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フライング・ザイリーギアン

「諦めるな!なんでもいい、目標物を探し続けろ!」
 艦橋から叫ぶ船長に対して、私はぶっきらぼうに返事をよこした。
「もう1時間は探してますよ、船長!!このあたりには砂しかありません!!」
 容赦なく照りつける太陽が甲板を平鍋のように熱し、船員たちのやる気を焼き焦がしていった。

 事態は前日に遡る。軍に傭船されて駆逐艦用新型備砲の試作品を運んでいた総トン数500tあまりの小型貨物船「エル・バリーン」を、突如砂嵐が襲ったのだ。
「レーダーが砂塵流を探知!あと20分ほどで本船に到達します!」
「そうか……甲板作業員に通達、マニュアル記載の突起物を格納し、荷物の固定を今一度確認しろ!」
 船長の号令一下、甲板作業員たちはマストやクレーンを船体・甲板の保護区画に格納した。砂嵐で折られるのを防ぐためだ。
「なんとも間の悪い……船長、ミネルグ港には期日までに着くんでしょうね?」
 軍から派遣されてきた、荷物預かりの若い将校が不安そうに聞いた。船長は甲板を見ながら答えた。
「さぁ、それは天気次第といったところだ。まぁこの分ならそう酷い事にはならんだろうな。」
 艦橋の窓にシャッターが降り、私達は暗闇の中で夜を明かした。そして太陽が登ったとき、エル・バリーン号は遭難していたというわけだ。

「状況を整理しましょう。」
 艦橋に戻った私は、そう言いながら空図を広げた。
「砂嵐の前、最後に船位を同定したのはここ。砂塵流は北向きにおおよそ6時間は継続しましたから、現在位置はおおまかにこのあたりです。ちなみに目的地のミネルグはここです。」
 私は言いながら手を動かし、船のおおまかな推定位置を示した。このおおよそ20ゲイアスの広大な砂漠のどこかが、エル・バリーン号の浮かんでいる位置というわけだ。
「なるほど、見事に何もないな。これでは位置がわからないはずだ……いや、空標塔があるはずじゃないのか?」
 空標塔とは回転式の強力なサーチライトや色付きのランプが据え付けられた塔で、天測航法のできない昼間や悪天候時に、空中艦が自艦の位置を同定するためのものだ。関係ない話だが、諸島連合の水上艦乗りたちは同じようなものとして"灯台"に頼っているらしい。
「そのはずなんですが……見当たりませんね。政府が金欠になって主要航路外にあった空標塔のほとんどを廃止したらしいので、多分そのせいでしょう。連邦からの独立時に押し付けられた借金が無ければ、もう少しマシだったかもしれませんが。」
 ……実際、金欠の原因のもう半分は軍政の失敗なのだが、将校の前でこの話をするのはよしておいた方がいいだろう。全く、"国家元帥閣下"も東アノール国境での軍事演習などやめて、航路局に金を出してくれればいいのだが。などと考えていると、その将校が口を開いた。
「ちょっと待ってください、この空図は古くないですか?」
 見ると、空図の左上には
〈民間船用連邦標準空図 ザイリーグ軍管区(3) 640年版〉
と書いてある。20年以上前の空図だ。20年も違えば空標塔の位置が違っても文句は言えない。
「船長、航空士、これは一体どういうことですか?こんな有様で一体どうやって航路局の航空許可証を更新したんです?」
 将校が私達に険しい顔を向けると、船長は開き直った。
「お役人に賄賂を渡したに決まってるだろう。正規の方法で航空許可証を更新していたら、丸々1月はかかる。その間休業しろなんて言われたら死活問題だ。」
 こんなことは口からでまかせで、実際は新しい許可証発行までの時間を見越して早めに更新届を出すのが道理だ。もっとも賄賂を渡しておかなければ、更新届は雑多な書類でできた沼の底に沈んで、二度と浮かび上がっては来ないだろうが。
「全くどうしてこんな連中に軍の仕事を任せたりしたんだ?……無事にミネルグに付いたら、この件は報告させてもらいますからね!」

「救難信号に反応はあるか?」
「ありません。長距離無線が生きていれば話は違ったでしょうが、砂嵐で電装系がやられたのが痛かったですね。」
 短時間の議論のあと、「とにかく東に進めば、オアシス都市や有人空標塔との交信範囲に入るだろう」という楽観的見通しのもと、エル・バリーン号は東に進むことになった。将校は北に進んで空軍の国境警備艦隊と交信することを提案したが、これ以上寄り道すると納期を過ぎてしまう可能性があること、そもそも警備艦隊と出会えるかどうか怪しいこと(やはり予算削減で国境警備のシフトが減らされているため)から、船長は博打めいたこの案を採用した。水と食料には余裕があるため取れた策だが、航路を外れて一闇雲に進むというのはかなり乱暴な計画だ。
「電探に反応あり!一隻の不明艦が西側からこちらに接近しています!」
 私の後ろで電探手が叫んだ。
「救難信号が届いたのでしょうか?」
 私が聞くと、船長は苦い顔をした。
「そうならいいが、十中八九違うだろうな。助けてくれるつもりならまず通信に答えてくれるはずだ。まぁ向こうも無線機が壊れてるって可能性もあるが……電探手、対象の速度は?」
「おおよそ時速160キロ前後です。」
「クソっ、ロケットボートか……このままじゃ追いつかれるな。」
 ロケットボートとは、空賊の使う高速武装船の総称だ。小型貨物船や終戦に伴い民間に売却された空雷艇を改装したもので、機関銃や軽砲で武装し、密輸や貨物船の襲撃に従事している。
「空賊の襲撃ですか!?船長、船員たちを機関銃座へ配置につけてください!」
 横から入ってきた将校に対し、船長はうんざりした顔で言った。
「そんなもの積んでないよ……」
「何故です!?都市間航行用艦船は個艦防御用武装を装備するのが法規定でしょう!このクラスの輸送船なら機関銃2挺が装備されているはずでは……」
「あのなぁ、機関銃って結構重いんだぞ。台座も込みだと1挺で人ひとり分はあるんだ、そんなもの載せたら積載量が減るだろ。」
 船長と将校が言い争っている間にも、空賊のロケットボートはこちらに近づいてくる。一刻も早く対応を決めなければならない。
「積荷は軍の重要物資です、降伏は認められませんよ。」
「かといって戦う手段もないぞ。長距離無線機も壊れているから救援も呼べない。」
「逃げ切るには速力が足りませんね。せめて積荷を捨てて逃げられれば……」
 積荷。その時、私の頭の中で名案がひらめいた。
「将校さん、積荷はたしか駆逐艦用の新型主砲ですよね?」
 将校は呆れたように言った。
「まさか使おうだなんて思ってないでしょうね?弾薬は積んでませんよ。」
「弾があっても撃てないぞ。砲が船体に固定されてないからな。甲板にロープと金具で止めてあるだけだ。」
「問題ありません、ちょっと作戦を思いついたんです。今から説明しますね……」

『そこの貨物船!今すぐ停船しろ!さもなければ機関砲をぶちこむぞ!』
 我々に追いついた空賊から通信が入った。エル・バリーン号は停船し、その左舷側にロケットボートがぴったりとつけた。古い空雷挺を改装したロケットボートはエル・バリーン号よりなお小さく、流線型の船体にはあちこちにサビや細かい傷が浮かび上がっていた。
 2隻の船にはしごが渡され、短機関銃や山刀で武装した空賊たちがこちらに乗り移ってきた。
「お前たちがこの船の責任者か?運がなかったな、乗員を救命艇に移して船を明け渡せ。命までは取っていかない、なにしろ売れないからな!」
 勝ち誇った様子の空賊に対し、船長はニッと笑って言った。
「運がない?運がないのはお前たちの方じゃないのか?」
 その言葉と同時に、私と作業員たちが積荷の布をはぎとった。そこから現れた荷物、駆逐艦の主砲がロケットボートを照準している。
「なっ……!」
「ザイリーグ空軍だ!武器を置いて手を上げろ!」
 積荷の影に隠れていた将校が現れ、空賊たちに拳銃を向ける。少なくとも彼は空軍所属なので嘘は言っていない。
「早くしないとお前たちを船ごと吹き飛ばすぞ!5、4、3……」
「わ、わかった!分かったからやめてくれ!降伏する!」

その後、私達は将校のあとについてロケットボートの船内を捜索した。空賊たちを武装解除するためでもあるが、私にはもう一つの目的があった。
「船長、見つけましたよ。連中の使っていた空図です。」
 空賊船の艦橋にあった空図は659年改定のもので、そこにはしっかりとこれまでの航路が記してあった。
「なるほど、これで現在地が分かるってわけだな。」
 私が持ってきた空図に現在地とこれからの航路をプロットしていると、狭いはしごを上がって将校が姿を表した。
「お目当てのものは見つかったんですか?」
「ああ、これで明日の朝にはミネルグに着けるだろう。」
 そう聞いて、将校は佇まいを正した。
「そうですか、改めてありがとうございました。空賊を捕縛し納期も遅れなしとは……軍がエル・バリーン号を選んだのは正解だったようですね。」
 将校の褒め言葉を受け流し、艦長は素知らぬ顔で言った。
「礼なんていらないさ。民間運送船舶安全管理規程の違反を黙っててくれればな。」

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