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第1話:RCEP税率差ルールの考察 (前・後編)

(前編は、2021年11月30日、月刊 JASTPRO11月号で公開。2021年12月15日、noteに再掲。後編は、2021年12月24日、月刊 JASTPRO12月号で公開。同日、note に再掲。)

はじめに

 RCEPは、アセアン10構成国のうち6構成国、及び非アセアン5構成国のうちの3構成国が批准書、受諾書又は承認書を寄託者(アセアン事務局長)に寄託した日の後60日で、寄託をした署名国について発効します。

 11月2日、豪州及びNZが批准書を寄託したことにより、同日までに、アセアン構成国ではブルネイ、カンボジア、ラオス、シンガポール、タイ、ベトナムの6ヵ国、非アセアン構成国では我が国、中国、豪州、NZの4ヵ国が手続きを終えたことから、2022年1月1日に日本を含む10ヵ国でRCEP協定が発効します(2021年11月3日付け、外務省報道発表)。なお、11月2日までに手続きを終えなかった署名国(韓国、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ミヤンマーの5ヵ国)については、それぞれの国が寄託者に寄託した日の後60日で、当該署名国について発効します。

 本稿は、RCEP物品貿易及び原産地規則に関連する諸要件のうち最も複雑な構造を持つ「税率差ルール」について考察しますが、前後編に分けて、前編では、RCEP締約国の「関税に係る約束の表」(以下「譲許表」という。)を考察し、税率差が生じる場合の関税率がどのように譲許表に記載されているのかをグループ分けして解説します。後編では、複数存在する関税率のうち、どの関税率を適用するのかを規定する(i) 協定第2.6条(関税率の差異)と(ii) 譲許表に添付された「第2.6条3の規定に関する付録」を逐条的に説明します。

 なお、本稿の内容については、筆者の個人的な意見に留まることを念のため申し添えます。後編については、12月初旬に財務省、経済産業省主催の説明会が開催されることから、その内容を反映させる所存です。

なぜ広域EPAで税率差が生じるのか

 FTA・EPAを使う事業者の立場から見た使い勝手のよい広域協定とは、域内のどの締約国から輸入されたとしても、原産品である限り当該産品に適用される特恵関税率が同じである協定であると言えます。多数の締約国を擁するFTA・EPAにおいてなぜ国によって享受できる関税率に差異が生じるかというと、各締約国は、産業政策上、脆弱な国内産業を保護する観点から競争力の強い締約国からの原産品が特恵無税で国内市場に流入することを回避しようと考えるため、当該締約国からの原産品に対して関税に係る約束(以下「譲許」という。)を全く行わないか、譲許したとしてもその他の締約国の譲許税率よりも譲許の程度を低く(譲許税率としては高く)抑えようとします。したがって、どのような場合に関税率の差異が生じるかというのは、締約国により、相手国により、品目により、最終的な関税率への段階的な引き下げの期間(以下「ステージング」という。)により異なってきます。

 一部の競争力の強い締約国の存在を慮って一律に全締約国に対して関税譲許を行わず、MFN税率を適用する方がよいのか、一部の締約国のみ特定産品の関税譲許行わない代わりに税率差が生じるシステムにしてしまう方がよいのか、立場によって意見は様々であると思います。しかしながら、いったん制度として確立される以上、どれほど複雑であってもそれを上手く活用すべきであることに異論はないと思います。

1. RCEP締約国の譲許表の記載方法と税率差の発生

RCEP締約国の税率差発生状況

  まず、RCEP締約国の税率差発生状況を検証してみます。15ヵ国のうち、非アセアンの豪州とNZ、アセアン構成国のうちシンガポール、ブルネイ、カンボジア、ラオス、ミヤンマーの合計7ヵ国については、全締約国に共通の関税に係る約束(以下「共通譲許」という。)を行っています。マレーシアは、インドに対してのみ異なる税率を譲許したので、インドがRCEPから離脱したため共通譲許と同じ状況にあり、税率差が発生するのは上記共通譲許を行った7ヵ国及びマレーシアの8ヵ国を除く、他の7ヵ国となります。

《図表1:RCEP締約国において税率差が発生する状況一覧表》

税率差 図表1-2
 (出典:外務省ウェブサイト掲載の各国譲許表を基に筆者が作成)

 これを一覧表にすると、図表1(RCEP締約国において税率差が発生する状況一覧表)のとおりです。共通譲許を行わない(税率差が生じる)7ヵ国(日本、中国、韓国、タイ、フィリピン、インドネシア、ベトナム)の譲許表を見てみると、共通点として (i) アセアン構成国を1グループとして取り扱っていること、(ii) 日本、中国、韓国を単独で取り扱っていることが挙げられます。

 一方、(iii) 豪州、NZについては、(iii-1) それぞれ独立して取り扱う締約国(中国、韓国、インドネシア、ベトナム)、(iii-2) 豪州とNZを1グループとして取り扱う締約国(フィリピン)、(iii-3) アセアンと同じグループとして取り扱う締約国(日本)に分かれます。

 また、独特な方式を採用するタイとフィリピンですが、全締約国を対象として一本化された譲許表が初めに置かれ、税率差が生じる品目が非譲許であるため非譲許の表示のみを行う方式(タイ)と、当該譲許表の例外として税率差が生じる品目のみを対象とした短い譲許表を個別に設置するフィリピンの例があります。

  図表1と上記のグループ分けの (iii) の部分を合わせると、以下の図表2(個別譲許を行う締約国のグループ)のとおりです。

《図表2:個別譲許を行う締約国のグループ》


図表2-1
     (出典:外務省ウェブサイト掲載の各国譲許表を基に筆者が作成)

 このように、譲許表にどのように記載されるかについての統一基準がないため、同一品目に対する税率差が明確になっている表と、一見したところでは税率差の有無が分からないものがあります。各国とも、独自性にこだわる理由があったのかもしれませんが、こうした点にも使い勝手の悪さが出てしまっています。

税率差の存在が明確になっている譲許表(日本国)

 前者の例としては、我が国の譲許表が挙げられます。我が国の譲許で税率差が生じる対象となるのは、①アセアン・豪州・NZ、②中国、③韓国の三つのグループです。一本の譲許表に産品の統計番号・品名が同じである列を複数併置し、列の右端の備考欄に当該税率が適用される締約国名が記載されています。具体的な例を図示してみましょう。まず、別々の譲許ステージングが示される例として、統計品目番号第6116.10-163号 (編み上げた綿製のミトン・メットでゴムを染み込ませ、塗布し又は被覆したもの) を取り上げます(図表3:中国、韓国、その他で税率差が発生する産品の譲許表の例)。

 この品目に対しては、①アセアン・豪州・NZに即時関税撤廃が適用されるのに対し、②中国には11年目に関税撤廃、③韓国には16年目に関税撤廃が実施されることになり、16年目にすべての締約国に対する関税率が無税になるまでの間、各グループに適用されるRCEP税率に差異が生じます。

 我が国において適用されるRCEP税率のグループは三つあるとしても、譲許表に併置される列が常に三つあるわけではないことに留意してください。譲許税率が同じ場合には備考欄で当該税率が適用される国名がグループにかかわらず記載されるので、アセアン構成国、豪州、NZの原産品を対象とする列と、中国、韓国の原産品を対象とする列の2列となる場合もあります。

 また、RCEP税率の譲許を全く行なわない(以下「非譲許」という。)場合であっても、我が国の米(第10.06項)のように全締約国に対して非譲許であれば分かりやすいのですが、特定締約国に対してのみ非譲許とする場合にも税率差が生じます。これら(2列のみ、特定国を非譲許)の例として、中国及び韓国の産品に対して非譲許とする第1604.19-090号の魚調製品(タラ・マス等)を取り上げます(図表4:中国/韓国 (非譲許)、その他で税率差が発生する産品の譲許表の例)。

 最後に、我が国の税率差事例の中でも変則事例を紹介します。この事例では、特定締約国(中国、韓国)に譲許せず、かつ、アセアン及び豪州・NZに適用される譲許税率が基準税率(21.3%)から引き下がらず、そのまま維持されます(第1905.90-329号のベーカリー製品(お好み焼き等))(図表5:中国/韓国 (非譲許)、その他で税率差が発生する産品の譲許表の例)。 

 この変則事例の謎を解くためには、譲許税率と非譲許税率の違いを理解しなければなりません。すなわち、譲許税率は将来的なRCEP税率の見直しによって引き下げられることがあり得るのに対し、非譲許税率はMFN税率そのものなのでRCEP協定の枠組みでは変更されず、我が国がMFN税率を自主的に引き下げた場合にのみ変更されます。

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