書物は家のように ウオルター・クレインのデザイン
「この美しい家は線と色彩から成る構築物」 、とウオルター・クレインは書物を家に喩えた。
表紙、見返し、扉(タイトルページ)、本文と続く流れは、門から入り、前庭、玄関、それぞれの部屋に続く流れと同じであり、書物をデザインすることは、家を設計する建築家のようなものとクレインは考えていた。
表紙はその家の門にあたり顔になる。表紙をめくると最初に現れるのは見返しだが、クレインは、「見返しは、一種の四角形の中庭、前庭、もしくは扉の前の庭、草地」と述べ、家の扉を開けて入っていくようにここから書物の内部へと分け入ってゆく。
通常は、扉があり、目次ときて本文に入るが、クレインは、見返しだけでなく扉に至る白紙の遊び紙にも時間のすき間をつくり、読者との間を意識した。絵とテキストの位置、次のページへの導線が計算されている。
クレインは早くから書物の挿絵が絵画性に陥ることを危惧し、書物を飾ること、デザインすることの重要性を説いた。書物の中のイラストレーションは、テキストと本の形態と密接に結びついてこそ意味を持ち、決して独立したものではないという。
書物を構造物として捉え、タイポグラフィ、イラストレーション、オーナメント、写真などの構成要素が書物全体をつくる、という考え方である。これは数多く手がけた絵本にもあてはまる。
クレインが『The Decorative Illustration of Books Old and New』(邦訳『書物と装飾』)を著したのは1896年、すでに名声を得た44歳のときで、ヨーロッパの書物とイラストレーションの歴史、デザインの考え方や原則が述べられている。木口木版や多色石版印刷による多色刷りの書物や絵本が手近なものになったころである。
書物を建物に見立て、立体的な空間として捉えるデザイン観はクレインの根幹をなすものといえるだろう。さらに、書物のそれぞれのページは、印刷することで構成される。印刷技術がもたらす独自の表現性についても論じている。
数年前、千葉県立美術館で開催された「絵本はここから始まった ウオルター・クレインの本の仕事」展の図録に「ウオルター・クレインの絵本デザイン」を寄稿した。その中で、クレインのデザイン観を知る具体的な例として『The Baby’s Own Æsop』を取りあげた。表紙から続く一連の展開がわかりやすく、あらためて、図版とともに紹介しておきたい。
たとえば、『The Baby’s Own Æsop』では、表紙に玄関のドアをノックする子どもが描かれている。門の方から眺める情景であり、装飾されたタイトルと登場するツルやネズミ、カエル、フクロウ、ランプで構成されている。見返しは等間隔のマス目状に組まれた籬と背景にツル植物、そして一色刷りのシンプルな前扉、さらにめくるとメガネ、鳥、羽根ペン、鉛筆、それと登場する動物たちをあしらったシンプルな見開き画面があり、なかなか本文にたどり着かない。イソップ 物語は幾つもの短編で構成されている。そのことも無関係ではないだろう。物語を暗示するものをちりばめ、あたかも不思議な屋敷に入っていく気持ちを高ぶらせるための誘導のようでもある。
ようやく本扉が現れると一気に色彩豊かな見開き画面が展開する。右にタイトルページがあるが、左ページには扉絵がある。装飾が施されたタイトルとともに、この絵本の内容を凝縮し象徴した図像として描かれている。要約とも言える表現で読者の関心を引きつける。子どもの膝の上には本が置かれ、物語に登場するさまざまな動物や鳥と戯れている図像だ。正円の中の図像を縁飾りで囲み、見開き画面はすき間なく装飾されている。そして目次があり、本文に入っていくのだが、建築物に喩えると、室内(本文)に導き入れるまでに、さまざまな工夫と仕掛けがある。 目次はそれぞれの部屋の案内表示といえるだろう。ここにはイソップ物語のさまざまな部屋があり、読者は一つひとつドアを開け愉しむことができるのである。
『The Baby’s Own Æsop』を見ていると、クレインの言葉がそのまま伝わってくる。子どものための絵本ということもあって、絵の比重も大きくそれぞれの物語を象徴するように絵が繋がっていく。出版と読者対象を意識した絵本づくりは、画面の描き方やページの展開として表れる。
クレインの名は、ケート・グリナウェイやランドルフ・コルデコットとともに、19世紀後半イギリスの子どものための絵本誕生期の重要な作家として知られているが、活動は多彩だった。
書物のデザインだけでなく、油彩画やポスターも描き、織物、壁紙、陶磁器、家具などデザイン全般にひろがっている。
1880年代後半にはウィリアム・モリスと行動を共にし、美術労働者のギルドの確立やアーツ・アンド・クラフツ運動に参画するなど、芸術運動や社会運動にも力を注いだ。1898年には王立芸術大学の学長となり、装飾芸術としてのデザイン理論を説いた。
「デザイン自らがデザイン自身の言葉を使って語るべきものなのだ。その説得力は、いかなる説明や注釈よりも大きい」、クレインの言葉は書物のデザインの本質をついている。
絵本のイラストレーションは、構造的な造形物から絵が分離し、ややもすると絵画性が強調される。絵本もまた書物であり、建築と同じように構造物と捉えれば、総合的な造形の視点は欠かせない。書物を媒介に、視覚言語、デザイン言語に発展していくことをすでに示唆していたことを忘れまい。
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