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あなたもきっと、登山中の水分補給が足りていない

ガイド同士の会話の中でよく出てくる話題があります。それは
「みんな水分補給が足りない。」
「飲んでくださいと言っても、飲んでくれない。」

といった話。そしてこの水分不足問題は、山岳医の先生の講演会・講習会に参加すると、同じように指摘されます。
なので、あなたもきっと、足りていないでしょう。

足りないとどうなるのか?

それではなぜ水分補給をしないといけないのでしょうか?足りないとどうなるのでしょうか?

1つめには「病気のリスクの上昇」が挙げられます。水分が不足すると、血液がドロドロになります。すると血管が詰まりやすくなり、脳卒中や心筋梗塞などを起こしやすくなります。また血液の流れが悪くなるため、血圧が上昇します。高血圧の方はめまい、ふらつき、吐き気などの症状が出るだけでなく、脳卒中などにもつながります。

昔はあまり聞かなかったのですが、近年遭難救助される方の中に「病気」が理由の方が10%ほどいます。中には登山道で突然死して発見されるケースもあります。いずれも脳卒中や心筋梗塞が多いようです。

2つめには「足がつる、熱中症、脱水症状、高山病」につながります。
登り坂の途中で足がつっている方を時々見かけます。原因はいくつかありますが、大きな原因が水分不足です。
また水分をしっかり摂って、汗をかいて体温を下げないと熱中症になります。真夏に多いイメージですが、まだ暑さに体が慣れていない6~7月から発生すると言われています。
水分補給が足りないと脱水症状にもなります。脱水症状が怖いのは、本人に自覚症状がなく、気がついた時にはフラフラになっているケースです。よくマラソンや駅伝選手が突然フラフラになっているアレです。
高山病は標高が高いところで起こる病気で、酸欠が主な原因ですが、脱水しているとかかりやすくなるため、水分をしっかり摂っていれば予防になります。

3つめは「パフォーマンスの低下」です。昔は“根性論(?)”で「運動中は水を飲むな!」と言われたものですが、最近ではスポーツ科学の分野で研究が進み、「水分不足はパフォーマンスの低下につながる」ので今は「運動中は水分補給をする」というのがスタンダードになっています。
登山で言えば「体が重い」「思うように足が出ない」「バテた」といった状態になります。

水分が足りない原因

それではなぜほとんどの登山者が水分補給が足りていないのでしょうか?

1つめの原因は「トイレ問題」です。これは特に女性に多いのですが、「水を飲むとトイレに行きたくなるので、飲みたくない」というものです。なのでいくら「飲んでください」と言っても、一向に耳を貸してくれないのです。でも、先に上げたような病気や事故のリスクトイレと、どっちが大事か考えてください。

2つめの原因は「水分補給の重要性を知らない」ということです。先に上げた「足りないとどうなるのか?」ということをよくご存知ないのです。そして、それが単なる「喉が乾いた」という程度の話ではなく、時には「命にかかわる」ことを知らないのです。
その重要性を知っているので、ガイドの間では「お客さんが水を飲んでくれない」というボヤキが出るのです。ただ、休憩の際に「皆さん、水分補給してくださいね~」と優しく言うガイドはいても、「皆さん、ちゃんと摂らないと死にますよ」とは言えませんから。
もちろん「山小屋に着いた後のビールを美味しく飲むため」なんて理由で水を飲まないなんて論外です。

3つめの原因は「重いから」という理由です。水は重いものです。水1リットルは1kgになりますから。1kgは重いですよね。
でも先に上げたリスクを理解していれば「重いから持っていかない」というのが理由にはならないことは言うまでもありません。

4つめの原因は「地球温暖化」です。明らかに昔に比べて暑くなっています。山の上でも暑いです。昔よりも汗をかくので、昔よりも多く水分が必要なのです。
ここに実はベテランと言われる人たちが陥る“落とし穴”があります。「あそこの山に行くなら水はどのくらいあればいい」という過去の経験があだとなるのです。「今の気候」に合わせられる柔軟性が必要です。

どのくらい飲めばいいのか?

それではどのくらい飲めばいいのでしょうか?よく言われるのが次の計算式です。
脱水量=自重(kg)✕時間(h)✕5ml
そして、この脱水量に対して7~8割を最低限補給するのが良いとされています。したがって私は
補給水分量=自重(kg)✕時間(h)✕4ml
を目安に飲んでください、とお伝えしています。例えば自重が70kgの人が6時間行動する場合、70✕6✕4=1,680ml は最低限飲んでください、ということになります。

参考文献
・登山の運動生理学百科 山本正嘉著
・登山の医学ハンドブック 松林 公蔵著
・登山医学入門 増山 茂著
・山の病気とケガ 野口いづみ著

「最低限」だということをお忘れなく

「暑いから飲む」「汗をかいてないから飲まなくていい」というものではありません。
補給水分量は秋でも冬でも飲んで下さい。
そして汗をたくさんかく夏はもっと飲んで下さい。

ちなみに体内の水分は「呼吸」によって失われます。
ビニール袋に息を吹き込むと、中が湿っぽくなりますよね?
窓ガラスにハーっと息を吐くと、曇りますよね?
登山で呼吸が荒くなると、その分多くの水分が失われます。

また汗をかいていなくても、「皮膚」から水分は失われます。
腕にラップを巻いてみると、湿ってくることからわかります。
このように、私たちが意識していないところで多くの水分が失われているのです。

「水を飲む」のも技術・能力

「そうは言っても、なかなかそれだけの量は飲めない」という声をよく耳にします。
それもそのはずです。
「水を飲む」のも大切な技術であり能力だからです。

始めは誰でもそんなに飲めないものです。
飲むように心がけ、意識的に続けていくうちに飲めるようになるのです。
つまりトレーニングが必要ということです。

山に登るうえで、「体力」や「技術」と同じように「水分を補給すること」「エネルギーを補給すること」は大切なスキルです。
体力と同じように、トレーニングをすることで習得できるものです。

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飲み方

まず「登り始める前にコップ1杯(200ml)の水分補給」をしてください。
水を飲んでも体中に行き渡るまでに時間がかかるからです。

行動中はちびちび飲んでください。ガブガブ飲むと、隅々まで行き渡らずに一気に体の中を通過して、おしっこで出てしまいます。

何を飲めばいいのか?

基本的に「何でもいい」と言われています。
ただし緑茶、コーヒーのように利尿作用があるものは避けたほうがいいでしょう。飲めば飲むほどおしっこに行きたくなり、結果的に脱水してしまうからです。

糖分、ミネラルが含まれ、体に吸収されやすいスポーツドリンクが適している、という意見もあります。ただ、スポーツドリンクが苦手という人もいますよね?
私も「水」派です。糖分、ミネラルは行動食で摂ります。

登山後も水分補給を意識して

どんなに意識して飲んでいても、やはり登山後は脱水しています。登山後もちびちびと水分補給を心がけてください。
山小屋に着いた後の水分補給が足りないために、高山病になるケースもあります。標高の高いところは空気が乾燥しているため、呼吸や皮膚から思っている以上に水分が失われているためでもあります。

食事からも水分が摂れるので、しっかり食べることも大事です。特に味噌汁は塩分も摂れるので、とても適しています。
山小屋の中には、あえて塩分多めの味噌汁にしているところもありますね。

なお「山小屋に着いた後のビール」を楽しみにしている方もいるでしょう。しかしながら、アルコールは利尿作用があるので、後でおしっこで出てしまいます。アルコールを飲んだら、その分もっと水分を摂らないと脱水になりますよ。

もう一度言います。
水分不足は登山中の様々なトラブルの原因になります。
そしてほとんどの人は水分補給が足りていません。
水分補給を意識し、トレーニングしましょう。

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