窮鼠

「まずいことになったぞ……」
 私、クシャ軍曹が率いるパトロール分隊に与えられた任務は、ここカノッサ湿地帯において敵の浸透を防ぐべく、連隊司令部の周囲を警戒することだった。平凡な任務であった。だがしかし、眼前に帝国軍の生体装甲兵が現れたおかげで、それは一瞬にして危険な任務へと変貌したのだった。

「敵は1人、まだこちらには気づいていないようです」
 副分隊長を務めるアデナ伍長が報告を持って帰った。生体装甲兵は歩兵小銃や短機関銃を受け付けず、強力な軽機関銃を振り回して戦う帝国軍のエリートだ。恐らくこちらの司令部を捜索すべく、あえて単独行動を行っているに違いない。彼らは1人でも分隊1つ程度ひねりつぶせる恐ろしい敵なのだ。
「分かった。……お前達、聞いたな。敵は強いが、まだこちらに気づいていない。私たちを見つける前に始末するぞ。」
「軍曹、戦わずに逃げるわけにはいかないんですか?」
 狙撃手のコマリ一等兵が質問した。
「……質問する時はまず手を上げろ、コマリ一等兵。ここは連隊司令部からそう離れていない。それから、我々が逃げた隙に敵は司令部を発見してしまうかもしれないから、戦わずに逃げるのは問題外だ。」
 小銃手のヘリアル二等兵が手を上げて質問した。
「援軍を呼ぶわけにはいかないんですか?」
「援軍が間に合うとは思えないな。ただ、もし我々がこのまま戦って全滅したとき、司令部に危険を伝える奴がいないのはまずい。ヘリアル二等兵、今から司令部に行って、装甲兵がいることと援軍要請を伝えてこい。」
 ヘリアル二等兵は了解と返事をし、地図に現在地を書き込むと司令部へ走り出した。
「さて……あまり時間がない、奴を倒す策を練るぞ。」

 私とコマリ一等兵は、装甲兵の進路上にある小屋の屋根に登った。カノッサの地上戦が始まるまで誰かが暮らしていたらしく、木製の小屋の中にはコップやテーブル、釣り竿などが残されたままだった。
「隊長、ヘリアルを逃してやったんですか?」
 コマリ一等兵は1.4fin対戦車銃の照準を覗きながら言った。対戦車銃による狙撃は歩兵分隊が利用できる最も基本的な対装甲兵手段であり、歩兵教範にも記されている。
「……あいつは訓練上がりたて、ピカピカの新兵だ。こんな所にいても足手まといになるだけだからな。」
 しかし、狙撃による無力化は容易ではない。ある程度の距離まで引きつける必要がある上、軽機関銃の射程内まで入らなければ装甲を貫通できないからだ。初弾を外せば反撃され、2発目の狙いを定めるのが困難になる。
「確かに、ヘリアルは死ぬには早すぎますからね。その点俺や隊長は心配ない。」
 コマリの冗談を受け流しつつ、俺は双眼鏡を覗き込み、装甲兵を探した。木とも菌類ともつかない原生植物のせいであたりは見通しが悪く、気を抜けばこちらが先に見つかることもありうる。
「……隊長、前のやつってそうじゃないですか?」
 双眼鏡をコマリの指差す方へ向けると、茂みをかきわけながら進んでくる装甲兵の姿が見えた。
「距離は……500mltってとこか。隊長、撃ちますか?」
 装甲を貫通できる距離ではあるが、命中精度に不安がある。スコープの反射光で発見されることを恐れてアイアンサイトを使用しているためだ。
「いや、350まで引きつけろ。この植生なら見つからないだろう。」
 装甲兵は周囲を警戒しながらゆっくりと近づいてくる。私達はそれを待ち受ける。辺りを不気味な静けさが包んでいた。
「……今だ!」
 銃声が響き渡り、小屋の上に積もっていた塵と原生植物の胞子が大きく巻き上がった。1.4fin銃弾は装甲兵に命中し……金属音とともに弾き返された。
「クソッ、角度が浅かったか!第2射を撃ちます!」
「待て、狙われる!退避を……」
 ――轟音とともに屋根が崩れた。装甲兵が発射した対戦車擲弾が小屋に命中し、破壊したのだ。私たちはなすすべなく落下し、地面に叩きつけられた。
「ゲホッ、ゲホッ……!おい、無事か!?」
 私の声に応え、コマリ一等兵が瓦礫の上から起き上がった。
「な、なんとか……でも対戦車銃がやられました!」
 見ると、対戦車銃の銃身は瓦礫に押しつぶされ無残に折れ曲がっていた。
「これは使えないな……まぁ命があっただけ良しとしよう、予備陣地に後退するぞ。」
 対戦車銃が外れたからといって、無策になったわけではない。次は勇気の使い所だ。あまり使いたくはないが……

 私は木陰に隠れ、装甲兵が近づいてくるのを待った。反対側の木陰にはアデナ伍長が紐を持って座り込み、その紐は地面に頭を出して埋められた対戦車手榴弾につながっている。588式対戦車手榴弾……赤ん坊の頭ほども大きな弾頭部にまっすぐ持ち手が刺さっている不格好な手榴弾であり、その重さから投擲による使用はほとんど不可能であるがために、もっぱら地雷やトラップとして用いられる。もっともその大きさゆえに威力は絶大、その破片は十分に装甲兵を無力化しうるだろう。
 対戦車手榴弾はさきほどの崩れた小屋と装甲兵の間に仕掛けられていて、相手がこちらの生死を確認するには手榴弾のそばを通る必要がある。十分に手榴弾に近づいたところで分隊員たちが即席バリケードの陰から射撃を浴びせて足止めし、アデナ伍長が紐を引いて起爆する手はずだ。私は顔を出せないアデナの代わりに少し離れたところから辺りを警戒し、装甲兵が近づいたタイミングで起爆の指示を出す役だ。
 やがて、装甲兵が草むらをかきわけて現れた。周囲を警戒しながら小屋へ近づいてくる。装甲兵は顔面を覆うヘルムのせいで視界が狭く、茂みから顔を出しているだけの自分が見つかる可能性は低いと分かってはいる。それでも、敵の携行する軽機関銃を見れば手に汗がにじんてしまう。
「……今だ!」
 装甲兵が対戦車手榴弾の有効範囲へ入ったのを確認し、私は無線越しに射撃命令を出した。分隊員たちがライフルで、軽機関銃で装甲兵を撃ちまくる。無情にも銃弾は装甲に弾き返されるが、これは本命ではない。
(よし……アデナ伍長、起爆を!)
 しかし一向に爆発は起こらない。再び茂みから顔を出して対戦車手榴弾の方を確認すると、そこには青い顔と身振り手振りで異常事態を伝えるアデナ伍長がいた。
(不発か、肝心な時に……!)
 待ち伏せ射撃のショックから立ち直ったのか、装甲兵は軽機関銃を腰だめで射撃しながらバリケードへと接近していく。立てこもる分隊員たちは頭を上げることすらできない状態だ。敵がバリケードに辿り着けば一巻の終わりだ。
(ど、どうすればいい……?手榴弾が使えないならもう策はないぞ!)
 部下たちをこんなところで犬死にさせるわけにはいかない。しかし手元にあるのは何の役にも立たない小銃が一本だけだ。
(……いや、何もできないなら、せめて部下の逃げる時間を稼いで死んでやる!こいつを後頭部にお見舞いしてやれば、流石に少しはダメージを与えられるはずだ!)
 銃剣は装甲に通じない以上、銃床で殴りかかるしかない!私は小銃を逆さに持って木陰から飛び出した。物音に感づいた装甲兵が軽機関銃を持ったままゆっくりと振り向く。銃床の間合いまであと3歩、2歩、1歩……!
「撃てるもんなら撃ってみろォ!グラン・アーキリアァァァァァ!!!!!!」

 ――装甲と銃床がぶつかる鈍い音が響き、装甲兵は地面へと倒れ込んだ。

「えっ……!?や、やった……?」
 決死の突撃はあっけなく終わった。押さえつけていた死の恐怖から開放された安堵が胸の中に広がり、私はへなへなと地面に膝をついた。
「隊長……!」
 アデナ伍長が駆け寄り、装甲兵へ馬乗りになって取り押さえた。弾幕射撃がやんだことを確認し、残りの分隊員も駆けつけてくる。
「隊長、こいつをやったんですか!」
「一体どうやって……!」
 その時、軽いエンジン音とともに茂みを踏み越え、ダッカー戦車が顔を出した。
「クシャ隊長!ヘリアル二等兵、ただいま戻りました!お待ちかねの増援です!……ええっと、もう終わってますか?」

 後日、私は連隊長から勲章を受けた。”圧倒的不利な状況にあって並外れた勇気を持って敵に立ち向かい、重要作戦目標を防衛した”というのが受章の理由だ。もっとも捕虜にした装甲兵の話によれば、本隊からはぐれてあてもなくさまよっていたところを、我々の分隊に発見されたというのが真相だったようだが。
 私と分隊員は2週間の休暇をもらい、その後はしばらくアーキル国内で戦時国債を売る手伝いをさせられた。幸か不幸か、結局分隊が前線に戻ったのはカノッサの戦いが終わったあとで、やることといえばもっぱら訓練ばかりだった。兵舎で分隊員のために訓練メニューを考えていると、改正された教範にある文言が追加されているのが目についた。

7.8 装甲兵との戦闘
7.8.4 白兵戦
 敵装甲兵に対し、鈍器を用いた白兵戦は有効なり。ただし敵火力は強大のため決して正面からの攻撃を主とすべからず、伏撃として敵の側背から仕掛けることが肝要なり。機関銃及び小銃の射撃は牽制手段として有効なり。彼我の損耗大となることが通常であり、あくまで他の抵抗が不可能な場合の最終手段として実行すべきものとす。

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