ブンゲイファイトクラブ5 1回戦全感想


はじめに

 この記事を目にする人はBFCを知っている人たちばかりだろうとは思うけど、念のために言っておこう。BFCとは6枚の作品を複数のジャッジが評価して勝敗を決するトーナメント方式のイベントだ。
 特に個性的なのはジャッジもファイターにジャッジされて、トーナメントが進むにつれて減っていき、決勝では2人のファイターと1人のジャッジが衆目の監視下で対戦と判定を行うという、胃粘膜と血圧に優しくない危険なものなのである。
 くわしくは公式HPをご覧ください。

 このお祭り騒ぎは文芸業界でも注目を浴びており、天下の5大文芸誌である『文藝』春号の「文芸的事象クロニクル」で毎年取り上げられるほどになっている。つまり優勝すると文藝に名前が載るという、純文マニアには垂涎の報酬が(保証はないが)あるのだ。また最新刊の文藝2023年冬号の「短篇を書く技術」では短篇文学賞の例の一つとして挙げられている。

感想について

 わたしもたまには小説を書くが、単に書くだけでなく、感想をもらえたらとても嬉しい。例えそれが厳しい内容であっても。
 BFCは珍しく初回から連続して応募(そして連続して予選落ち)しているイベントなので、勇気と実力のあるファイターに少しでも喜んでもらいたいと思い、できるだけ感想を書こうとしている。
 ちなみに今回のわたしの落選作はこちら。

感想(敬称略)

各作品はこちらから 。

グループA

『幽霊になって三日目』 短歌よむ千住

「枝に食い込んだエンゲージリング」に撃たれた。若木の桜に指輪をはめる無念や悲しみと長い年月の経過を、たった1首の短歌で描ききる力強さと、それを成立させる「無縁塚」や「削られた丘」などの不穏さとちょっととぼけた口調で読み手の感情を揺さぶる前振りは、お見事としか言いようがない。
 二三日前に死んだのかと思いきや、読み進めるにつれて、あれ? もっと年月経ってるぞとなって、終わりの方で随分昔のことやったんやと種明かしみたいになる構成もうまい。風景の変化で時流を感じさせる鮮やかな描写力もさすが。 あと全体通して愛が溢れている。

『庭には』 鳴骸

 はじめは言葉遊びかなと思ったが、どんどんと不思議な世界に引きずり込まれ、ついには箱庭を俯瞰する視点と箱庭に入り込む視点とが一瞬で行き来する心地良さ。
 下手すれば雰囲気だけのエモさに陥りがちなシュールな展開を、言葉遊びや場面の繰り返しや視点の移動で飽きさせないダイナミズムに脱帽。

『火葬場にて』 卜部兼次

 最後の余韻が良い。子供時代の理不尽を思い出し、突然暴力的なまでの怒りを抱いて行動に移す。前半の私からは豹変ともとれるインパクトがある。
 が、それだけに前半に多くの分量が費やされて長い前振りになっていることや、姉が過去を思い出すだけの道具のように使われている印象を持った。
 些末なことかもしれないが文章のぎこちなさや誤字が気になった。

『ブンゲイテクノ』 DJ SINLOW

 これは読み物ではなく読む物で聴くものやな。現代版草野心平的な。
 わたしにはこの作品の感想を述べる力を持ち合わせておりません。

『雨、或いは』 中川マルカ

 なんやろう。夫を国(戦争?)に取られ大量の虫に囲まれ雷鳴が止まず嬰児も泣き止まずと、決して穏やかな内容ではないのに、美しい蒼天のもとの一場面を見せられたかのような余韻が残る。
 描かれているのは一部なのにその奥に何十倍もの時間的空間的広がりを示唆する、詩的な作品やった。

『雨』 仲田詩魚

 時代小説はほとんど読んだことがないけど、そういう文体なのだろうか。日常使う言葉ではないけど淀みなく入ってきてリズミカルで読みやすい。
 水害で妻子を亡くした傘職人のやるせなさがもののけの類いに顕現したかのような存在を、ただそこにあるものとして受け入れる男の心の内を想像すると、ひしひしと迫るものがある。
「自分の無力を諦めたい」の言葉が胸をついた。

『スイカ弾き』 藤田雅矢

 スイカを弾くというアイデアひとつだけでも魅力的なのだが、ファンタジックな文体がまたストーリーに調和していて良い。
 スイカ弾きを子供に教えることのなにがそんなにいけないのかが分からなく、分からないままにすることの効果も感じなかった。実際祖父は語り手に教え、何の問題も起こっていなさそうなので。
 最後の場面は他のスイカ弾きの存在を出すために、無理矢理はめ込んだ感じがした。

『麺shock!!』 萩原真治

 もしもわたしがラーメンだったら、100万回告白してくるあなたの恋文を、にべもなくかわしつつもいつの間にか忘れられない存在になって、しゃあないなと笑いながら胃袋に収まり幸せを感じることでしょう。
 だけどわたしはラーメンではありません。読んでるうちにそうなのではと錯覚するほどに滑稽で偏執的な愛でしたか、残念ながらラーメンではありませんでした。
 尿道のトラブルが石とすれば、尖った石が伏線回収と言うべきか、うまく前後で挟んでいて、一気に読める楽しい作品やった。

グループB

『歩み』 和生吉音

 はじめに、わたしはSFは星新一以外読み慣れていないので、もしSF特有のお約束などがあればそれを知らずに読んだということを述べておきたい。
 テロリストの男が人類(実際には全生物)を死滅させ、最後の一人として滅亡を見るという壮大な設定だが、簡潔に言うと圧倒的な科学力と潤沢な資金力とカルトを思い通り動かす驚異的な交渉力を持った男の全人類を巻き添えにしたはた迷惑な自殺とも言える。そう思えるのは、この男の動機が書かれておらずこの行動に共感あるいは反発する取っかかりがないからだろう。
 ただあえてそういった「人を描く」ことをせずに事象を見せるのを目指した作品なら、それは達成できたと思う。映画の一場面を切り取って映したような感じか。
「浚(さら)う」「傾(かし)ぐ」「抉(えぐ)る」「膝行(いざ)る」「頽(くずお)れ」などといった常用外の漢字や読み方をあえて多用するのは、ともすれば不釣り合いに浮いたり格好つけのように思われたりするリスクと裏腹だと思うが、本作品では平易な文体に適度な硬さを付加する効果があって成功していると思う。
 果たしてウイルスですべての生物が死滅し、海が干上がり、大気が有害物質に満たされ、太陽光が浴びただけで死に至る(有害物質のため?)ようになるのかというのは疑問だが、もしかするとそういう些事には目をつむって読むのがSFなのだろうか。
 冒頭部分。この文だと空港にワクチンを撒くととれるが、多分撒くのはウイルスだろう。

『サマー・アフタヌーン』 海野ベーコン

 夏休みに帰省している祖母の家での生活を詠んだものか。
 冷やし中華、夏の風、かき氷、フルーツ盛りの(?)苺、食べ過ぎ、話し過ぎ、虹といった怒濤の夏休み風景に続く「句点なく」に疾走感があって心地良い。ここまで昼で、続いて夜の落ち着いた雰囲気に移行。緩急が感じられていいなと思ったら最後の一句に意表を突かれて、「もうやってるやん!!」と裏拳でつっこみたくなる。この一句で上手く締まっていて全体の一体感があってとても良い。

『CWON善光寺街道』 首都大学留一

 出た! また聴くべき文章か。とはいえ文章を読むとき人は頭の中で朗読している声を聴いていると子供の頃先生から聞いた。それなら生まれつき耳の聞こえない人はどんな声を聞いているのだろうと、不謹慎にも魅惑的な幻想に取り憑かれていた時期がある。そんなことはどうでも良いが、わたしはロックもテクノもラップもよく知らないし聞かないので、この手の作品を読んでも頭の中に音楽は鳴らない。ということで、嫌いというのではないが楽しむのは難しい。ただ駄洒落は好きなのでそういう観点からは楽しめた。

『2005』 如実

 温かさに包まれたよくできた作品。モノローグで淡々と語られる不思議な想い出とその解釈。果たして本当に超常的な存在だったのか、僅かしか記憶に残っていない実在の少女だったのかは謎なまま。わたしにもそんな神様いたかなあと考えたけど、多分存在そのものを忘れているのだろう。

『収集癖』 高遠みかみ

 すみません。何が何だか分かりませんでした。誰か教えて。

『親が死ぬ前にすべきこと』 東風

 サスペンスドラマの一場面を観るかのような作品。はらはらどきどきしながら先に進める推進力があるが、結局何が起こっているのかよく分からなかった。負債を負ったホテルを相続することや、その地下の隠し部屋にお宝が隠されているみたいだとか、それを巡って異母兄弟が争っているらしいとか、何となく読み取れるのだがそれも正しいのかどうか。なにせもっと長い作品の一部分を切り取られた感じで、単独で一つの作品には思えなかった。全体を読みたい。

『変身?』 通天閣盛男

 笑った。どたばた劇やけど結構計算された笑いでは。竹田の扱いが軽いところとかウルトラマンAとか。もしかして遙と竹田は二人で帰っていて、石の被害を受けずにいちゃいちゃしてるのかもなどと想像するのも楽しい。
 余談だが多和田葉子訳では原文の音を重視して「ウンゲツィーファー (生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)」と、虫でさえない可能性も示唆されている。

『死にの母』 蜂本みさ

 巧みな比喩と心情描写、表現力が達人の域だといって異論はないだろう。時間、空間、視点が連続性を持って伸び伸びと自由に行き来する翼を持った文章、短い文で語らずして多くのものを語る力が桁違い。伏線というのかどうか分からんけど、最初の方に出てきた黒い長身の女が実は主題と後に明かされる構成とか、本当に全体を俯瞰した視点で作品を見ているんだろうなと、改めて感心させられた。


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