23歳のわたし

ラッパーの彼女なんですよ、わたし。
って言うと(あんまり言わないけど)、
へー!すごい!
って言われますが、その度に
凄いのはその道を選んで苦悩もありながらもがいて1から創り上げてる彼であって断じて(断じて!)わたしではねえ……、といった気持ちになります。
しかしまあ大人なので、全然そんなんじゃないですよ〜的な言葉を社会に適応した顔で言って除けるわけです。相手も本当に凄い!と思っている訳ではなく会話のキャッチボールとしてパッと出た言葉だと思うので。
こういう一つ一つの他愛もない会話に、意味を見出さず受け流すように“こなす”いわゆる社会適応型のわたしとは対照的に、
言葉使い(蛇使い的な)の彼は、他人から言われた言葉を何度も反芻し、解釈を広げ、想像し、もうそれ味のしなくなったガムより味なくなってるよ、になってから飲み込んで、更にはその後胃で消化して出した排泄物みたいなものまで観察しているような果てしなく時間をかけて工程を重ねたコミュニケーションの取り方をします。
これにはもう、ただただすげーー。と思う外ないです。だってそんなの凄いこと以外の何物でもない。
俺に出来ないことをしている、とわたしのことを褒めてくれるけれども、それは逆で、わたしのしている事は他の誰かでも良くって。彼には彼にしか出来ないことをしていて、それはわたしの“同じこと繰り返し人生”では経験し得ないことだし、その片鱗を隣で見せてくれているのはわたしにとって直視するのがたまにしんどくなるくらい眩くて尊い出来事だったりするわけです。

23歳のわたしの、この23年間で何かを成し得たことって本当になくて、
そんな光みたいな彼の隣にいる人間が、凡の字の擬人化みたいなわたしでいいのかずっと考えています。
10cmほど平均身長より背が高くて、少しだけ平均より胸が大きくて(コンプレックスではあるが)、少しだけ彼の好みの姿形をしていて、彼のことが好きすぎて全て許し包み込む優しさがあるだけの23歳のいいおんななんですけれども。

タバコ吸ったらやる気がなくなっちゃったから、気が向けば続きを書きます。

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