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第2話:TPP11における税率差ルール(前・後編)

(前編は、2018年6月8日、第20話として公開。2021年12月14日、note に再掲。後編は、2018年7月6日、第21話として公開。2021年12月14日、note に再掲)

序章

 税率差ルールの策定に至る考え方及びその背景を理解するために必読と思われるものは、『貿易と関税』の2017年10月号で財務省関税局の岸本浩審議官が書かれた『TPP協定における国別譲許の場合の適用税率決定ルールについての覚書 ‐ 「最終加工国ルール」、「主要加工国ルール」及び「国原産ルール」』(以下、「岸本論文」とします。)です。一方、この岸本論文はかなり難解な内容となっており、「税率差ルール」の逐条解釈を目的としたものではないので、先ず「税率差ルール」の解釈について簡単に解説し、個人としての考え方を述べてみます。

1. 多国間EPAであるTPPで適用税率が単一でないならば

 まず、既存協定との比較において、何故税率差ルールが必要になるのかについて述べてみます。日アセアンCEP協定は、「アセアン+1」の11ヶ国で締結され、適用される税率はどの締約国からの原産品に対しても共通の、一本化された税率(共通譲許)になっているのに対し、TPPでは、ごく少数の品目に関して、譲許税率(TPP税率)が相手国によって異なる場合があります。岸本論文によると、TPP12ヶ国のうち、我が国、メキシコ、チリ、カナダ及び米国の5ヶ国で国別譲許があり、我が国については、約9,000品目のうち60品目について国別譲許になっているとの説明があります。

 さらに考慮しなければいけないこととして、日アセアンCEP協定は、域内で輸出入される産品の原産性判断を締約国毎に行なう(原産資格は、例えばタイ原産品、マレーシア原産品であり、日アセアン原産品ではありません。)のに対し、TPPでは域内原産(生産国の如何にかかわらずTPP原産品)の考え方を採用しています。通常の原産地規則実務においては、FTA税率は原産品の輸出国(≒最終生産国)に譲許した税率を適用することで問題ありませんが、地域原産の概念を採用するTPPにおいて税率差が発生する場合においては、輸出国の税率適用に固執すると、一旦他の締約国で原産品となった産品を、譲許税率の低い国に意図的に移送し、その国を最終輸出国とすることで、我が国に合法的な「迂回」輸出ができてしまうことになります。そこで、公平性の観点から、TPP税率が最終輸出国に拘泥せずに、「本来適用すべきであった税率」を適用できるようなルールの策定を試みたように思えます。

 税率差が発生してしまうのは、市場アクセスの交渉者にとっても決して本意ではなかったと推察いたしますが、交渉相手国にとっての最重点品目が、我が国の国内産業の中でも機微な品目である場合には、交渉妥結のためには仕方のない譲歩であったのでしょう。しかしながら、将来的に遅れて加盟してくる国が出現した場合、それらの国に適用される税率が、税率ステージングの1年目からの適用になると、先行締約国への税率(例えば、3年目の税率)との間にギャップが生じます。したがって、共通譲許を採用し、かつ、遅れて参加した国に先行国と同じ(例えば、3年目であれば、初年度、次年度のステージングを飛ばして一挙に3年目の)税率を初年度から適用しなければ、税率差ルールは必ず必要になる性格のものであるとも言えましょう。これは、タイ、韓国がTPP11加盟に意欲を示していること、更には、米国が将来的にTPPに戻ってきた時のことを想定すれば、実務家にとっては大きな関心事であるはずです。

2. 税率差ルールが適用される品目は

 TPP協定附属書2-D(日本国の関税率表)の付録C(関税率の差異)には、一連の税率差ルールが規定され、さらに表C-1として26品目がリストアップされています。一見、日本国の税率差ルールはこれら26品目にしか適用されないように読めてしまします。しかしながら、岸本論文では、我が国では約9,000品目のうち60品目について税率差が生じる旨が述べられており、残された34品目の所在及びそれらの品目に適用される税率差ルールを明らかにしなければなりません。そこで、我が国の譲許表(附属書2-D)に当たってみることにします。

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