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蒼きユミル

 天才は奇人と紙一重という言葉がある。しかし彼に関しては、天才であり奇人でもあった。

 『新型市街戦装備の試作車両評価』、それが今日の私の仕事だった。私が出る仕事ではないと思うのだが、生産性や戦略機動性の評価などで、兵站科の士官一人が必ず出席しなければならないらしいのでしょうがない。車両試験場へ向かう冷たいトンネルを通ると、そこには土のグラウンドが広がり、片隅にテントが立てられていた。テントの下に長机と椅子が置かれ、兵器開発局や陸軍の士官たちが並んでいる。案内され席に座ると、評価対象兵器に関する書類を手渡された。兵器開発局の人間は試作車両試験の前に目を通しているのだろうが、私のような局外の人間にも事前に見せてもらいたいものだ。技術畑の人間は事務仕事がずさんで困る。

「事前にも説明しましたが、リストの一番上から評価していくという事で……最初は "軽戦車ウエリテス市街戦対応改修型" ですね。」
 アナウンスが終わるとともに、砲塔をイェニチェリのものにすげ替えたウエリテスが試験場に入ってきた。縦横に走り回った後、コンクリート製障害物を乗り越えたり、急坂を登ったり、立てられた的に向かって射撃を行ったりしている。明らかに砲塔が大きくアンバランスだが、移動や射撃は意外と安定している。性能試験が終わると陸軍の士官たちや兵器開発局の人間は口々に言葉を交わし、試験車両に対して高評価を示した。
「皆さんご静粛に!これより質疑応答に移ります。質問がある方は手を挙げてから発言願います。」
 アナウンスを皮切りにいくつかの質問がなされ、開発チームの代表者と思わしい技術者は的確に返答を返した。私も兵站科代表として仕事をすべきだろう。
「質問があります。イェニチェリの砲塔を搭載するとのことですが、砲塔旋回用ベアリングの径がウエリテスとは違いますよね?」
「はい。試作車をご覧になれば分かる通り、履帯上部に車体張り出し部分を設けることで、大径砲塔の搭載を可能に……」
「いえ、そういう事ではなく……イェニチェリは少数生産ですから、既存の生産ラインだと生産数が追いつきませんよね?他の部分はともかくベアリングに関しては技術的に生産可能な工場が少なく、必要数の確保が難しいと思うのですが……」
 私の質問に対して技術者は返答に窮したようで、一言検討しておきますと言ったのみであった。陸軍の高級将校たちの表情を見るに、これは恐らく不採用になるだろう。

 続いて試験場に入ってきた車両……いや、異様な物体を見て、私は言葉を失った。それは、パゼンブルーに塗られた機械の巨人だったからだ。2.5メルトほどの高さにある胸部のハッチから水色のつなぎを着た男が身を乗り出し、マイク越しに喋りだした。
『え~、この車両!!試作正式名称は "非履帯・車輪式左右独立駆動推進装置搭載大型汎用制圧塔" なのですが!!まどろっこしい事は抜きにすると、この通り巨大な人形兵器であります!!』
 アナウンス中にも男はレバーを操作し、入力に合わせて巨人は坂へ向け勢いよく前進する。各所に配置された歯車とチェーンが回転し、背中側に搭載されたエンジンが黒煙を吹き上げる。大きさに似合わぬ快速だ。男はこちらに身を乗り出し、巨人の駆動音や振動に負けないよう大声で喋り続ける。
『二足歩行兵器に関する提案は、北半球の歴史において何度か繰り返されてきましたが!!いずれも安定性の不足により失敗してきました!!しかしこの車両は異なります!!回転式安定装置と胸部をチェーンとワイヤーで接続し、その姿勢に関わらず安定するようになっております!!このように!!』
 巨人は坂の途中で急停止し、腰から抜いた拳銃型の火砲を構えて左右に振り回した。あからさまに危険だが倒れる素振りは少しも見せない。
『先程ご覧になったように!!本兵器は左右のアームに3本ずつ指を備えており、これによって様々な武装をアームに保持し用いるようになっております!!アームや指、脚部の操作は手元のレバーとボタンで行います!!ではこれより各種兵装の実演を行います!!』
 巨人は坂を勢いよく駆け下り、射撃位置に付いた。拳銃型の火砲を発射すると、初弾で的のど真ん中を射抜いた。恐るべき命中精度だ。
『光学照準装置とアームを同期することで!!約95%の初弾命中率を実現しております!!これらの計算は搭載している階差機関が行うため!!搭乗者が照準装置で狙いを付けるだけで、砲身が正確に指向されます!!』
 言い終えるや否や男は操縦席に引っ込み、巨人は腰に提げた金属製の長棒を取り出した。
『これは近接戦闘用のアタッチメントであります!!現在は仮に単純な金属棒を装備していますが!!正式には心理的圧力を与えるために長剣型のものを装備させる予定であります!!近接戦闘の他に工兵作業にも用いることを想定しております!!』
 巨人は的として設置されたダッカーに向けて走り、棒を振り下ろして粉々に粉砕した。眼前で繰り広げられる無茶苦茶な光景に、長机に居並ぶ士官たちは呆然とする他ない。
『この他に機関銃ユニットと火炎放射ユニットがありますが、紹介は時間の都合上省略させて頂きます!!本車両は人形という性質上、工兵部隊の補助や大重量物の運搬など様々な用途に使用可能であります!!』
 巨人はゆっくりと長机の前に歩き、直立不動状態で静止した。士官たちは未だに衝撃から醒めておらず、アナウンスも沈黙したままだ。
「あの……何か質問はありますでしょうか?」
 巨人の胸から顔を出した男が困惑気味に進行を促す。困惑の原因を招いたのが、自分とその被創物であることに気付いていないのだろうか?
「ええと、じゃあ兵站科から1つ……兵器全体を構成する機械部品の数が膨大かつ精密性が求められるものが多いのですが、量産は可能だとお考えですか?」
 今度は男が黙る番だった。

 全ての兵器の試験と質疑応答が終わり、この長かった試作車両評価会も幕を閉じた。あの後も、動力付き個人用シールドだの極小戦車を蛇腹状連結器でつないだムカデ戦車だの、ろくでもないものが沢山出てきたが、巨人を超えるインパクトのある兵器は出てこなかった。席を立った士官たちも口々にあれはすごかった、常軌を逸していた、実物がそこに立っていなければ白昼夢と思うところだ、などと語り合っている。どうやら明日も兵器開発局内部で最終評価を行うらしく、試作車両たちは試験場の脇に並べられていた。技術者たちも宿舎に泊まるのだろう。私も席を立って帰ろうとした、その時だった。

 サイレンが鳴り響き、夕日の落ちた空に対空砲火が飛ぶ。帝国軍機の編隊がどこからか迷い込んだのだ。この兵器試験場は南側国境に近く、帝国軍機が近くまで侵入する事自体はそう珍しくない。ただ、いつもは空軍機によって迎撃され、この基地まで辿り着くことは無い。彼らはどうやってか防空網をくぐり抜けたようだった。
『帝国軍の空襲です!皆さんただちにトンネル内に退避してください!』
 アナウンスが鳴り響き、私もトンネルに向け走った。ところが入口まであと少しというところで帝国軍のグランビア1機が榴弾砲を放ち、砲弾はトンネルの入口に当たってこれを崩落させた。
 敵機は手慣れのようで、対空砲火をかわしては高射砲陣地を榴弾砲で攻撃していく。さらに攻撃目標を試作車両に定めたようで、イェニチェリ砲塔ウエリテスに砲弾を命中させ吹き飛ばした。
 私を含む人々が逃げ回る中、これに逆らって試作車両へ向かう者がいた。青いつなぎの男だ。
『皆さん退避してください!!試作車両を起動します!!』
 男が縄はしごでコクピットに乗り込むとハッチを閉め、巨人は一歩踏み出した。6連装機関銃ユニットを取り出し、空に構える。敵機は巨人に異様な雰囲気を感じ取り、一斉に機首を向けた。3機のグランビアから榴弾砲が一斉に放たれる。
 しかし、巨人の動きの方が速かった。砲弾のうち2発をかわし、1発を腕で受けたそれは、壊れた左腕でコクピットをかばいつつ右腕で射撃する。光学照準装置と同期した機関銃の狙いは正確で、またたく間に1機のグランビアが落とされる。残りの敵機に対しても射撃を試みるが、構えたままで撃とうとしない。恐らく試験用に最低限の弾薬だけを持ってきたのだろう。
 巨人は機関銃を捨てて金属棒を構えた。まさか、空中の敵に殴りかかろうというのだろうか?攻撃態勢に入ったグランビアに対し、巨人は全力疾走で近づく。接近する攻撃対象によって敵機は攻撃態勢を崩され、発砲タイミングを焦った。グランビアが空中で榴弾砲を発射し減速した瞬間、振り下ろされた金属棒がそれを捕らえ、地面に叩きつけた。グランビアの放った榴弾は再び巨人の左腕に当たり根本を吹き飛ばしたが、それだけだった。残った敵機は損害過大と判断し逃げ去っていった。こうして、茜色に染まった試験場の空には、巨人の立ち姿だけが残された。

 巨人の活躍に救われた我々はしかし、無情な判断を下した。理由は2つ。1つは私が指摘したように量産が困難かつ高コストなことだ。いくら高性能であっても、イェニチェリ12両分の生産コストは受け入れられない。そしてもう1つは操縦が困難なことだ。複雑な人形兵器の動きを手元だけで操作することは非常に難度が高く、あの男が自ら操縦していたのはテストパイロットたちが誰一人として操縦できなかったからという事からも、容易ではないと理解できるというものだ。これは後日兵器開発局の人間から聞いた話だが、落選の知らせを聞いた彼は一瞬悲しそうな顔をしたものの、すぐに立ち直り、聞かされた改善点をメモに書いていたという事だ。このくらいで諦めはしないという訳だろう。

 数ヶ月後、私は再び試作兵器評価に呼び出されていた。新型空中艦用主砲照準器の開発を目的とするものだ。資料を手に取ると、そこにはいくつかの開発案と開発者、簡単な機構の概要が書かれている。意外なことに、巨人を作った男の名前もそこにあった。まさかあの男が巨人を諦めてまともな兵器を作ることにしたとは思えない。疑念を持ち概要を読み進めると、それは巨人の自動照準装置と全く同じものだった。そこで私は自分の言葉を思い出し1つの結論に行き着いた。彼は巨人の構成要素を共和国軍の兵器に採用させ、大量生産のラインに乗せることでコストを下げようとしているのだ。私の背筋に冷たいものが走った。何という執念だろう。
 グランビアのパイロットたちが帝国に無事帰り着いたとして、彼らは巨人の脅威を報告するだろう。しかし帝国が真に恐れるべきは鋼鉄の巨人ではない。小さく、しかしはるかに賢い一人の天才なのだ。

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