさす。
今日は登園前に遊べない。
なんで?
”コレナンデ商会も、みぃつけた!も終わって、おかあさんといっしょが始まっているからだよ!!”
目標変更。
”からだダンダンが始まるまでに保育園を出られれば”
9時出社ギリ間に合う。
もう、これ以上の更新は致しません。というか、致せません。
上着を着る、靴下を履く、靴を履く、玄関のカギをあける、玄関のカギを締める、車のカギをあける――これは娘達の仕事。手を出したら逆鱗に触れる。
ポイッ、じゃ。
と言う訳には、もちろん行かない。
カーナビの小さな画面では、世のパパママを震撼させる『ムームーのいただきます』が始まっていた。
黙々と食べ進める3歳の女の子を「いっしょだね」とのたまう助手。
おかあさんには、ぜんぜん いっしょに みえないが。
「ゆーちゃんと一緒。3歳だね」と、全力で同意。
保育園の駐車場に停車。
スマートキーの恩恵、エンジンを切るのも、娘の仕事。
ミミィちゃんが歌っているけど、エンジンを切ってくれた。ありがたき幸せ。
小さな背中にリュックを背負わせ、手を繋いで駐車場を歩く。
行き交う人々に気を取られ、立ち尽くす娘に、何とか座って靴を脱ぐよう言い聞かす。
急いでる、急いでいるから、やってあげたい。否、やらせていただきたい。
でも今日やったら、明日も「おかあさん、やってー」となる。
人は楽な方へと流れる生き物だから。
「座って、お靴脱いでね」
極力、焦りが滲み出ないよう、声を掛ける。
「おさかな、みる!」「みる!」
駆けてく赤と紺のリュック。
いつもは食べられないお魚なんぞ見向きもしないのに!
「熱帯魚、色んな色だね。綺麗ね」
「びっくりしちゃうから、水槽叩かないよ」
「お魚におはようって言えたら、今度はお友達におはようしない?」
「座って、お靴脱いで、お部屋行こうよ?」
そうしている間に、後から来た子達が、どんどんどんどん追い抜いていく。
誰も、水槽トラップに引っかからない。
やっとの思いで部屋に着き、まずは次女の荷解きから。
リュックを降ろし、上着を脱ぎ、上着を掛け、靴下を脱ぎ、靴下を丸めてしまい、リュックの中からオムツと着替えを出してロッカーにしまい、ループ付きタオルを2箇所に掛ける――いつもなら手を出さないけれど、逆鱗に触れない程度に、楽な方へと流出しない程度に、あくまでもさり気なく、手を貸す。
次女は、仲良しなお友達が既に登園していたようで、「ばっばーい」とあっさり去っていった。
長女の身支度は、ご一緒する必要がない。
年少さんからは、ポイッ、じゃ。で良くなった。
部屋の前まで連行し、保育士さんにご挨拶し、ギューしてタッチして「じゃ」。
やりきったー。
車のエンジンを掛けると、「海藻体操、でんでん太鼓、クリオネ!」だった。アウト寄りのセーフと見なす。
自分に甘く、人にも甘く、生きていきたい。
通勤経路の間にあるマックのドライブスルーに滑り込み、自分へのご褒美!とばかりに重めの朝食を摂りながら、信号待ち中に眉を書く。
***
帰宅すると、既に夫が温めたビーフシチューを娘達がすすっていた。
「あ!おかあさん!おとうさんのつくった≪からあげ≫おいしいよ!」
長女は、カレーのことをどうしても≪からあげ≫と言ってしまう。
娘ちゃんの食べているそれは、「からあげ」でなければ「カレー」でもないし、作ったのは「お父さん」ではなくて「お母さんだよ」とは思ったけれど、「美味しいの良かったね!」と声をかけ、その時、目ざとく私の持っている紙袋を見て次女が言った。
「ポテトたべたい!」
「これはゴミだよ」と、光の速さで捨てようとする私。
「くるまで、おかあさんが、ひとりでたべちゃったんだよ」と、長女。
ばかな!!!バレているとは!!!
「そうだよ。朝、時間が無くて、お母さんはパン食べられなかったから、一人で朝マックしたの」
そんな私の自白なぞ聞き流し、次女が言う。
「おとうさんのからあげ、おかあさんも、たべな」
ご相伴に預かりましょう。
***
翌朝。
明け方、長女が布団にもぐりこんできた。
二言、三言、会話を交わした。
廊下を素足で歩いてきた、冷たい長女の足を温める。
冬用の布団が、ほどよく温かい。
ハッと気付くと7時を過ぎていた。
前日のバタバタは、予行演習だったと思おう。
今日は、一緒にシナモントースト食べちゃおう。
そう思って自分の分もパンを焼いた。
神々の築き上げた山を均す。
長女による神託が下る。
「パンおかわり!」
手つかずの母のパンを贄とする。
最後のパンだよ、パトラッシュ…。
次女が「おかあさん、パンたべたの?」と気にしてくれた。
「ありがとう。食べてないけど大丈夫。おかあさん、今日も朝マックするから」
どうせ言っても分からないだろうと甘く見て、堂々と答えると、長女がこちらに、いたずらな瞳を向けた。
視線が交錯し、ほんの少し、私と長女はクスッと笑った。
それは「笑った」とも言えない程の、ほんの僅かな笑みだった。
きちんと話が通じていることにも、この一連の流れにクスッと笑えることにも驚いた。YOU、話分かるやん。
「おかあさんと、ゆーちゃんどうしたの?」と次女。
え?なに?
「だから、おかあさんと、ゆーちゃん、どうしたのっ?」
一字一句違わんが、なにがどうした?どうもせんけど?
「いま、なんでわらったのっ?」
ッッ、えーーー。
すんごい高度じゃない?
コミュニケーションレベル高くない?
ほんとは『カレー』って、言えるんじゃない?
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