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本当にお金の不安がなくなったら精神疾患は症状が良くなるのか

精神疾患とは本当に辛い病気です。色んな精神疾患がある中で私は統合失調症という病気になりました。10年以上かけて寛解しましたがそれでも毎日元気良く働くことはできません。天候やストレスで体調を崩し動けなくなり仕事に行けなくなることも多々あります。

ただ私は幸せ者で妻が「私が稼げば何も問題ない」と身を粉にして働いてくれ金銭的な貧窮はありません。

もちろん若い頃は相当な貧乏生活をしました。大学を卒業した後にクローズで働いて体を壊し職業訓練学校に行き始めた時は私の収入はなく、炊飯器で米を炊き2つオニギリを持って水筒に水と氷を入れて死にものぐるいで勉強しました。

私の行った職業訓練学校は無給だったので、1日に使えるお小遣いが30円で1週間に1度買えるコンビニのジュースとお菓子が生きがいの頃もありました。

そこから苦労を重ね私は就職し妻も良い企業と巡りあえ金銭的な問題はなくなってきました。

私たちは私の雇用が安定しないのを見込んでお金がかかるもの、子ども、家、車を所持しないと二人で決めて老後の資金を作っておこうと、idecoをやったりつみたてNISAを始めて、気づいたら最も貯金がなかった頃から20倍ほどの資産を持つようになりました。半分以上は投資信託なので減ったり増えたりはありますが贅沢しなければ今後このペースで老後に不安はない貯金ができると思ってます。

もちろん貯金の為に贅沢はできないので節約に節約を重ねて暮らしてます。生活レベルを低く設定して私の体も弱いのでコロナ禍もありステイホームに慣れて家でお金を使わないよう暮らしてます。

そして、私は長年の夢だった自分の体験をもとに同じ苦しい思いをしてる人を助けたいとブログやYouTubeを始めて毎月アドセンスやアフェリエイトで小銭がお小遣いとして貯まるようになりました。

最初は欲しいものを買ってたのですがここで問題が起こりました。ある程度欲しいものを買ったら「これはキリがないな」と悟り、物欲が消えたのです。

欲しいものは限りなくあるけど求めたらキリがないと。そこで私は物を買うことに興味がなくなり私の小銭はその間も増え続け大変な額になってきました。

でも、私はある程度この小銭を使って思いました。買い物をする瞬間は楽しいが、買ってしまえば興味が減ることに気づいてしまったのです。買う前が1番楽しいのです。

元々貧乏性なのであれこれ買い物はしてないのですが、現状お金で買えるエンタメ、本や映画やゲームをしてもおもしろくなくなってきました。流行りのガチャをするゲームもしましたがイベントの繰り返しでガチャを要求されるのがアホらしくなり辞めました。もうこうなったらギャンブルだと競馬などしてみましたが当たっても負けてもそんなにテンションは上がらないでした。

会社の社長さんや地主のように何億円も持ってるわけじゃないのですが、生活できるだけのお金も安定し、老後資金も積み立てるので不安なく自由に使えるお金もあるのに、私は興味関心や面白いと思う心が枯れてしまい、体調がどんどん悪くなっていきました。これはコンテンツが面白くなくなったのではなく、面白いと思えない自分がつまらない人間になったのか深く悩みました。

すべての人がこうとは限らないですがこれは私の場合です。

贅沢な愚痴です。明日食べるものも苦労したり定年後生活費を稼ぐために老体に鞭を打って働いてる人もいるのに、私は統合失調症だという理由で働くこともせず家にいて退屈と暇で1日横になってるだけです。

とても、働きたいです。働いてお給料を頂いて賃金が少なくてもいいから社会に身を置きたいです。

でも、現実はドクターストップがかかってます。私は四年前の再発で向精神薬を大量増量して減量中です。

今の私は独りで外出できません。薬が多い為、外に出ると緊張して口渇になります。口渇が出ると唾液がなくなり飲めなくなります。すると息がしづらくなりパニック障害の予期不安が出てきます。

また刺激が強いとドーパミンが過剰に出て動けなくなります。今だに電車やメンタルクリニックに行くと、疲れでその後に家で横になって動けません。

困ってるのが人と喋るのも難しい事です。
会話を楽しみテンションが上がると興奮状態になり統合失調症の陽性症状が強く出ます。

また、加齢もあるのですが夜の9時になると疲れて何も出来なくなります。

昼は昼で無気力になりドラマを見る事やゲームをする本を読むなども集中力が続かず出来ない事が多いです。

なので日中は何もせずに生きてる事に、死にたくなる心と、精神疾患だからと私を捨てた両親への憎悪の気持ちが大きくなります。

生きてる心地がしません。

老後資金もしっかり投資してある程度のものが買える小銭があっても、私の毎日は死にたい、恨み、何も出来ないの繰り返しです。

何事にも否定から入り面白いものを面白いと感じる事ができなくなってきました。

唯一の救いは体調が安定し薬の減量さえうまく行けば症状も副作用も緩和され前ほどではなくても生きやすくなるかもしれないという希望があることです。

その為には上記の様な療養生活をし続けるしかありません。今は療養して薬の減量をすること、それが私の最優先の仕事です。

私の小銭はたまに妻が欲しいと言ってたものを記念日に買うことに使ってます。それが1番気持ち良い使い方だからです。

90年代のアメリカのオルタナティヴロックを象徴するNIRVANAのカート・コバーンも何億というお金を持ちながら自死しました。

宝くじで当たる程ではなくてもある程度お金があっても、精神疾患は楽になるか私は疑問に思ってます。

私はお金よりもアドラー心理学で提唱されてる、良き人間関係を築く事、自分を好きになる事、社会に貢献すること。この3つの事の方がはるかに幸せになると思います。でもこれは明日食べるお金が無い程苦労した事がない甘ったれの私だから言えるのでしょう。でも理解してほしいのは私は働けないのです。とても不甲斐ないです。

いつか働く事ができるぐらいまで治る事を信じて、暇で退屈で死にたい毎日を耐えていきます。私は私に負ける気はありません。いつか減薬できると信じてます。


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