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80近くになって労災患者?!

生きていると時に思い掛けないことに出くわす。筆者は現在79歳、誕生日が来ると80歳になる。常識的に言えば相当の年寄りであるが、この年になっていろんなことを研究するのが楽しくて、結構忙しく日を送っている。
本来の専門分野の研究の外に、例えば以下のようなことも研究対象である。最近、歩行が困難になってきたので、どう言う歩行が楽か?ひょっとして、忍者歩きが良いかも?飼い犬のミニチュア・ダックスフントが自力で散歩をしないので、何とか運動させる方法は無いか?入れ歯によって滑舌が違うが、その計測法は?そのうち、ひょっとするとイグノーベル賞が取れるかもしれない。


目下夢中になっているのは、非常に深い海中にコンクリート構造物を設置できないかと言うことである。人間の経済活動の及ぶ最も深い水深6000mを目指している。


何故こんなことを始めたかと言うと理由はいろいろとある。そもそもコンクリートは陸上ではありふれたものであるが、不思議なことに、海の中では余り使われていない。しかも、コンクリートは引き張りには弱いが圧縮には強い材料であるので、海中のように高い圧力の所に大変適した素材である。その上、大変じょうぶな素材である。


過去において、コンクリートの船が造られた例はある。大きな戦争になると資材の不足、とりわけ鉄鋼の不足が深刻な問題になるので、コンクリート船が造られる。コンクリートは鋼に比べると比強度が小さいので多少重くなるが欠点はこの位で、鋼船に比べて耐久性は抜群に良い。現に、広島県呉市近辺の漁港で第二次大戦中に作られた鋼船が防波堤として使われており、造られてから70年以上経つのにコンクリートの状態はすこぶる良好だとのことである。


昨年6月に大阪で開かれた日本船舶海洋工学会のシニアセッションで、M重工業OBのK氏が第2次大戦中に建造されたコンクリート船の講演をされた。それを聞いて、筆者は大いに感心した。この日、たまたま研究開発のコーディネートをするR社のT氏に会っていたので、「コンクリート船の研究開発をしたいと思うが、研究助成金を頂けるだろうか?」と質問したところ、「丁度募集中の研究開発プロジェクトがあるので、とりあえずそれに応募したら!」と言う助言を得た。早速、若い中小企業の社長を研究開発グループの代表に据えて応募してみた。信じ難いことに、あっという間に研究助成金を頂けるようになった。
 

これがなかなか面白い研究で、目下すっかりはまっている次第である。何故はまったかと言うと、大企業と違い中小企業はお金はないが、ともかくフットワークが軽い。あっと言う間にいろんなものが形になって来る。大企業相手では考えられないことである。

小さな耐圧試験水槽と言うものを作って、夢中になって試験水槽の内外の電線をつなぐコネクターを作る実験をしていたところ、コネクターの部品である真鍮の棒が突然飛び出して、筆者の額をかすった。大した怪我ではなかったが、頭部の怪我は出血がひどい。皆びっくりして大騒ぎになってしまった。本人は、皆がびっくりする理由が分からずケロっとしていたが、洗面所で鏡に向き合ったとき、その理由が良く分かった。

ともかく病院に行こうと言うことになって、若社長の車で実験をやっていた工場の近くのT総合病院の救急外来に駆け込んだ。

長々と書いたが、これからが本来書き残したかったことである。若社長が労災の手続きをしたあと、担当医師の診断を受けることになったが、この医者が筆者に大変興味を示したのである。怪我人本人は、珍しくもなんともないケースと思っていたのに、このケースは医者にとっては大変珍しかったのである。

何故かと言うことはすぐに分かった。要するに、「80歳近くの年寄りが、実験中に怪我をして労災患者として来ることなど考えられない」ということであった。ころんで骨を折ったとか、階段で滑って顔を打ったとかで来院する年寄りはしょっちゅうあるが、実験中に怪我をして一人前の労災適用患者になって来院するなど聞いた事がないということであった。

一日置いて傷のチェック、一週間置いて抜糸の時に見てくれた医者も、一様に高い関心を示した。患者である筆者も調子に乗って、実験の内容や意義を詳しく説明した。抜糸をしてくれた医師は特に熱心で、「大変尊敬します。私も年取ったら、貴方のように何かに打ち込めるような生活を送りたい」とまで言って下さった。真に過分な身に余るお言葉を頂いたものである。余りにも熱心にあれやこれや質問してくださるので、「先生、ひょっとしていろんな質問をして、私の脳のチェックをされているのですか?」とお聞きしたところ、「いやいや、純粋に個人的興味から伺っているんです」と仰った。「80近くなって、いろいろ活動できるなんて本当に凄いと思います。尊敬いたします。」とのことであった。

歳を取ると誰しも孤独になることが多い。しかし、筆者はこの研究のお陰で孤独を免れている。真に有り難い話である。筆者は若い頃、いろいろと思うに任せぬことがあって、余り幸せではなかったと思っているが、年取ってからは得がたい友人を得るなど、有り難いことが多く、孤独から免れている。

人生は万人に対して公平であるのであろう。小生の場合は「若難老楽」とでも言えそうな人生である。これで十分に満足すべきであろうが、もっともっと人生を楽しみたいという気持ちが強い。こんなに欲張ったら、反動でガックリと来るかも知れませんね。調子に乗って身の程を忘れてはいけませんね!

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