手と手を取り合わないと渡れない川、手取川・吉田蔵
IMADEYA安藤の蔵訪問記
今最も注目の集まる蔵である、吉田酒造店。1870年に創業した吉田酒造店の代表銘柄は「手取川」。手取川で名を馳せ、今は7代目の吉田泰之さんに代替わりし限定流通「吉田蔵u」を手掛けている。
可能な限り高値で酒米を購入し地元農家へ還元、環境に配慮し自然と共存するため電力の全量を再生可能エネルギーに切り替え、さらに太陽光発電も取り入れる持続可能な酒造りを目指している。
蔵の姿勢が見て取れるのが、白山手取川ジオパークの自然保護のため、酒の売り上げの一部を寄付する活動を広め、地域の自然を酒造りでつなぐ役割も果たしている。
山田錦でも雄町でもない石川門のビターなフィニッシュ&百万石乃白の凛とした美しい味わいを引き出し、最先端の酒質に落とし込んでいる、まさにこの地のテロワールを反映した地酒と言える。
手取川とは「暴れ川」
手取川は霊峰白山を源に日本海へ注ぐ長さ72kmの石川県最大の河川。
手と手を取り合わないと渡れないほど流れが強い川。現在は白山ダムが出来て氾濫は無くなったが、過去、川が何度も氾濫し白山から石や砂利が多く流れ出た。
白山から100年かけて流れ出るその土壌を経由したミネラル豊富な水は、硬度110前後のミネラリーな中硬水となる。それが吉田酒造店のベースとなるテロワールの一つ。
水が豊富なエリアなので、キリンビールの工場が以前川沿いにあったが、15年前に撤退。豊富な水だったが余りにもミネラルが強すぎた為、ミネラルを処理して当時は使っていたそう。
2つの銘柄の違い
手取川
兵庫県の山田錦で昔ながらの味を守っていくというコンセプト。
味わいはブラッシュアップしながらも守っている。
吉田蔵u
2021年に発表された新ブランド。「u」には、自然・人・料理に優しいお酒でありたい「優」、あなたに届けたい「you」の意味が込められている。石川県の米でどうしても酒造りがしたいう強い想いから、地産の酒米を使った酒造りにこだわる。
吉田蔵uの独自性
「石川県で酒造りをしているのに兵庫県の酒米を使う理由は何故?」と問われて『地酒ってなんだろう』と吉田社長は考えた。
その時は使用している酒米の半分以上が県外の米で、地元の農業の衰退が止まらなかった。使わなくなった田んぼが工場になるよりも、田んぼを守っていく方向へシフトした。結果、現在約40軒の契約農家と交流し、10年間で使用米の8割を蔵周りの米でまかなえるようになった。
蔵人は春から夏にかけて農家のもとで米作りを教わり、稲刈りには蔵人全員で参加、他県遠方の農家へも年に一度は足を運ぶなど、農家との繋がりを今はとても大切にしている。
国税局の先生が以前蔵に指導に来た時のアドバイス「硬度の高い水だとギスギスした味になるから水を変えなさい」「米を溶かす為に酵素剤を使いなさい」という意味がわからなかった。
だから吉田蔵は水を調整しない、添加物を使わない酒造りへ舵を切った。また酵母は協会酵母のベースになった金沢酵母を自社培養で増やして使用している。
再生可能エネルギー
年々地球温暖化が進んで行く中、もはや自然の気温だけでは酒造りを行うのが難しくなってきた今、吉田蔵はある決意をする。
2021年に北陸で初めて「みんな電力」と契約を結ぶ。蔵で使用する電力が環境負荷の少ない再生可能エネルギーに全面的に切り替わった。電力の見える化をして蔵人とも共有し、毎年3%減少を目指している。
吉田社長は言う「環境に優しい酒造りをしたい。昔、子供の頃の冬は雪がたくさん積もっていたのに、大人になるに連れ年々雪の量は減ってきています。突発的なゲリラ豪雨も増えてきているし。昔は人間が自然に合わせていたんですよね、米作りから酒造りまで。
日本酒という産業が自然に合わせていたのに、テクノロジーが進化して最高の日本酒が飲める時代になったけど、季節感がなくなってきてますよね。寒くなったら酒造りを始めて、暖かくなるころには止め、生酒を出荷するのは冬場だけ。火入れしたお酒は常温で貯蔵して、秋が深まって寒くなると一回火入れのひやおろしとして出荷。自然と共存できなくなってきている時代になったから、自然を取り戻そうと思って。
僕らの時代は変わっていかないといけないですよ、以前ディカプリオのドキュメンタリーの映画で雪を見るのが大冒険になる時代がくる、と話していたのが印象に残っていて…まずは省エネと再生可能エネルギーの利用を少しずつはじめてみようと決めました」
電力にプラスして、2024年は垂直型で雪にも耐えられる太陽光発電を蔵横の田んぼに設置することを決めた。日の出と日の入りで発電して、20%程はそこから使えるようになる予定。
ただ電気料金は今までよりも割高になり、自然由来のエネルギーであるため価格も安定しないリスクもある。
この部分の理解は吉田蔵の説明をする際に必ず伝えたい部分である。
吉田社長が今挑戦しているのは、常温流通できる一回火入れ酒。一回火入れの瓶詰めしたお酒を常温で保管・流通させた場合、瓶詰めした時点からの味の変質が著しいので、冷蔵保管と冷蔵流通が普及してきた。変質の大きな原因はお酒の中で起きる酸化。
これを防ぐために吉田蔵はガス感を残したフレッシュな酒質を狙って設計している。
5℃以下の管理だと莫大な量の電力を使用するが、ワインの貯蔵温度と同じ10~15℃管理で品質への変化がないような酒質になれば使用電力が減るのでそれを目指している。
レジェンド山本杜氏の言葉・和醸良酒
手取川にはレジェンドと呼ばれる杜氏がいた(現・顧問)
当時、現・泰之社長は山本杜氏に付きっきりで酒造りを学んだが一番印象に残っている言葉がある。
「技もいいけどよぉ、和の方が大事だろ」
造りの時期は毎晩宴会があった、朝辛かったけど、仲良くするのが一番だと和醸良酒を重んじる杜氏から酒造り以上のことを教わった。杜氏は和さえしっかりしていれば自然にいい酒ができると常に話していた。
泰之社長が蔵に戻った頃は14人体制で造りを回しており、月2回しか休みがなかったが、今は週休2日。蔵人が続けられる環境に変化している。
吉田蔵uの酒米
■石川門
石川門という酒米は2008年にデビューしたが、繊細な米なので割れやすく、心拍が大きいので水分の吸わせ方にバラツキがあり難しい米として今は使われなくなり、数蔵を残すのみとなっている。しかし、丁寧に扱うと、みずみずしい優しい甘味が表現できるポテンシャルがある。
吉田社長はこの石川門を「完璧に使いこなせる蔵になろう、そうしないと次のステージにいけない」と研究を重ねた。今は石川門のおかげでどんな酒米でも造れるように技術がついた。
結果石川門の生産量のほとんどは吉田蔵が使用している。酒米を兵庫の山田錦から石川門に移行したので、一緒に育ってきた愛着のある米。
■百万石乃白
吉田蔵のもう一つの主要酒米である百万石乃白は2020年にデビューした酒米。心拍小さく、身がギュッと詰まってる、硬く割れにくい為30%まで磨いても割れない。山田錦の系統を80%、五百万石の系統を20%引き継いでいる唯一無二の味。現代版の亀の尾という言葉が腑に落ちた。
2000年初めは心拍の大きい酒米が多かった、その時代は酒蔵は心白を求めていたこと、農家もそれに応えた。時代は代わり、現在は精米できる方が良いことから百万石乃白のような酒米が開発された。
■巾着
能登の米農家・森賢太さんが50粒から復活させた石川県の在来米である巾着。古く江戸時代の文献で確認でき、加賀藩の年貢米として石川県を中心に広く栽培されていた。コシヒカリの5代前の品種にあたり、記録が残る中では現代のコシヒカリにつながる最古の先祖。粒は大きくあっさりとした味が特徴。まだまだ未知数の米だが、大きな可能性を感じているそう。
吉田社長からの説明では、まだこの米の個性を出しきれてないとのこと。江戸時代中期の米で掴み所がない大先輩を相手にしている感じで「お前に使えると思うなよ」と言われている印象だそう。
発酵が止まらない、甘味がでない、そして野生的。鳥が食べないためにヒゲもあり「お米なの?」という印象のお米。今後の表現が楽しみな酒米。
食文化と山廃
吉田蔵は無農薬、無科学に近づきたい。山廃は人間の菌も必要と吉田社長。
能登杜氏集団から受け継がれてきた山廃という技法。山廃が生まれた理由は食文化である。それは当時新鮮な食べ物が手に入らなかった為、その食材(保存食)に合わせるように日本酒側が発展していった経緯がある。
加賀は京都の文化も入っていたので料理も綺麗だった、それが繊細な山廃に繋がった。
伝統的な料理にはクラシックスタイルの手取川を合わせ、新鮮な魚貝類が流通できるようになった現在は伝統的な山廃をモダンにブラッシュアップして合わせる。
昔の時代の酒母室は部屋の掃除を絶対にするな、とワイルドだった。当時は部屋の四方にカビが生えていたりしたが、今は清掃もちゃんと行なって必要な菌を呼び込むような環境にしている。
山廃仕込では水がとても大事で、「綺麗な山廃は汚い水で仕込め」という言葉があるように、硝酸還元菌を増やす為、水をタンクに張って10日間ほど置いてから使用する。
また大きな変更点として、以前まで貯蔵庫だった場所を改装。タンク貯蔵だと酸化しやすく瓶貯蔵が増えてきた関係で、貯蔵庫だった場所を発酵蔵として活用。密閉だと空気が悪いから窓を増やした。
吉田蔵TASTING
■石川門
香りは4mmp的なマスカット、バナナ。
アタックは凛として爽やか、酸が効いて、軽やかに切れていくが、後口は旨みと苦味の入り交じる余韻の存在感。搾りたては硬いので、絞ってから生で置いて味わいが出てから火入れする。この立体的な苦味は山菜など春の苦味と合わせたり根菜類に。
■百万石乃白
香り透明感あり綺麗、山の上の空気のような澄んだ軽い印象。
味わいの線が細くピュア&シャープ。雑味なく綺麗、余韻のミネラル感が細く伸びる。これは完全に鮨。魚、日本料理を活かす繊細さ。
■Night&Dance
百万石乃白、精米40%。
香りは爽やかなガス感の中にほのかにミルキーなタッチ。味わいはガス感あり、甘酸が爽やか、後口は綺麗な酸味と甘味、ミネラル感の余韻、エアリーなフィニッシュ。
シーンを選ばないライトな味わい。
■Pray&Snow
百万石乃白、精米30%。
香り透明感あり、和梨的な品のある印象。
アタックは雑味なく綺麗、美しささえ感じる。質感は滑らかでつるりとした中に酸の輪郭があり、後口の酸に繋がる。高精米由来の綺麗さ。
冬の山、の凛とした空気感を意識。
■貴醸酒
百万石乃白40%入れた貴醸酒。
香りはバナナなど酢酸イソアミル主軸。味わいは爽やかな甘味と酸、酸の輪郭があって、後口はフレッシュな酸とミネラル感で引き締まる。前半甘味あるが、後半は爽やかに終わる。
■re発酵forユナイテッドアローズ
百万石乃白を使用した山廃仕込み低アルコールの再発酵。
香りはバナナ、マスカットなど爽やか。キャッチーな爽やかさがある。
特徴的な酸と旨みがあり余韻の長い発泡。
■手取川 山廃純米
香りはバナナ、綺麗で柔らかい。2回火入れとは思えない。
アタックは滑らかな旨みに中間から余韻にかけて仕込み水由来のミネラル感、苦味がビターに広がる。昔ながらの石川の料理合うように設計している。
オリジナリティとは起源の深掘りである
吉田蔵uの構成要素とは
・地元石川県の酒米
・手取川の影響を受けた中硬水
・受け継いできた金沢酵母
・能登杜氏の技術である山廃の技術
地域の自然をそのまま表現する「真の地酒」を目指す吉田蔵。
吉田蔵uが目指す地酒とは、石川県で育った米を、霊峰白山から生まれる地下水に転写し、能登杜氏集団に蓄積された山廃仕込みの技術で、蔵で代々受け継いできた金沢酵母を用い発酵、地域の自然を表現し環境に優しいエネルギーで造られた日本酒。
未来の為に、環境の為に、地域の為に酒造りに向き合っている吉田社長は今後の日本酒シーンに無くてはならない存在だと確信した。
IMADEYA 安藤大輔
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