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パンタ・レイ

1月の終わりくらいか、今年のまだ寒かった頃に、友達に誘われてシャンソンショーを観に行った。「新春シャンソンショー」と早口言葉で馴染みのフレーズがそのまま銘打たれたイベントだ。その冬で一番風の強い日だった。

誘ってくれた友達が主催者の友達で、随分安く入れたのを覚えているが、本来はVIP席ではマダムが弁当を食べながら鑑賞しているような上品なイベントだ。出演者が入れ替わる幕間を別舞台の古風な背広の男が軽快なトークで繋げていて、タイムスリップしたような感じだった。

バーカウンターで酒を頼んで椅子に座り、受付で渡されたタイムカードに並ぶ出演者の名前を見て驚愕した。聞き馴染みのないシャンソン歌手の名前の中に、頭脳警察のPANTAの文字。

PANTAの出番は終盤あたりだった。ステージ上で椅子に腰掛けたPANTAはランボーの「永遠(L’Éternité )」をフランス語で朗読したあと、いくつか曲を披露していた。

ショーが終幕を迎え、出演者全員がステージに並ぶときにはPANTAもステッキ片手に客席に手を振っている。

ショーが終わったあと、友達が主催者に挨拶に行くというので一緒に関係者用のスペースについて行った。ステージ上で着ていた派手な衣装を脱いで普段着に戻った主催者と談笑していると、奥から車椅子に乗ったPANTAがやって来た。

俺がPANTAだ!と騒いでいると、PANTAが「楽しんでくれたかい?」と言いながら手を差し伸べてくれた。その声は高校の頃に買った頭脳警察のCDから聞こえるのと寸分違わない。

俺はなんだか言葉にできない興奮を覚えながらPANTAと握手をした。体の割に大きく骨っぽい手はロックの歴史を物語っているような気がしたが、そこにもうあまりエネルギーが残っていないことも同時に感じ取らせた。

アイドルファンが憧れのアイドルと握手した後に、もう手を洗えないなんて言っているのの気持ちが初めて分かった。手というのはそれほどにその人を物語るものなんだと、改めて気付かされた。

PANTAはその日の何日か後に病状が急変し、その後少し持ち直したかと思いきや今日ついに亡くなってしまった。

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