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第1話:米国の非特恵原産地規則の法源

(2019年6月5日、第31話として公開。2021年12月15日、note に「米国の非特恵原産地規則」として再掲。また、2021年3月、JASTPRO 令和2年度 調査研究報告書『非特恵原産地規則 ~ 米国、EU及び我が国における主要製品分野に適用される非特恵原産地規則の概要と比較 ~』第2編第1章として公開。2021年12月24日、note に「米国の非特恵原産地規則の法源」として再掲。今般、両者を編集し、改訂「米国の非特恵原産地規則の法源」として掲載。)

 〈本稿で取り上げる非特恵原産地規則は、①MFN税率適用のための規則、②原産地表示要件の原産国を決定するための規則、③その他の通商分野において準用される規則を含みますが、貿易救済措置等に対して個別に制定されている原産地関連規則を含みません。〉

第1章  米国の非特恵原産地規則の法源

 米国においては、最恵国税率の適用、原産地表示上の原産国等を決定するための非特恵原産地規則は、米国税関・国境警備局(United States Customs and Border Protection:CBP。以下「米国税関」という。)によって所掌され、それぞれの法分野において適用する規則が個別に指定されています。それらの規則の多くは判例法で確立された概念規定に基づく規則を引用することで構成されますが、条文規定としてよく引用されるのは、原産地表示に関する連邦規則集第19巻第134.35条(製造によって実質的に変更された製品)です。

 例外的に繊維・繊維製品には制定法が適用され、イスラエルに対しては特例法的な性格を持つ規則が別途、適用されます。一方、品目限定ではなく、国限定で適用される規則としてNAFTAマーキング・ルール (注1) のための原産地規則が存在しますが、これは対メキシコ、カナダとの貿易に限られます。興味深いことに、繊維・繊維製品についてはNAFTAマーキング・ルールの品目別規則が存在せず、制定法である繊維規則が適用されます。

(注1) NAFTA(北米自由貿易協定)は、USMCA協定として2020年7月1日に「USMCA協定(米国・メキシコ・カナダ協定)」が発効したことで失効しましたが、NAFTAマーキング・ルールは米国、メキシコ及びカナダ間の貿易に係る原産国表示を規定する法律として維持されています。

 また、米国税関は、1974年通商法第201条、第301条、1962年通商拡大法232条の適用に係る原産国判断についても判例法に基づく実質的変更ルールを適用しています。したがって、我が国企業にも大きな影響を与えている対中国追加関税措置の適用も、メキシコ、カナダを可耕地として米国に輸入される場合にはUSMCA協定の原産地規則で特恵原産資格を判断することになりますが、当該産品が中国製であるか否かの判断は実質的変更ルールによって行われます。

 さらに類似事例として挙げておきますと、日米貿易協定で米国に輸出する場合に品目別規則が、例えば「項変更。ただし、○○項の物品からの変更を除く。」となっていれば、当該○○項の物品は原産品でなければなりませんが、その際の原産性決定は日米貿易協定の品目別規則ではなく、非特恵原産地規則である実質的変更ルールによって決定されます (注2)。

(注2)  詳細は、今川博『日米貿易協定 – 原産地規則の概要と実務』(日本関税協会、2020年) 73-82ページを参照してください。

 米国の非特恵原産規則を対象分野・適用国別に整理すると、以下の総括表のとおりです (注3)。

(注3)  What Every Member of the Trade Community Should Know About: U.S. Rules of Origin - Preferential and Non-Preferential Rules of Origin, An Informed Compliance Publication, May 2004, pp. 8-11,〔https://www.cbp.gov/sites/default/files/assets/documents/2020-Feb/ICP-US-Rules-of-Origin-2014-Final.pdf〕, (最終検索日:2021年3月22日)

【総括表】米国の非特恵原産地規則

一般15話 図表1

(1) 法目的別の制定法及び判例法

米国の「実質的変更」定義の由来

(出典)N. David Palmeter, “Rules of Origin in The United States”, Chapter 2 in Edwin Vermulst, Paul Waer, Jacques Bourgeois (eds.), Rules of Origin in International Study – A Comparative Study, Michigan, 1994, pp.27-37.

 米国は、一ヵ国で生産が完結している「完全生産品」に加えて、非原産材料を使用した製品の原産国決定について、「実質的変更」を概念的に定義しています。米国の定義は確立した時期が早かったこともあり、他の国における「実質的変更」定義の策定の際の一つのモデルを提供したといえます。米国の1930年関税法第304条のマーキング規定は、「すべての外国製品又はその容器は、米国の最終的な購買者(ultimate purchaser)に対して原産国を知らしめるように表示」されるべきことを求めました。このマーキング要件の適合性を争った裁判において興味深い解釈がなされています。判決によりますと、「日本製の刻印があるブラシの柄に米国製の荒毛を取り付けた場合に、ブラシの柄の最終的な購買者はブラシ製造者であり、ブラシの購入者である消費者ではない」として、ブラシとして日本製の表示は必要ないとの趣旨であったようです(1940年連邦控訴審判決(United States v. Gibson-Thomsen Co))。この判決の中で、本条は、新たな名称、特徴及び用途を持つ新たな物品の米国での製造に使用された輸入材料には適用されないとの判断が示されました (27 C.C.P.A. at 273)。これは輸入品のドローバック(再輸出戻し税)に係る1907年の米国最高裁判決(Anheuser-Busch Brewing Assn. v. United States, 207 U.S. 556 (1907))を別の言葉で言い換えたものでした。米国の原産地法に初めて「実質的変更」基準を持ち込んだものとして知られるアンハイザー・ブッシュ判決では、以下のように判示されています。

『製造は変化(change)を想起させるが、全ての変化が製造であるわけではない。そして、物品のすべての変化は、処理、労働及び操作の結果である。しかし、Hartranft v. Wiegmann, 121 U.S. 609で示されたように、更に何かが必要である。変更(transformation)がなければならない。すなわち、新たな、かつ、異なる物品は、他との区別を示す名称、特徴又は用途を持って現れなければならない(a new and different article must emerge, ‘having a distinctive name, character or use’)。』

 アンハイザー・ブッシュ判決の要旨は、原材料の輸入者が米国内で「新たな物品の製造」のために当該材料が使われた場合に物品の再輸出時に当該材料に課せられた関税の払い戻しを受けることができる制度の下で、輸入コルクをビール瓶のコルク栓に加工して再輸出した際にドローバックが適用できるかについて、本件は新たな物品の製造に当たらないとしたものでした。アンハイザー・ブッシュ判決に引用されている1886年の最高裁判決(Hartranft v. Wiegmann)は関税分類に係るもので、輸入された貝殻が洗浄され研磨されたものであるかを争点とし、その結果によって適用される関税率が35%か無税かというものでした。〔この判決文において、次の文が使われています。 “They were still shells. They had not been manufactured into a new and different article, having a distinctive name, character or use from that of a shell.”〕

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我が国との二国間貿易のみならず、第三国間のFTAの活用を視野に入れた日・米・欧・アジア太平洋地域の原産地規則について、EPA、FTA、GS…

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