ストレンジャー・ザン・パラダイス 20
店主は一通りの講義を終えて満足した様子だった。僕が知らない話が色々と聞けたので割と楽しく聴講できたが、キリストは店主の置いた箱に残っていたガラムをほとんど吸ってしまっていた。おかげで店中に甘ったるい独特の匂いが漂っていた。ザジはいつの間にかテーブルに突っ伏して静かな寝息を立てていた。
「そうだ、君はしばらく前に引っ越してきた隣人の顔を見たことがないんじゃないのかい?」とキリストは僕に尋ねた。
「ええ、でもなぜ分かるんです?」
「君の隣人は座寺だったからだよ」とこともなげにキリストは言う。
「ずっと僕を見張ってたんですか!?」
「まぁそういう見方もできるが、私たちとしては護衛のつもりだったよ」
「ひどい話だ…せめて事前に説明してくれれば……」
「仮に君に君がどういう存在で、どれほど重要な役割を担っているかを、私なり座寺なり、あるいは私たち2人で全て説明したとしよう。おそらく君は私たちを完全にイカれたヤバいやつだと思って、徹底的に警戒し遠ざけただろう」とキリストは穏やかに語った。確かにそうなっていたらと考えると僕は否定する言葉を持たなかった。僕は沈黙を返す。
「語り得ぬものについては沈黙しなければならない。ウィトゲンシュタインだな。誰だってそうするだろうし、私だってそうするかもしれない。君を非難することは誰にもできはしない。気にする必要なんてないんだよ」とキリストは諭すような口調で言った。
「お前はロクでもないクソ坊主のくせに、相変わらずそういう説法みたいな話は得意だな。お前は人様に偉そうに何か言えるような大人物でもねえだろ!」と店主はその重くなった空気を笑い飛ばした。
「まぁ私にはこれくらいしか取り柄がないからね!」とキリストも破顔する。その笑い声でザジが目をこすりながら起き上がった。
「うわ、変な臭い」
全く、ロクでもないおっさんたちだ。
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