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ある養豚農家の涙ー外部環境に左右されるベトナム養豚の富と影

今回はベトナム北部、Bac Giang省のとある農家を訪ねた時のお話。ここはベトナム国内では多少知られた地鶏の産地で、各家庭が何千羽規模で育ててなかなか潤っている、そんな感じの農家が多くありました。そんな中、「養豚をやっている方もいますが、訪ねてみますか?」と聞かれたところ、折角ですからとお邪魔することにしました。

お邪魔すると、一家の女主人らしき女性が「あら、何だ外国のお客さんが来るなら先に言ってくれれば良いのにぃ」なんて、連れてきた地域のリーダー格おばさんに話しつつ、お茶を入れてくれます。お互いにとって突然の訪問だったので、特に何か主題を立てて話すわけでもなく、「最近どうですか?」といった感じで話し始めたのですが、数分もするとその女主人の目には涙が。何でも昨年来の豚価格の急激な低迷で、とっても酷い目にあったらしいのです。

彼女は台湾に出稼ぎに何年も行き、そこで稼いだ元手で養豚を始めたのだといいます。最初は企業と契約し言われたように、言われた数だけ飼育し全頭買い取ってもらうようにしていたが、かなり景気先行きが明るいと判断した彼女は、更に銀行から1000万円単位でお金を借り、規模を拡大して自主経営の養豚ビジネスを始めました。初年度、2年目はその読みが当たり数百万円単位の売り上げが出たとのこと!農家への融資には相当厳しいというベトナムの金融機関も、養豚業界の先行きを相当楽観していたのでしょう。

しかし、三年目に当たる2017年に情勢は一気に暗転しました。自分自身もツイッターなどで発信したこともありましたが、それまでに市場を楽観した多くのベトナム農家が養豚数を激増させたそのタイミングで、中国政府がベトナムからの豚の輸入を厳しく規制するようになったのをきっかけに、豚肉価格が一気に下落(以下図参照、こちらの元記事もご参照ください)。多くの農家が大打撃を受けることとなった。ツイッターでも書きました通り、知識としてはそのことは知っていました。しかし、そのことで涙する彼女の姿を見て、自分がその深刻さを「知っていた」が「わかっていた」わけではないことが、とても良くわかりました。

今は再びある企業の委託を受けながら、決められた通りに飼育し出荷して報酬をもらうような形に戻ったが、彼女の現在の収入からでは銀行からの借金の元本を返すにいたらず、利子を返済するのがやっとだといいます。涙ながらに、政府の無策を訴え、農家の苦しさを訴えつつ、それでも気丈に「でもまたしっかりやっていきたい」と笑顔を見せていたのは、さすがにたくましいベトナム人女性です。

1000万円単位の融資を受けて事業を拡大したというストーリーに、単なる「可哀想な養豚農家」というイメージだけではなく、いけるとなればかなり突っ込むという勝負師の側面、そしてそれに加えて全国的に「豚はイケる!」と多くの農家が養豚数を増やしたブームの熱気も想像ができました。彼女もそんなブームの中の勝負師の一人だったのかもしれませんが、そこに十分な情報が行き渡っていたのか、警鐘はならされていたのか、彼女の涙はそこへの恨み節に聞こえます。

農業を行う上での外部条件には「天候」が最もわかりやすく挙げられますが、「市場」も基本的には所与として受け入れざるを得ないもの。これら「外部」、自らのコントロール外にあるものを、情報やデータとして少しでも内部化して対応していくことができるか、それがベトナムの農家が安心して生産に臨むための一つのカギとなるでしょう。

11年間ベトナム(ハノイ)、6年間中国(北京、広州、香港)に滞在。ハノイ在住の目線から、時に中国との比較も加えながら、ベトナムの今を、過去を、そして未来を伝えていきたいと思います。