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ストレンジャー・ザン・パラダイス 3

自分の部屋に帰って冷蔵庫を開け、忘れかけていた事実に再び直面した。そうだった、中のものは冷凍庫のラクトアイス以外ほとんど全て賞味期限切れだった。


僕の自炊にはやたらと波があり、本格的なチリコンカンのスープなんかを作る時もあれば、1日の間でシリアルと牛乳以外は口にしないような時もある。今は後者に近く、ロクに買い出しにも行っていなかった。ジョーン・バエズ(真っ黒なメスの雑種猫)の餌もほぼ空になっているんだった。さすがにもう僕の食料も底をついていた。買い出しに行かなくては。


別に買い出しが苦痛なわけではない。問題は1度買い出しに行くとたいてい消費しきれないくらいものを買ってしまうのが問題なのだ。例えば1カ月部屋に引きこもっていたとしても歯磨き粉が5本も必要になるはずがない、でも買い出しから帰ってみるとなぜかそういう明らかに多すぎるものを買っている。だが冷蔵庫は死に絶えているし腹も減った。買い出し以外の選択肢はなさそうだった。

ジョーンに「留守番をよろしく」と言い残して再び部屋を出る。ここは2階だが、階段から見て僕の部屋の奥の方は事故物件で誰も住んでいないし、僕の部屋の手前なんて夜帰ってくると明かりは点いているのだが住人の姿を見たことがない。もちろん築何年か分からないような朽ちゆくアパートなので家賃はこの周囲の物件より安いんだろう。

坂道を下り交通量の多い道路に出る。買い出しが少々億劫なのはこのそこそこ傾斜のある坂の上に部屋があるからというのもある。自動車があれば便利なのだろうが、あいにく周辺で駐車場に空きがあるのは坂の下ばかりで上にはない。よって車を買ってもあまり意味がないのだ。せめて駐車場付きの物件を探すべきだった。

信号を渡ると今では珍しい光景を見た。電話ボックスの中で中学生くらいの女の子が10円玉を積み上げ電話をしている。あんなのどれくらいぶりに見るだろうか?というか、そもそも僕が引っ越してきた時点ですでにあそこに電話ボックスはなかったような気もする。今のご時世に新しく電話ボックスを設置するはずもない。じゃあ僕が見てるのは何なんだ?

前を通り過ぎた時に気付いたが彼女は確かにどこかに電話をかけ、ときおりうなずき10円玉を投入しているようだが、口が全く動いていなかった。


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