見出し画像

彼女が制服を着ない理由――AURA論

■まえがき

本記事は、田中ロミオ『AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~』(ガガガ文庫、2008年7月)を読んで考えたことをまとめたものです。読み終わった人向けの内容です。未読の方は、AmazonのKindleをアンリミテッドしていれば、タダで読めるので是非に。「人類は衰退しました」と「最果てのイマ」のネタバレも含みますのでご注意ください。
また、本記事の元となっているのは、私(筆者)が大学生の時に初めて書いた文学レポートです。至らぬ点、突っ込みどころが多々ありますが、修正は最小限に留めています。何卒ご容赦ください。

■彼女が制服を着ない理由

本作のヒロイン佐藤良子は、感情を読み取りにくいキャラクターだ。
その理由は、良子が魔女(リサーチャー)を演じているからである。
しかし、本作のストーリーを良子の内面にフォーカスしながら追っていくと、実は良子が大胆な行動を取っていたことがわかる。
例えば、良子が妄想女にすぎなかったことを知って離れようとする一郎に、その洗脳を解くと言ってキスをする良子は、リサーチャーの演技をしていながら心の奥ではドギマギしていたのかもしれない。
劇場アニメ版で良子役を演じた花澤香菜も、一郎役の島﨑信長との対談でそうした解釈を示している。

島﨑:良子のキスは、そんな一郎を手放したくないという思いからの行動なんだと思います。
花澤:あれは良子もドキドキしていたと思う。初めてのことだと思うし、でも行動しないと一郎が離れて行ってしまう。そんな思いがあったのかなって。
「AURA KOGA MARYUIN'S LAST WAR THE MOVIE OFFICIAL GUIDE BOOK」 (2013年4月)

こうした視点で物語をみていくと、何故良子は制服を着ようとしなかったのかということについて、建前のリサーチャーとしての理由ではない、その奥に潜む感情が見えてくる。
まず、衣装に関する設定を本文に即して確認する。

「授業中はフード取れ」
「防御力が低下するので脱げない」
『AURA』p50

「制服を着るんだ!」力説してやる。
「却下だ。防御力が下がる」
「防御力とかさあ……もうそういうのさあ……」
 どうあっても制服を着るつもりはないらしいな、こりゃ。
『AURA』p153

一郎は良子に青のローブを脱ぐよう要請するが、良子は応じようとしない。そして、それこそが大島グループによるイジメの一因であった。
物語の序盤には、一郎の視点からクラス内のグループ情勢が語られているが、カースト最上位の高橋・大島らのグループは圧政を強いたりはしていない。それをイジメにまで発展させた要因は、学生のカーストから外れ、コスプレでの登校を黙認された特権的な待遇なのである。

大島に脅迫された後に、「これからは良子と一緒にいられない」ということを伝えるときにも、一郎は最後の助言として制服の着用を勧めている。

「もしどうしても我慢できなくなったら」そして俺は助言する。今できる最大の支援。「衣装を捨てて制服を着ろ」
『……防御力が低下する上、リサーチャーは隠蔽式によって現象界人からは視認されていないため、制服を着用する必要は――』
 何度目かになる不毛な説明を聞いたとき、俺は泣きそうになった。
『AURA』p269

ここまでの良子の説明では、防御力を高める衣装を捨てることはできず、また、自分は現象界人(一般人)には見えないから衣装を脱ぐ必要性がない、ということになる。
果たして衣装の効果は防御力を高めることだけなのか。
物語の最終盤、良子が制服を着用して学校へ登校してきた場面での、彼女の言葉から別の機能が明らかになる。

「どうしよう、一郎、どうしよう」
「大丈夫だ。おかしいところなんてない。保証する。一緒に頑張ろうぜ!」
 違う、と首を振る。
「じゃあ何が不安なんだ?」
 瞳を潤ませながら、良子は訴えてきた。
「この格好だと防御力が0になってしまう上、隠蔽式も行使できないという……」
『AURA』p350

これをp269の先の引用と併せて考えると、衣装には防御力を高める効果があり、さらに一般人には見えない隠蔽式という技術が備わっているということがわかる。良子の説明を素直に受け取れば、隠蔽式という技術は衣装あってのものだったということになるのだ。

ところで、なぜ一郎には良子の姿が見えると認められ、コミュニケーションを取ることができたのか。ふたりの出会いの場面を確認する。

「ほかの現象界人に露見するようなことはない。そもそもマナコンバーターはおろか魔力自体が存在しないこの現象界では、誰もリサーチャーの姿を視認することはできない」
「俺、見てるけど、あんたのこと」
 (中略)
「その目」
「俺の目? 目がなんだよ。魔眼だとでもいうのか?」
「……」魔女は二秒ほど静止した。「魔眼のことをなぜ知っている?」
「いや、適当にいっただけだけど……魔眼なんてのは伝承であるじゃん」
「納得した。現象界にもかつては魔術があったと聞く。リサーチャーは現象界人Aを魔眼保持者と見なすことにする」
『AURA』p50

引用部の通り、一郎が魔眼を持っているという設定のため、良子は一般人には対応しなくとも、一郎とは特別に会話するのである。
ここまでくれば、良子と衣装、一郎との間に簡単な図式が出来上がる。
すなわち隠蔽式という衣装の力によって隠された良子を、唯一見ることができるのが一郎である、という関係であるが、この設定こそ、リサーチャーとして生きる良子が、〈竜端子〉探索の補助役として一郎を一般人から特別なステージに上げることのできる方法だったのである。
一郎は良子を〈普通〉の人にしようとしたが、換言すれば、良子が〈普通〉の人でないことこそ、一郎が良子に構う理由であったということだ。だから、それを理由にイジメられようとも、良子は制服を着ようとはしなかったといえる。
本人が自覚していたかはともかく、良子は一郎が気になっていたのだろう。

劇場アニメの監督を務めた岸は良子の一郎に対する気持ちについて、「きっと一目惚れ」なのでしょうとまで言っている。それだから良子は、一度は離れようとした一郎を不器用に、キスで、金銭で引き止めようとしたのではないか。
良子に寄り添って物語を追うと、『AURA』は素直なガール・ミーツ・ボーイの物語の側面を持っているといえる。

■良子は魔女だったのか

佐藤良子が実は魔女だったとする説があるが、最後に「良子=魔女説」の妥当性を検証したい。
良子が魔女だったとされる読み方はインターネット上にも散見されるが、劇場アニメを制作した岸監督も次のように発言している。

――良子は(描く上でポイントとなった部分は)いかがでしょうか?
岸:彼女もバランスを取るのが難しかったですね。原作を読んでいると、本当に魔法使いなのではないかと思える瞬間があるのですが、映像にするとどこまでいってもばれてしまう。とはいえ、映像にも原作の風味は残しておきたい。その意味で巨大な神殿を作らせることにしました。どうやったらあれが作れるんだと思いますよね。もしかしたら良子は本当に魔法使いじゃないかって。その判断は皆さんにお任せしますが、そういう部分は残しておきたいと思いました。
「AURA KOGA MARYUIN'S LAST WAR THE MOVIE OFFICIAL GUIDE BOOK」(2013年4月)

劇場アニメ版の神殿は巨大すぎてファンタジー性が強すぎるように私(筆者)は感じたが、ともかく、良子が魔女だったとされる読み方は、無視できない程度にはなされている。
良子が魔女かと思ってしまうのはどのような理由のためか。
具体的に挙げて検証していく。

・声帯模写(全権保持者クレディター及びマルチパーパスデバイス)
良子の首元からかけられたメダル型ペンダントから聞こえる男の声や、担任どりせんの声は、後の一郎の語りで、声帯模写と腹話術といった彼女の特技によるものだったと説明されている。
一方で良子は、男の声は全権保持者クレディターの声であり、どりせんの声はマルチパーパスデバイスの変声機能を使ったと主張した。
少女が男の声マネをするというのは特技で説明できる範囲だろうか。謎の男の声は、一郎の語りでは「低く響く」「年配男性の声」であり、「やたら渋い声」であり「姿なきナイスミドルの声」であるとされている。このような声を良子が出せるのかは疑問である。
しかし、後に謎の男の声が聞こえるときには、一郎は「口がモゴモゴ動いてんぞ、良子」と突っ込みを入れている。これに良子は応じないが、作中では生身の良子の特技によるものと一応は説明されているといえる。

また以下の三点も、不可能とは言えない範囲で、良子の特技だと済まされたものである。
・ピッキング(マジカルキーピック)
 良子が屋上に忍び込んだ方法。(p133)
・ストーキング(転送)
 一郎がメールをした十秒後に良子が登場。(p281)
・盗聴
 一郎と旧友清水との電話の内容について良子が言及。(p333)

一方で、作中では十分に説明されなかったものもある。

・白いモヤ(情報体)
夜の学校で良子と一郎が出会う場面で、良子が対峙した敵、白いモヤについては謎のままである。以下、該当描写を引用する。

 気後れしてしまって踊り場に上がれない俺は、首だけをめぐらせて三階を、魔女の視線の先を追った。ぼんやりとした白っぽいものが不規則に揺れている。
「……なんだ?」
 モヤのようなものに見えるが、よくわからない。ただ獲物をさがすみたいに自らの意志で蠢いている。エクトプラズム? まさか。心臓がまたドキドキしてきた。
『AURA』p44

この白いモヤは良子が攻撃を放つまで(描写を追うと少なくとも1分間はあると思われるが)、「元気にジグザグと揺れていた」とある。
良子が妄想戦士にすぎなかったとすれば、このモヤも良子の準備したものと理解しなければならないが、その詳細は明かされないまま物語は幕を閉じる。

・神殿
周囲に知られないままに屋上に神殿を造ることも、それが可能であるのか疑問を感じる点である。
机と椅子とで組まれた神殿の規模の詳細は分からないが、本文中の描写を取りまとめると、以下のようになる。
迷宮には一郎が潜れるほどのトンネルがあり、椅子を噛み合わせた梯子があり、その上の神殿最上段の面積は机十六分、三×三の足場と、一直線の繋がれた七つの机。その先は屋上のフェンスの向こう側に、プールの飛び込み台のように飛び出ている。
このような神殿を造る才能が、良子の芸術家としての未来を示すことともなっているが、ここまでの神殿を、周囲の人間に知られずに建てることは本当に可能であるのかは分からない。

良子は本当に魔女ではないのか、と考えさせられる描写は随所に見られ、そのなかにははっきりと説明できない現象もある。
また、隙のない良子の演技に加えて、良子のプライベートが見えないということも、彼女のファンタジー性を助長している。
良子の過去や家族関係については、作中ではまったく触れられていないのだ。高校生である良子が箸を上手く使えないという描写は、良子の家庭環境の危うさを予感させるものであるかもしれないが、それすらも良子の演技なのかもしれないし、あるいは本当に良子が魔女だからなのかもしれない。

しかし、物語を素直に読むのであれば、良子は妄想戦士であるとすべきだろう。
なぜならば、良子の首元にかけていたペンダントは、日曜八時半から放送していた女の子向けとされる作中アニメ『ドレスあいどるユナ』に登場するBANDAI製作の玩具だったからであり、良子の言う一般人には見えない設定は設定でしかなく、間違いなく一般人に認識されていたからである。また良子の探していた〈竜端子〉も、もとは久米の作り出した都市伝説のアイテムであった。


それでいて先に挙げたように、良子=魔女説を信じさせるような描写も多々見られる。
ここで私(筆者)は、良子が本当に魔女かどうか最後まで読んでも分からないというのは、むしろ意図的に狙われたものではないかと、そのように疑いたくなってしまう。
良子が魔女ではなく妄想戦士であるということを前提として一郎との物語を進める一方で、良子=魔女説を完全には否定させないことで、出会いのファンタジー描写や物語進行における無茶な(リアリティのない)設定を読者に許容させるといった手法を、田中は好んで採ったのではないだろうか。
田中が成人向けゲーム「君と彼女と彼女の恋。」(ニトロプラス、2013年8月)へ寄せたプレイレビューコメントには次のような言葉がある。

問題意識というのは、流行ジャンルである学園ラブコメを素直に作れないという一種の精神的な病だ。なぜ主人公は努力もせずにモテモテなのか、なぜ主人公と親友とヒロイン五人という様式美が強固に成立しているのか、いろいろとあるがそういった約束事に何か仕込まないと気が済まないのである。
プレイレビュー[クリエイター編]ニトロプラス「君と彼女と彼女の恋。」公式HP

田中は「君と彼女と彼女の恋。」のライターを「問題意識」のライターであると言い、自分も似たような問題意識を持っているとコメントした。
例えばゲーム「最果てのイマ」では、主人公がヒロインはおろか全人類から好かれるということが設定に組み込まれ、彼が人類の脳を接続したネットワークを総べる王となり、上位存在の敵と闘うというSF展開まで用意されている。ライトノベル「人類は衰退しました」でも妖精さんという高度な技術を持つ知的生命体が、ドラえもんのようにあらゆる道具を生み出すことで、自由自在に物語を動かせるようにしている。
このような物語進行上の”不条理”を許容させるトリックが、『AURA』にも取り入れられているといえるかもしれない。

作家の意図したことかはともかく、良子が魔女か妄想戦士かはっきりとさせない描写のために、読者はその不可思議な描写を許容し、その一方で妄想戦士であるという意識の下で物語を読むことになる。
相反的な意識を持ったまま物語を享受するということを、『AURA』の読者は強要されるのである。

物語終盤、〈竜端子〉の都市伝説の生みの親である久米の言葉「この世界には"不思議なことがあってもいい"んだ」(p337)が、良子と出会った後の一郎の言葉「現実てのはもっと自由でいいだろってことだよ」や「……不思議なことがあるんなら、見てみたい」(p66)に対応していることは言うまでもない。
"不思議なことがあってもいい"というのであれば、良子=魔女としても良いということかもしれない。

■あとがき

読み返してみると恥ずかしさでいっぱいなのだが、感慨深くもある。工学部に入学してしまった私が紆余曲折を経て、文学講座を受講するに至るまでには、本当に色々とあったのだ(隙自語)。はじめての文学レポートでライトノベルを題材に書けることとなり、夏休みに大喜びで2万字超のレポートを書いたあの頃は、もう戻らない。
元のレポートは全5章構成なのだが、本記事では核となる第4章をお届けした。ほかの部分はあまりにアレな出来なのでお蔵入りです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?