【エッセイ】月の時間

すっかり冷え込んでしまった夜。銀色の月にまっすぐ見下ろされ、そんなに見てどうするんだ、というか見てくれるなと思いながら、ベランダで煙草をふかしている。今日も疲れた。吐いた煙は戸惑いながらもふかふか上へ上へ昇る。あの遠いこの夜の目印へとゆっくり昇る。

なんとなしに、過去に紡いだ自分の詩を見返してみた。拙いながらも、丁寧に言葉を並べている印象を覚えた。まるでそれは宝石箱だった。
頑張って生きて生きて、それでもやっぱり疲れてしまって、終わらせたくて、それでも今日を、明日を生きるために紡いだ言葉たち。それらが、今の私をあたたかい気持ちにしてくれた。充分だった。それだけのことが、今の私を充分に満たしてくれる。この世界に生まれた理由にハートを包まれたような。

ときどき通る車の走行音、ぽつぽつ歩く人の明かり、すっかり照らされた遠くの闇、今の夜はそれくらい。引き伸ばされた時間を永遠のように感じている。ある種味気ないが、パソコンとかを開いて、常に明るい情報雑多な世界に潜り込む気もおきない。
それよりも、目を閉じて、目の前のありのままの全部を私の中に落としこんで、それらをゆっくり眺めたほうがよっぽど有意義に思う。目の前のことに時間を使う方がよっぽどいい。

三本目の煙草を吸う。いまだに月は余裕そうにこの夜を眺めている。さすがに体が冷えてしまったので、部屋の中に戻る。
匂いが戻る。部屋の中ではやはり一人だが、でももうなにか満足している。どうせいずれ、また発作のようにこの身を終わらせたくなるときがくるだろうけれど、溢れる感情を受け止めようとする限り、私はもう多分大丈夫なんだと思う。消えかかる灯火の揺れを大切にしようと思える限りは大丈夫なんだと思う。そして、それは私のことなので、私が私でいる限りはきっとこの場所で生きていくんだと思う。

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