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私が蝶を描くようになったわけ

やっと話せるくらいに娘が元気になり、ふっと降りてきたので、なぜ私が蝶を描くようになったのか、お話させて頂きます

小学校低学年の娘、今年の新学期が始まった頃から学校へ行くと胸が苦しくなる、と訴えるようになりました

最初は少し休ませれば治る、ぐらいに思っていたけど、1週間経っても2週間経っても改善しません

病院でひと通り検査しても異常なし、どうすればいいのか暗中模索の中、娘はどんどん元気がなくなり、私はただひたすら娘を買物に連れて行ったり、絵の具や裁縫など、興味のあること、好きなことをさせて過ごさせました

だんだんいろんな症状が出てきました

親の私でも見ていて恐怖心のような感情も湧いてきました

意を決して心療内科、漢方薬屋さん、あらゆる相談窓口にも行きましたがうまく作用せず、少しずつ、悪化していきました

それでもこの時はまだよかったんです

ゆっくりと体が元気になるのを焦らずに待てば、きっと体の回復と共に戻っていったと思います

ある日、なんとか早く元気になって欲しい、そんな気持ちからした(させた)ことが裏目に出て、引き金になり、翌日ほぼ寝たきり状態になってしまいました

体に負担をかけすぎたんですね。

体が動かない状態で痛い、苦しい、どうにもならず、目からツーっと涙を流しながら娘は

「戦争や災害や病気で苦しい人たちがみんな楽になりますように」

と何故か祈りの言葉を呟いたのを今でも忘れません

「助けてー」

と自分のために祈るのではなく

あれは何だったのだろう

極限状態になると人ってあんな風になるのかもしれない


今思えば、心が悲鳴をあげているとき、やるべきことはただひとつ

特別なことをすることでも

特別な治療をすることでも

特別な場所へ行くことでもない

ただただ休むこと

リラックスすること

私のちょっとした焦りが大ピンチを招きました


娘のメンタルも同時に急降下しました

うまれた時から重度のアレルギー体質の娘

今でも沢山我慢していると本人は思っています

母である私との愛着問題、同居している私と義母との不穏な空気、ジレンマ

生まれ持った繊細な感覚、感性

それらの、なんとなくごまかしていたつもりの問題が一気に噴出しました

今でも詳しく書くのはまだできないほど😂😂

荒れ狂い

全く別人のようになりました

夫も私も人生終わったと思いましたww

昔、アルジャーノンに花束をっていう小説が流行りました

私も高校生の時に友達から借りて読んだんですが、ほんとにね、あれを思い出しました

あんななまっちょろいもんじゃなかったですが😆

不安、疲労、食欲不振

夫も私も1ヶ月ほどで体重が10キロ減りました😱😱😱

ちょっと話がとびますが、娘は長い時間がかかりましたが、段々回復していき、体が動くようになるのに比例して持ち前の好奇心、アクティブさも取り戻しました

今ではいろんな場所に出かけ、様々なことに興味を持ち、沢山体を動かします

良くも悪くもなく

娘はこの事をきっかけに自己を深堀りし、変化した部分があるので

元通りではありません

本来持っているバイタリティー、好奇心など、前向きなエネルギーはだいぶ戻ってきました

外に出ることすらできなかったあの時のことを考えると、ほんとに奇跡だと思います😌

「普通」ってなんだろう

「当たり前」ってなんだろう

「幸せ」ってなんだろう

そればかり考えていました

家庭に笑顔があること

出かけられること

おひさまの光を浴びられること

そういう一見当たり前のことがどんなに素敵なことか

そんな風に娘が回復するまで、私達夫婦がひたすらしてきたこと

それは、表面的には一緒に遊び、絵を描き、トランプをしたり隠れんぼをしたり娘にひたすら寄り添う事、あとはとにかく自然に沢山触れること!

自然は人間の元気を回復させる1番の特効薬だと思う✨

ここ1、2ヶ月で5年分の旅行したかも😆

でも実は1番重要だったのはすべてのことに

「向き合う」

ということでした

娘との事もそうですが、最終的には自分と向き合うこと

それが必要でした

私はなぜそうしてきたのか

私はなぜそうするのか

私はなぜそれが嫌なのか

私は結局どうなりたいのか

何処を目指しているのか

何を目差しているのか

どんな感情を味わいたいのか

そのために最優先すべき事は何で

不要な執着はなんなのか

沢山沢山自分に問いました


表面的なテクニックだけで解決できることなんて何一つなく、うまくすり抜けたつもりでもまた形を変えてやってくる

それも経験かもしれないけど、もう充分味わったし、仕組みを知った以上は繰り返すこともないかな、と

そうやって日々過ごすうちに私と娘の関係も随分変化し、改善と共に娘の状態も劇的に良くなっていきました

私はいい母親じゃないかもしれないけど、人の何倍も頑張っている母親だと思ってた

アレルギーの娘のために市販の食べ物に頼らず1日3食、おやつまで手作りし、敢えてお弁当の幼稚園を選び、学校も給食は食べられないから毎日お弁当

アトピーの治療のためにありとあらゆる病院、民間療法、情報収集、スキンケア

私にできる事は全てやって来ました

その中には失敗も沢山ありました(というか、食事療法以外で効いたものがないくらい😂😂😂)

毎日疲れて機嫌が悪くても仕方ない

これ以上は無理

娘と会話するのもしんどい

一緒に遊ぶ暇があったら休みたい

私は頑張ってる

そう思ってました


気がつけば母子のコミュニケーションが全くとれてない

娘はとても辛い、寂しい状態になっていました


私の子供時代と全く同じ


自分の心をよくよく見つめ直した結果

私が本当に望んでいることは娘が笑って元気に過ごせること

娘が心から愛おしいという思い

義務だけでキャパ以上の作業を繰り返していた働き者のロボットから

少しずつ血の通った母親に進歩していきました

もちろんまだまだ改善の余地はありますが

まだまだ常識、不安に縛られて

おおらかにできない時もありますが


気づく前と後では別の次元にいるようです

自分を見つめる、というような内側に意識を向ける作業に全く興味の無い夫も自分と向き合わざるを得なかったようです

夫婦でも沢山話をしました

娘が笑っていて元気なこと

それが一番

問題は

焦らず解決策していけばいいし

ある意味委ねることも必要なこと

できることはなんでもやろう

毎日いろんな話をしました


問題あるかないかといえばまだあるんだと思いますが

1日平和に過ごせていれば

あまり問題とは感じない

全ては捉え方次第


そんなメンタルになりました😆


時代も社会も毎日いろんな事が目まぐるしく変わっているし

放っておいても歳はとるし

いつかは死がやってくる

それは明日かもしれないし


刹那的な意味ではなく

感覚として


やはり「今」何を見て何処に向かっていくのか

そこに全神経を集中していこう


これが今回の体験から得た気づきです


子供の事は自分の事より何倍もキツいですが、その分気づきも大きいです🌿


なぜ蝶の絵を描くようになったのか

から

すっかり脱線してしまいましたが😂

娘が一晩にして大きく変わる前日にとある場所で巨大な蝶のレプリカみたいなのが飾られていました

ちょうど娘の体の大きさに合わせると蝶の妖精さんみたいになる大きさの

そこで撮った娘は満面の笑顔で

その写真の事は忘れていたのですが、娘が急に変わってしまった時にその写真の事を思い出し、ああ、生まれ変わろうとしているんだな、と妙に納得したんです

同じタイミングで蝶を大量に羽化させているおじさんに遭遇したり😆

これもたまたま娘に誘導されて行った場所で

蝶って羽化したばかりだと、上手く飛べないんですよね

当たり前なのかもしれないけど

最初から上手くできることなんてない

徐々に徐々に

ゆっくりで

その辺りから蝶の事が気になり

娘と一緒に観察するようになりました

すると

まあなんと可愛くて美しいのだと

親子揃って蝶の世界に魅了されていったのです😆


そんな訳で

これからも蝶と沢山触れ合っていくと思います✨

最後に、言い忘れてましたが、私は今回、苦手でいつも出来なかったこと

人の助けを借りる、ということを積極的に意識しました

思い当たる人に連絡をとり、話をきいてもらったり

助言を頂いたり

祈りのパワーを頂いたり

それも、娘が回復できた大きな理由のひとつだと確信しています

本当に感謝しかないです

私も私のできる形で循環していこう😌✨✨

長い話になってしまいましたが、おつきあいくださり、ありがとうございました✨✨








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