一発の痛打

「これまで、パンノニア戦線において船団襲撃作戦は不可能とされていた。戦線を飛び越えた瞬間に敵の対空監視に引っかかり、対空砲火にさらされ、戦闘機と空中艦がやってくるからだ。しかし帝国軍の攻勢によって戦線が流動化した結果、対空監視はまばらになり、空中艦はあちこちに散らばった。船団襲撃が可能になったんだ。帝国軍はこれを恐れて陸路による補給を行っていた……」
 狭い会議室に声が反響する。俺は言葉を切り、茶を一口飲んで続けた。
「しかし、パンノニア解放戦線による破壊工作により補給路が圧迫された結果、帝国軍はアクティウム市攻略部隊への補給を空路に切り替えた。俺たち『第22任務部隊』の任務は帝国軍の補給艦隊を撃退し、攻撃作戦を断念させることにある。旗艦は軽巡ラシード、任務部隊司令官は俺、ポラト・エフリーン大佐だ。作戦詳細は資料を熟読し、質問があれば俺に伝えてくれ。」
 作戦概要を話し終え、壇上から聴者の顔を見渡す。僚艦となる駆逐艦の艦長たちだ。知っている顔の者もいれば初対面もいる。ベテランもいれば新人もいる。はっきり言って寄せ集めだ。
 そして寄せ集めなのは人員だけではない。旗艦のエリカラ級軽巡空艦"ラシード"は580年代に建造されたオンボロで、改装のおかげで速力は並程度だが、攻防力はお粗末なままだ。これに新鋭たるキディナ級駆逐艦の"リ=エクルア"、ベテランだが改装済みで新型にも引けを取らないコンスタンティン級駆逐艦の"コニス"、最低限の装備しか持たないフロテリラ級軽駆逐艦の"ターナー"が続く。新旧が混在しているのはいいとして、まるで足並みが揃わないのはつらい。
 もっとも連邦艦隊の懐事情を知れば、この作戦に4隻も割り当てられただけ有情というものだろう。情報によれば敵となる輸送艦隊は8隻、そのうち護衛艦は2か3隻程度。こんな部隊でもどうにかなるはずだ。

 航海が順調だったのは最初だった。ルミイェルト泊地を発進してから一時間ほど経ったころ、艦隊の周りを土砂降りの雨と強い風が包みだし、艦橋の窓からは叩きつける雨以外の何も見えなくなった。……もっともこの夜闇の中では、雨風が無くても何も見えないだろうが。敵飛行場の近くで行動する以上、昼間に仕掛ける訳にはいかない。
「すごい風ですね……マストが折れないといいですが。」
 副長のマスフ少佐がつぶやく。連邦の艦の多くはマストを格納できるのだが、旧式のラシードはその機能がない上、強度的な問題からか同型艦ではマストが折れる事故が何度か起きている。しかし、長距離電探を搭載しているのはラシードだけだ。艦隊の長距離索敵はラシードの電探に頼っていると言っても過言ではない。
 叩きつけるような雨を眺めていると、電探に反応が入った。
「不明艦4……いや、8!」
 電探手の報告が入る。隻数8、恐らく目標の輸送艦隊だ。
「よし、高度を下げて敵艦隊に合わせろ。電探方位で艦首空雷を一斉射撃、そのまま全速で接近するぞ。」
 俺の号令に合わせて艦隊が高度を下げる。本当は目視で射撃したいが、この天候ではどうしようもない。一発でも当たってくれれば御の字だ。
「方位合わせ、風向き調整良し!」
「艦首空雷、放て!」
 空雷が次々と放たれ、敵艦隊の予測未来位置へと直進していく。敵艦に命中すれば音響でキャッチできるはずだ。その時、艦橋の上から金属がしなる音に続いて破壊音がした。
「……敵艦隊失探しました!長距離電探からの信号が入りません!」
「マストがやられたか、このタイミングで……」
 これで敵艦隊の位置は分からなくなってしまった。もう一度接敵するなら、駆逐艦が搭載する電探の範囲まで近づく必要がある。敵が長距離探知手段を持っていれば回避される可能性もあるが……
「……いや、やるしかないな。駆逐艦はラシードに続け、全艦突撃!」
 こちらが逡巡している間にも、敵はこちらを察知して増援を得るかもしれない。このあたりの帝国軍にも夜間戦闘機が配備されたという噂も聞く、素早く仕事をこなすのが肝心だ。
 機関がフル稼働し、推進プロペラが風を切る。艦隊は砲弾のように敵へ突進を始めた。酷い雨風のせいで姿は見えないが、電探に捉えられればこちらのものだ……
『こちら"リ=エクルア"、電探で敵艦を探知した。中型艦2、小型艦6。』
 僚艦からの通信だ。狙い通り敵は直進したらしい、捉えることができた。恐らく2隻の中型艦が輸送艦、他は小型輸送艦と護衛だろう。
「艦隊は中型艦を狙う、電探情報で誘導しろ!」
 "リ=エクルア"から送られた情報を元に進路を微調整する。敵もようやくこちらに気づいたのか、小型艦で牽制しつつ中型艦には距離を取らせるような動きをしている。無駄なことを、もはや中型艦はこちらの空雷射程内だというのに!
「全艦一斉回頭!目標は中型艦、空雷射撃用意!」
「艦長!敵が発砲して来ました!」
 見張り員から報告が入る。雲の向こうから敵の発砲炎が見えるが、所詮は盲撃ちに過ぎない。
「狼狽えるな、主砲で応戦しろ!小型艦の攻撃にかまわず、空雷射撃のため進路を維持する!」
「艦長、違います!敵の全艦が射撃しているんです!中型艦もです!」
 ……どういう事だ?中型艦は輸送艦のはずだ、射撃してくるはずがない。全艦が射撃してくるなら、輸送艦はどこにいる?
『こちら"リ=エクルア"!電探に感あり、中大型艦およそ10隻が敵艦隊の向こうを航行中!射撃目標は手前の中型艦で間違いないのか!』
 まさか!8隻は全て護衛、奥の10隻が護衛対象の輸送艦隊だとでも言うのか!気づけば窓の外には敵の発砲炎が光り、まるで雷のようだ。こめかみを冷や汗が流れ、手にじっとりと汗がにじむ。情報が違う!
「艦長!敵のゲダルン級駆逐を目視で確認!撃ってきてます!」
「艦長、敵の中型艦は恐らく軽巡、それも2隻ともです!」
 ……作戦は失敗だ!敵の戦力は圧倒的、ここから輸送艦隊を空雷射程におさめる事など出来ない。このままでは全滅だ、一刻も早く撤退しなくては!
「……全艦、手近な敵に空雷を全弾発射後、煙幕を焚いて後退する!作戦は中止だ!」
 ラシードと僚艦たちは目視距離の敵と砲火を交わしながら空雷を発射し、後退する機会を伺った。敵が整然と並んでいる状態で艦尾を向ければ一方的に撃たれるのみならず、プロペラを撃たれて推進力を喪失するリスクが高い。空雷攻撃を受け混乱している時を狙うのだ。
「報告します!駆逐艦"ターナー"が被弾!機関損傷大なるも航行可能です!」
 もう持ちこたえられない!その時、艦橋の外に爆炎が見えた。
「こちら音響観測、敵小型艦に空雷命中の模様!」
 後退するなら今しかない!俺は全艦一斉回頭の命令をかけた。艦橋から見えていた敵駆逐艦が視界の外に流れていき、やがて雨と暗闇だけが残った。艦橋には主機の駆動音と雨が叩きつける音だけが響いていた。

 たった4隻の艦隊は這々の体で泊地へと逃げ帰った。そのうち駆逐艦"ターナー"は敵軽巡の放った砲弾を喰らい、第1機関室のあたりをえぐり取られていた。暗い泊地の桟橋から見た者に、「この艦が泊地まで戻ってこられたのは奇跡だ」と思わせるほど痛々しい見た目だ。
 ターナーの艦長であるイスハーク少佐は俺よりもさらに若い士官だが、彼もまた、艦と同じように傷ついていた。頭には血の滲んだ包帯を巻き、右腕には添え木があてられている。
「イスハーク少佐、身体は大丈夫か?」
 俺がそう言うと、彼は力なく笑った。
「爆発の衝撃で転んだだけです。痛みますが、機関室にいた部下たちに比べれば遥かにマシです。」
 重い言葉だ。俺は口を開いたが、しばらく何も発することができなかった。
「……すまない。俺の判断ミスが招いた結果だ。」
「指揮官を責めているわけじゃありません。戦いには時の運という物がありますから……」
 彼の後ろ、停泊するターナーから、肩を兵士に支えられた士官が降りてきた。
「副長です。彼は間が悪く機関室にいたのですが、見ての通り足をやられてしまって……彼の付き添いに行きますので、これで失礼します。」
 イスハーク少佐は無傷の左腕で敬礼すると、副長のもとへと歩いていった。

 翌々日、さらなる作戦に向けて待機を命じられていた俺のもとに、司令部から命令書が届いた。
 手狭な自室を離れて士官食堂でその封を切る。命令書にはこう記されていた。
「敵陸軍増援部隊輸送の阻止作戦」
 内容を要約すると、次のようなことが書いてある。

・友軍の奮戦によってアクティウム市は未だ防衛に成功しており、攻略を焦った敵軍は空路で増援部隊を送り込んでいる。この部隊が同市攻略に投じられた場合、もはや持ちこたえられない可能性が高い。
・アクティウム市は河川交通の結節点に位置する非常に重要な都市であり、同市の陥落は東部戦線全域に甚大な悪影響をもたらすため、失敗は許されない。
・増援部隊の輸送艦隊は物資・兵員輸送艦が大小合わせて15隻程度であるとみられる。先日の襲撃によって帝国軍は警戒態勢を強めており、護衛艦隊は増強されている可能性が高い。
・第22任務部隊の現有戦力では攻撃を成功させることは困難であろうことから、艦隊護衛艦1隻と駆逐艦2隻を増援として派遣する。加えて、自由パンノニア空軍の夜間戦闘機部隊が任務部隊の指揮下で作戦に加わる。
・貴官と第22任務部隊一同の奮戦に期待する。

 ……言うだけなら簡単だが、行うのはそれほどたやすくない。まず、敵がどの程度増強されているかが分からないのが不安だ。パンノニア戦線における帝国艦隊は数でこちらを上回っていることから、こちらが増援を得たからといって数で有利に立てるわけはないだろう。さらに質にも問題がある。敵が巡空艦の増援を得なかったとしても、こちらが旧式軽巡と艦隊護衛艦の1隻ずつ、向こうは火力に優れる帝国軽巡2隻では、砲力に雲泥の差がある。それに加えて……
(指揮官が俺だからな)
 駆逐艦"ターナー"とイスハーク少佐の痛ましい姿が目に浮かぶ。前回の出撃が散々に終わったのは俺に責任があるのだ。指揮官が同じままリベンジが成功するというのは楽観的な見方だろう。

「煮詰まっていらっしゃるようですな。」
 俺に声をかけたのは、いつの間にか士官食堂に顔を出していた駆逐艦"コニス"艦長のデザイ中佐だった。旧式艦だが度重なる改装で戦闘力を保っているコニス同様、その艦長たるデサイ中佐も年老いてはいるが頼りになるベテランだった。
「新しい作戦ですか?」
「ああ」
 俺が返事をすると、デサイ中佐は先を促すように微笑したまま黙った。
「……俺は前回の作戦で失敗した。敵の輸送作戦を阻止出来なかったばかりか、反撃を受けて部下を失ってしまった。"ターナー"はこの戦争が終わるまでの間に復帰出来るかどうか……」
「なるほど、指揮官は自分を責めていらっしゃる。しかし、失われた物の重みだけでなく、守られたものにも目を向けてはいかがですか?」
 俺は顔を上げ、デサイ中佐の目を見る。彼は続けた。
「少なくともあなたの撤退指揮は的確でした。強大な敵に対して"リ=エクルア"と我々"コニス"の乗組員たちが生き残ったのは、指揮官のおかげです。」
 デサイ中佐は俺を見て言った。その目には信頼があった。
「あなたが自分を信じられないなら、代わりに我々を信じてください。この作戦が終わるまで、指揮官を支えてみせるだけの力量はあるはずです。」
 彼はそう言って立ち去った。俺は……俺は、覚悟を固めた。俺には優秀な部下が付いている。それに何があろうとも、これは誰かがやらなければならない仕事なのだ。

『こちら夜間飛行隊、不明な艦隊を探知、2隊に分かれてアクティウム市へ航行中!手前におよそ20隻、奥に数隻。恐らく帝国軍の輸送艦隊だ!』
 第一報はパンノニアの夜間戦闘機隊によってもたらされた。
「こちら"ラシード"了解。そのまま敵の配置を探ってくれ。」
 第22任務部隊は夜闇の中を一列になって進んでいき、その姿を月明かりが照らす。空に雲ひとつないのは幸運だった。なにしろ、作戦を進める上で偵察情報は多いほうがいい。
「手前に20隻、これは恐らく輸送艦隊ですね。奥にいるのは護衛艦隊でしょう。隻数からして、輸送艦隊にも数隻護衛艦が混ざっている可能性もあります。」
 副長のマスフ少佐が情報をまとめ、逐一友軍に伝達する。デサイ中佐と話して、俺は彼らの活躍に重きを置いて作戦を立てた。優秀な部下に頼ることが勝利に繋がると思ったのだ。
「"ダース"より報告!敵の護衛艦隊との間に砲門を開いたとのことです!」
 ついに艦隊護衛艦"ダース"が戦端を開いた。いよいよ作戦開始だ。
「よし……"リ=エクルア"、"コニス"は俺に続け!敵の輸送艦隊を叩く!」

 作戦はこうだ。増援として与えられた艦を艦隊護衛艦"ダース"を旗艦とした分艦隊に編成し、この分艦隊で敵の護衛艦隊を攻撃する。護衛艦隊とは積極的に砲火を交えず引き気味に戦い、これを輸送艦隊から引き離して足止めするのだ。その隙を見て本隊が丸腰の輸送艦隊を襲撃し、十分な戦果を得られたと判断したら速やかに撤退する。ただでさえ数の少ない艦隊を2つに分けるのは危険な賭けだが、今の所はうまくいっていた。
「正面に敵輸送艦隊!数およそ20、撃てば当たります!」
「全艦、艦首空雷一斉射!」
 3隻の艦首から放たれた空雷がまっすぐ進み、敵の輸送艦数隻に命中した。輸送していた弾薬に引火した大型輸送艦が爆散し、隣を進んでいた兵員輸送艦を巻き添えに沈んでいく。予想外の方向からの攻撃に慌てふためく敵軍の姿が目に浮かぶようだ。
「全艦突撃!射程内に入り次第砲門開け!」
 混乱から立ち直った輸送艦隊は逃げるように進路をとり、その中から3隻の駆逐艦がかばうように隊列を組んだ。
「マスモーフ級護衛駆逐艦です。どうやら輸送艦隊を直掩していたようですね。」
 マスモーフ級は帝国が船団護衛のため建造した小型駆逐艦だ。型落ちとはいえ軽巡である"ラシード"の敵ではない。
「撃て!」
 14fin砲の一斉射撃が敵艦をかすめると、"ラシード"についてきた駆逐艦たちも少し遅れてその主砲を放った。
「進路固定!このまま押し通るぞ!」
 輸送艦と俺たちとの間に立ちふさがるように現れた駆逐艦に対し、艦隊はハの字の角度で接近を続けた。14fin砲弾が敵艦の一隻をとらえると、それは生体器官をぶちまきながら沈んでいった。脆い船だ。
「艦長、"ダース"より報告です!敵護衛艦隊が引き返そうとしています!」
「夜間飛行隊に移動を阻止させる、分艦隊にはそのままの距離を保つように伝えろ!」
 通信を受けたパンノニア軍の夜間戦闘機が敵軽巡に対して攻撃をかける。艦橋の窓から見上げると、彼らの発射した噴進弾が雨のように敵艦に降り注いでいるのが見えた。噴進弾を受けた敵艦は対空砲火を沈黙させ、回避運動に徹しはじめた。先頭機が小型噴進弾で敵艦の対空兵器を黙らせ、後続機の爆撃でとどめを刺す。よく訓練された対艦攻撃部隊の戦術だ。
「敵軽巡に爆弾命中!戦列を離れていきます!」
 向こうはよく粘っているようだ。こちらも気合を入れなければいけない。

 14fin砲弾が2隻目の敵駆逐艦を大破させると、残った一隻は逃走を開始した。邪魔者は消えた、輸送艦狩りの時間だ……
「司令官!中型輸送艦のうち一隻が速度を落としています。機関故障でしょうか?」
 見ると奇妙なシルエットの敵艦が一隻、輸送艦隊から落伍しているのが見えた。
「よし、あれは俺たちで叩こう。"リ=エクルア"と"コニス"には個艦の判断で敵輸送艦と交戦するように伝えておけ。」
 俺は"ラシード"の進路をその艦へ向けた。月明かりに照らされ、敵艦のシルエットが顕になる。艦橋の後ろにマスト、その後ろに低いコブ状の張り出し。さらにその後ろにもう一本のマスト。艦首は二股だ。
「これは……輸送艦じゃありません、カゼドラーナ級戦闘空母です!」
「見張りより報告、敵艦発砲!」
 ……しまった、護衛に空母か!俺に内省の暇を与えることもなく、敵艦は艦首に並んだ砲をこちらに発砲している。カゼドラーナ級は空母と巡空艦の合いの子のような艦で、ある程度の砲戦能力を備えているのだ。
(だがなぜ輸送艦隊から離れてるんだ?)
 見ると敵艦の後部甲板には何かが並んでいる。発艦準備中の艦載機だ。
(……艦載機の発艦作業で速度を落としたのか!)
 母艦のすぐそばで防空任務に就くだけなら夜間戦闘機でなくともいいという判断だろうか?それとも艦載機は夜間戦闘機なのか?いずれにしてもパンノニアの友軍のため、彼らを飛び立たせるわけにはいかない。
 カゼドラーナ級は後部甲板に隠顕式砲塔を備えている。その口径はなんと28fin。直撃を喰らえばひとたまりもない。だがこの砲塔には、艦載機の発艦作業中は照準・発射できないという欠点がある。逆に言えば、敵が主砲を封じられているうちにやらなければこちらが危ない。手早くケリをつける!
「敵艦の横につけ!空雷攻撃を仕掛けるぞ!」
 "ラシード"は俺の命令通り敵艦の側面につき、砲戦をはじめた。狭い空に双方の主砲弾が飛び交う。"ラシード"の防御力はあまり信用ならない、いつまでも撃ち合いをしているわけには行かない。
「空雷照準完了、発射可能です!」
「空雷、放て!」
 甲板に並べられた片側4射線の空雷発射管から飛び出したそれは、スクリュー推進で空をまっすぐに進んでいく。
「空雷命中!敵艦沈んでいきます!」
 4本の空雷のうち2本は敵艦に命中。炸裂とともに空が赤く染まり、敵艦はバラバラになって落ちていった。
「勝った……危うく予定が狂わされるところだったがどうにかなったな。輸送艦狩りに戻ろう。」
 カゼドラーナ級との戦いで速度を落としていたため、"ラシード"は敵輸送艦隊のやや後方に取り残された形だ。前を見れば、敵輸送艦がまた1隻落ちてくるのが見える。どうやら"リ=エクルア"と"コニス"が奮戦しているらしい。そこへ"ダース"からの通信が入った。
『こちら"ダース"!敵軽巡が砲戦範囲を離れてそちらに向かっている!こちらは機関に被弾して速力が低下、追い切れない!』
 支隊の援護が得られないとなると、駆逐艦たちに輸送艦狩りを続けさせるのはまずいかもしれない。それに機関損傷した"ダース"を退避させる必要もある。なにしろ敵の戦力は未だに優勢なのだ。
「こちら"ラシード"、"ダース"は支隊を率いて撤退せよ。本艦も"リ=エクルア"と"コニス"を率いて撤退する。戦果は充分だ。」

 俺は駆逐艦たちとパンノニア夜間飛行隊にも撤退命令を出すと、合流のため輸送艦隊の方向へと向かった。電探が敵軽巡をキャッチしたのはその時であった。
「敵軽巡発見!距離およそ1000Mlt、左舷からこちらに接近しています!」
 軽巡が?"ダース"が取り逃がした敵艦が現れるにはまだ時間があるはずだが……?訝しんで左舷側を見ると、敵のランズバルク級軽巡がすぐそばだ。これは先程爆弾を食らい大破炎上した艦だ!手ひどくやられてはいるが、どうやら浮力と推進力は失っていなかったらしい。
「1000Mltだって!?目と鼻の先じゃないか、何故今まで気づかなかったんだ!」
「推進力を喪失した輸送艦が視界の妨げになっていたようです!」
 敵艦はその艦首を真っ直ぐこちらに向けている。衝角攻撃を仕掛けて道連れにしようというのだろうか?
「クソっ、右舷に会頭し回避しろ!全砲門開け、砲火を集中して退けるんだ!」
 旧式艦ゆえか、それとも戦闘中に損傷したのか、"ラシード"は不十分な速度でしか旋回できない。燃え盛る敵艦に向け14fin砲弾が降り注ぐものの、帝国巡空艦特有の重装甲と背水の精神により、敵艦はこれをものともせず突っ込んでくる。
「ダメだ……間に合わない、総員退避しろ!操舵手も代われ!俺は艦長として最後に脱出する!」
「ダメです、エフリーン大佐も脱出してください!」
 副長のマスフ少佐が異議を唱えるが、艦長には「少しでも艦を守れる可能性がある場合はあらゆる手段を試行し、最後に脱出せよ」という規則がある。私は返事の代わりに日誌を手渡すと、操舵輪を握った。マスフ少佐は無言で敬礼し、艦橋から出ていった。
「曲がれ……もっと早く!」
 ……想いもむなしく、もはや敵艦の特攻を回避する術は無かった。朱色の敵艦が窓の外に大きくなり、その質量が"ラシード"を揺らした。俺は艦橋の床に叩きつけられた。敵艦は"ラシード"にのしかかり、浮遊機関に過負荷をかけて沈めるつもりらしい。乗員たちは無事に脱出しただろうか、俺はそう思いながら気絶した。

 目が覚めると、視界には黄緑色の軍幕が広がっていた。起き上がろうとするも腕に力が入らない、どうやら折れているらしい。
 ……ここはどこだ?俺たちが戦っていたのは帝国軍占領地域の上空だったはずだ。おそらく"ラシード"はそこに軟着陸し、俺は捕虜になったのだろう。
(誰かいないのか?)
 俺は折れていない方の腕を頼りに上体を起こし、辺りを見回した。何人もの怪我人がベッドの上で静かに眠り、または本を読むなどして療養している。ここは野戦病院のようだ。所在無げにしていると、そのベッドの間を白衣を着た医師らしい男が歩いて来るのが見えた。見たところ帝国人ではない。パンノニア人だろうか?
「目が覚めたようですね」
 男はアーキル語で言った。
「アーキル語がわかるのか……あんた、ここはどこなんだ?」
「それについては私がお答えしますよ。」
 後ろから聞いたことのある声が響いた。振り返ると、そこには駆逐艦"コニス"の艦長、デサイ中佐が立っていた。
「デサイ中佐……?どういうことなんだ?中佐も捕虜になったのか?」
 中佐は笑って言った。
「勘違いしていらっしゃるようですな。ここは連邦の野戦病院ですよ、大佐。」
「なんだって……?しかし、俺が落ちたのは帝国軍の占領地域のはずじゃ……」
「なるほど……大佐、あなたは墜落から4日も寝ていたんですよ。正確には帝国軍の施設で3日、この軽傷者病棟で1日ですが。……我々の作戦が成功したことで敵の陸軍は補給を受けられず、元々損害が蓄積していたこともあって連邦軍陣地への攻撃に失敗。郊外に展開していた帝国軍は反撃を受けて後退、その陣地を占領した際に、気絶したまま捕虜になっていた貴方を陸軍が奪い返したんですよ。」
 敵軍は補給できず、友軍が反撃に成功したということか。
「じゃあ、俺たちの作戦は成功したんだな……」
「そのおかげで大佐も戻ってこれたわけです、情けは人のためならずですな。」

 翌日の朝、退院の許可が出た俺を一台の自動車が迎えに来た。パンノニアグリーンに塗られた、ありふれた小型自動車だ。
「大佐!よくご無事で!」
 運転席から身を乗り出したのはマスフ少佐だ。俺は笑いながら、ああ、と返事をして車に乗り込んだ。
「それで、"ラシード"の残骸を見に行くんだったな。」
「はい。あの艦にはお世話になりましたからね。大佐の退院祝いで、22任務部隊の有志で集まろうって話しで。」
 窓の外を青々とした草原と林が流れていき、快晴がそれをキラキラと照らしている。まだ戦争に勝ったとは言えないが、交通上の要地であるアクティウムを奪還したことは、帝国軍主導だった戦いの流れを変えたはずだ。
 草原に風が吹き、波打つように流れた。部下たちに会ったら何を言うべきだろうか。

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