見出し画像

気づいたら疲労

柿をたくさん穫った。2〜30キロぐらいはあっただろうか。高枝ノコギリでゴリゴリ枝を落としても、上部にはまだたくさんの実が残っている。すでにこの木からは60キロぐらい収穫しているのではないだろうか。一本の木にこれほどなっているということに改めて驚いてしまう(そして枝をバサバサ落としても翌年にはまたこんもりしている生命力にも)。

休憩中にそんなことをしているので、なかなか体の疲れが取れないんだろうなあと思う。

よく見ると海の表情は毎日少しずつ違う


体をよく動かしていれば、精神的にも健康になるのではないかと漠然と思っていた。でもよくよく考えてみると、肉体的疲労と同時に精神的疲労も蓄積している。確かに対人関係の疲れとは質は異なるけれど、何かしら心は疲れている。多分、ゆっくり落ち着いていられないことが大きいと思う。ただしはっきりとわかる疲れではなくて、もしかしたら疲れているのかもしれない、と意識し始めると気になる肩こりのような疲れだ。

一番分かりやすく疲労が出ているなと思うのが、人と話すときに投げやりな部分が増えてきたところだ。コミュニケーションが雑になってきた。毎日顔を合わせて慣れてきたというのもあるけれど、相手とちゃんと話そうという余裕がなくなっているのを感じる。


こういう疲れを回復するには、どうすればいいだろうか?

ここから先は

258字 / 2画像
基本的には日記ですが、たまに深いことを書いたり書かなかったりします。分量で著者の疲労度が測れます。

少し遠くに行ってみよう。人生が変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。あるいは変わったとしても、気づかないかもしれない。だから、何か…

昔々、あるところに読書ばかりしている若者がおりました。彼は自分の居場所の無さを嘆き、毎日のように家を出ては図書館に向かいます。そうして1日1日をやり過ごしているのです。 ある日、彼が座って読書している向かいに、一人の老人がやってきました。老人は彼の手にした本をチラッと見て、そのま