見出し画像

佐渡汽船雑記


3/28
新潟駅から30分ほど歩き、汽船のターミナルに来た。手には近くの魚市場で買った蛸の刺身とビール、日本酒を赤子のように抱えている。

船というものに初めて乗るのでかなり浮かれている。鉄の塊であるところの船が水に浮かぶのは、乗客の浮かれた心を集めて浮力にしているからである。

このターミナルから出発する船は、2時間30分の航路を経て佐渡島へ上陸する。なんだか離れ小島というと、童話のせいもあってなんとなく鬼のいるイメージがある。しかし実際の佐渡島は人口が5万人いるらしく、そこそこの都市だそうだ。東京から新潟へ向かう鈍行列車の中で調べて、初めて知った。5万人も人間が住んでいれば鬼が出ても安心だろう。朝早くに出発したので、同行している彼女は隣で終始眠たそうにしていた。

出航10分前になると改札が開く。空港と同じタラップを踏んで船に乗り込む。船のロビーはまるで小綺麗なビジネスホテルみたいだ。船の座席には椅子型のものと雑魚寝部屋みたいなものの2種類がある。佐渡島の住民らしき人達は貸出の毛布を受け取って雑魚寝部屋でゴロゴロし始めた。

俺たちは窓際のソファー席を陣取ってデッキに出た。3月でも船上は風が強くて寒い。小さな子供がウミネコに餌をやっているせいでウミネコが何羽も船に並行して飛んでいる。明らかに俺の酒のつまみを狙っている。

船の外階段を登って屋上の甲板に出ると、野球部のユニフォームを来た坊主の高校生たちが群がって車座になっている。どうやら部活の日誌を書いているようだ。俺たちの方を見ているが、見つめ返すと見ていなかったフリをした。

船の中を探検してみることにする。最上階にはスイートルームがあって、廊下だけ見たらそこら辺のちょっといいホテルでしかないようだ。

下のフロアには地方都市のスーパーの2階みたいなゲームコーナーがあってびっくりした。ゲームコーナーの隣には食堂がある。アイスクリームやラーメン、カレーなんかがある。何か食べようか考えていたらさっきと同じユニフォームを着た野球部が集まってきて、ラーメンを食べ始めた。その光景があまりにも"日常"すぎて船の揺れとともに目の前がクラクラしてきた。

デッキから眺める夕陽は綺麗だった。

佐渡島に着いたが、寒い。まだ7時過ぎだというのに、港の周りは真夜中みたいな空気だ。街の中心部のホテルに向かう道はアーケードになっているが、全ての店のシャッターが降りている。旅館に荷物を置いてから事前に目星をつけていた飲食店を2,3件巡ったが、一件も開いていなかった。Googleが全然アテにならない。

諦めて開いていた居酒屋で知らない魚の刺身を食った。

3/29
旅館で1人で朝食を食べた。旅館の隣には街唯一のコンビニがあるが、全然知らない名前だし夜の8時には閉まる。コンビニで見たことないサンドイッチを買ってバスに走って乗り込んだ。

バスは買い物に出かける老人で賑わっていた。佐渡金山に向かう。

金山の中には当時の炭鉱夫が働いていた様子が蝋人形で再現されていて、近づくと動いたり喋ったりする。「インディジョーンズみたいでウケる」と彼女が言っていた。

外に出ると、受付のお姉さんが喫煙所で煙草を吸っていた。自分にとっての観光地が誰かの日常であることを突きつけられると、なんだかうんにょりとした気分になってしまう。自分の生まれた埼玉が誰にとっての観光地でもないからかもしれない。

金山のそばの食堂は既に潰れていたので、山を下って街に出る。

眺めが綺麗だが、腹が減っていてそれどころではない気持ちもある。ずっと食べられる野草の話をしていた。道の脇にゼンマイが生えていたので食べようとしたら、「虫がいるからやめろ」と言われた。

街の中心まで降りて飯屋を探すが、一件も開いていない。まだ昼の1時過ぎなのに。

ちょうど店じまいをしていた蕎麦屋のおじさんに開いている店はないかと聞いたが、知らんと言われた。田舎の人間が優しいというのは多分嘘だ。

佐渡島の人達は何を食べて生きてるのだろうか。辛うじて開いていた商店でおばあちゃんの手作りおにぎりを買って食べた。

大根の漬物が中に入っていて、サランラップで包んである。どうやらいい米を使っているらしい。かなり美味しかった。

海岸伝いに歩いていたら、コンクリートに張り付いていた貝を拾った。食べようとしたら「虫がいるからやめろ」と言われた。

隣町の方まで歩いていくと、やたら猫がいる場所があった。猫に挨拶していると、しわくちゃのお婆さんに話しかけられた。

おばあさんは読み物をしてるわけでもないのに何故かハズキルーペをかけている。話を聞くと、そこの家で地域猫の世話係をしているらしい。

東京から来たと言ったら、「私も昔東京で大学の先生をしていたので、東京が懐かしい」と言っていた。

そのお婆ちゃんの風貌があまりにも大学の講師からかけ離れていたのでかなり面食らってしまった。

そのお婆ちゃんの口には歯が下の両犬歯の2本しかなかった。

佐渡島の鬼は今も人間に紛れて生き長らえているようだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?