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ノンフィクション「東電OL事件 DNAが暴いた闇」(読売新聞社会部) ワールドカップより国民を意識するとき

2012年に読売新聞社会部が、東京電力女性社員殺人事件の有罪確定から無罪に覆った経緯を振り返ったノンフィクション。

 1997年 東京電力女性社員殺害事件
 2000年 第一審で被告に無罪判決
 同年   逆転有罪判決で無期懲役
 2011年 弁護側の要請で新たなDNA鑑定
 2012年 再審で無罪確定 
      ゴビンダ氏15年ぶりに釈放

本書は被害女性を詮索する内容ではなく、DNA鑑定や判決内容に関する取材をわかりやすくまとめている。

無罪への転換点はDNA鑑定で8年ぶりに新証拠が出たことだが、それ以前に「証拠の開示について検察側が自由に取捨選択できる」ことが冤罪を招いたと示唆している。

検察がこう語る場面がある。

「私たちは公判にはベストエビデンス(最善な証拠)だけ開示すればいいと習ってきた。米国の裁判と同じで、検察は自分たちが勝つために必要なことをする。逆に言えば、我々が必要ないものは出さなくていいと言うことだ」

習ってきた… 勝つために…

弁護側は検察がどんな証拠をどれだけ持っているか知らない状態で証拠請求しているのだ。

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ゴビンダ氏が牢につながれているとき、佐野眞一氏の「東電OL殺人事件」(新潮社)を読んだ。その日から”暗い塊”が自分の胸に巣食うことになった。

被害女性はエリート社員で、なぜ彼女が1日4人の売春を自らに課していたかは深く感じ入るところだ。しかし我々は映画や本を愛する徒であるから、「普通の人間などひとりもいない」「人間の中には不可解な暗渠がある」ことを知っている。だからもはや確認する術のない彼女の心のことはそっと考え続けるしかないと思い定めた。

”暗い塊”の根源は、国家へのおののきと国民としての責任感だ。

「有罪にできなければ職務怠慢だという意識があった」(検察のコメント)

有罪そのものが目的となっている検察の宿痾がここにある。

「ネパール人ごときにバカにされるな」(捜査課長の檄)

無罪につながる証拠の非開示やDNA鑑定からの除外。ゴビンダ犯人ありきのストーリー。関係者から自供を引き出すため、警察が仕事をあっせんするなどの利益誘導、取り調べにおける脅迫。

ゴビンダ氏が二度とネパールに帰れないとなったとき、下半身の力が抜けるような悲しい罪悪感に襲われた。情けない。申し訳ない。この国に住む以上自分も同じ穴の狢だ。自分も国家悪に与しているという意識が苦しい。ワールドカップよりもこの国が他国の人を蹂躙したときに”国民”であることを痛感する意識する。自分もこの暗い国の一員だと。

#マイスモールランド#牛久 を観た感じがそれに近い。

本書のおかげで、”自分の事件”と思っているこの事件の経緯を再確認できた。ジャーナリズムの仕事に感謝している。

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ネパールに帰ったゴビンダ氏。父は亡くなっていた。自由の身になったが、家で黙り込んでいる時間が長い。15年ぶりに一緒にすごす2人の娘がいる。でも家族や知人らとうまく接することができない。刑務所生活はゴビンダ氏に「拘禁反応」をもたらしたのではないか。解放されても15年と何かは絶対戻らない。

被害女性の家族は杉並から引っ越した。真犯人は判明していない。彼女はまだ渋谷を彷徨っているのだろうか。

#東京電力女性社員殺人事件
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