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2023年読書振り返り


年末なので、1年の振り返り。


やる気次第で色々なテーマで振り返りはできるが、noteらしく読書について書き残すことにした。


今年読んだ中で特に感銘を受け、かつ広くお勧めしたいものを4冊、厳選で紹介する。



1.吉村昭. 関東大震災

 のっけから物騒なタイトルで引かれてしまうかも知れないが、今年は関東大震災から100年の節目の年。様々なメディアや団体が年間を通じ大々的にイベントを展開していたのは、記憶に新しい。テレビ特番や展覧会など、数え切れない。それらの中で、一番時間を割いて良かったと思ったのは、昔からあるこの一冊。

 この本は図書館の展示でその存在に気づいた。吉村昭といえば『戦艦武蔵』など戦記物や『破獄』のイメージが強く、この『関東大震災』や『三陸海岸大津波』といった「震災もの」の方は、やや知名度は下がるのではないかと思う。それでも、相当版は重ねている。

 建築・土木を中心に都市インフラは100年前とはかなり様変わりしているが、それでも、都市型の広域大災害とはどのようなものか追体験&想像力を培うのであれば、この本は「読み物」として今でも十二分に通用する。というより、これに次ぐ本が私には思い当たらない。

 歴史読み物としても分量と熱量、多視点からの歴史描写には、圧倒される。この本を読むと、中高の日本史教科書や歴史漫画ではせいぜい一節程度で片付けられている関東大震災の、事象としての「深さ」と「広さ」、歴史的に未曾有の厄災でありかつ様々な点から「近代的な事件」であったことに、驚かされる。

 この本が文藝春秋から刊行されたのは、震災発生から50年後の1973年。1995年の阪神淡路や2011年の3.11にも、後代の参照点として活きるこのような優れた書物は、望まれていると思う。ただしそれらは「まだ終わってない」ゆえに不用意には書けない、というのはあるのかもしれない。


 脇道に逸れるが、ブクログの「吉村昭おすすめランキング」2023.12.31時点のトップは、『羆嵐』。今年は熊の人里被害も大きな話題であり、これもまさにタイムリー。読んで見たくなる。


 なお、このnote記事のヘッダー画像は吉村昭の復元書斎。あらかわゆいの森図書館内にある吉村昭記念文学館の一画で公開されている。



2.青い日記帳. いちばんやさしい美術鑑賞

 私が知ったのはごく近年だが、著者はもう20年近く?執筆を続けている「アートブロガー」。その継続力には感服する。展評を中心にアート書籍の紹介など様々なアート情報を今も精力的に発信されている。

 この本は、図書館で別の目当ての本の横に並んでいて、気づいた。著者に関心はあったが、あまりの膨大な量積み重なったブログ過去記事を今から通読するのはシンドイなと思っていたので、手をつけるのにちょうどいい一冊だった。

 読んで一番感じたことは、文章力の巧さ。他書と比べズバ抜けている。アートを「提供」する側ではなく、一般市民として「受容」する側の視点を徹底し長年記事を書き続け至った境地なのだろう。内容も、アートを「提供」する側が往往にして省略したりお茶を濁している点を、文献や美術史といったソースをきちんと踏まえつつ著者の言葉で真っ向正面から語ってくれており、非常に有難い。

 この本を読むと、本物・実物の鑑賞だけでなく、テレビのアート番組を視るのも楽しくなる。

 知識という点では、(いくら創作に偏っているとはいえ)中高の美術で多少は知識がつく西洋美術編と比較し、知らなければずっと知らないままが続く気がする日本美術編の方が、個人的にはより読み応えがあった。


 

3.井奥陽子. 近代美学入門

 今年は美学に関する別の本(佐々木健一『美学への招待』)を先に読み、そのnoteも書いた。その後、新刊でこの本に出会い、さらに美学について学びを広げることが出来た。

 美学なら当前の作法なのかもしれないが、言葉と概念を非常に丁寧に扱いながら、論考が展開される。正直、物語/情動的な読み物以外の「シリアス」な書き物は、全てこうあって欲しいと常々思う。非常にツボだった。

 あまりにも内容、すなわちトピックと解説が素晴らしく、逆説的だがそれゆえ、これから美学を学ぶ人、具体的には中高生や文系大学生には、この本から美学に入ったら勿体無いと思うほど。中高生なら美術の授業で、文系大学生なら教養あるいは専攻入門あたりで美学を受講し、この本はそれを終えてから読む方が、真の意味での学び・滋養になる。どうしてかというと、この本は問いも理屈もあまりに懇切丁寧に述べてくれてしまっている至れり尽くせりので、まだ美学的な問いを自身で立ててない状態で読むと、「エスカレーター読書」になってしまうから。逆に美学的な思索を(それを美学と認識するかどうかは別にして)自身の内発的な問いとして立てた経験が多いほど、この本は良い話し相手になる。

 もう1つこの本について言及しておきたいのは、佐々木健一『美学への招待』とこの本の内容(論点や取り扱っている作品など)にほとんど重複はなく、「どうせ同じような本だろう」と忌避する必要が全くないということ。佐々木健一の『美学への招待』は今とこれからの美学を扱っており、基本過去の範疇である西洋近代美学に関しては最低限かつ学術的な引用を意図的に避けて記述している。一方本書は、未だ自覚すべきものとして世間で引きずられている西洋近代美学(的思想・価値観)を(新書というスタイルの範疇ではあるが)学術的な知見をハッキリさせながら説明しており、まるで示し合わせたかのように理想的な意味でこの2冊は好対照。

 そのような学術的な関心は抜きにしても、口絵で紹介された作品の解説書として読んでも、非常に満足度が高い。

 個人的には、そのうち読まなくてはと思いつつずっと手つかずでいるカント『判断力批判』について、ごく一部とはいえそのエッセンスに触れられたことも、良かった。



4.上野千鶴子. 情報生産者になる

 非常にそそられるタイトルで前々から気になっていたものの、手をつけずにいた一冊。今年遂に読んだ。結論として、類書は多いがこの本が1番。

 内容は、いまどきの社会学の論文はこう書く、に尽きる。はっきり言って理系の学生も、この本を読んだ方がいい。精密さが要求されそしてやや専門性の高い統計的分析と、経験・度胸・テクニックを磨く必要があるプレゼン以外の局面に関しては、この1冊に書かれている通りに作業して書けば学術的成果(論文)に仕立て上がる。ずば抜けた構成の良さと迷いのない言い切り(上野節?)が、読み物としてもとにかく爽快・秀逸。

 この本を読んでいくつもモヤモヤが解消しスッキリした。そんな中でも特に興味深かった一つが、昨今なぜか持て囃されている?質的研究法GTA(Grounded Theory Approach)に対する上野の見解。もっと前からKJ法でほぼ同じことできてる、というコメント(p.160-161)。恐らく非常に深い地点までいくとGTAとKJ法(の応用)で研究成果到達点等で差が出るのだろうが、そこまで両方の方法を突き詰めて使いこなせている研究者は、どれぐらいるのだろうか。

 上野千鶴子の名前は知ってはいたがその本を読んだのはこれが初めてで、この本を通じ上野千鶴子その人やその業績を知れたのも、個人的に非常にお得だった。



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今回紹介した4冊中3冊がちくま新書。多分たまたまだが、ひょっとしたら他の新書と比べちくま新書は紹介しやすいテーマがやや多いのかも。

全体的に、美術・芸術・アート関連の本に惹かれることが多い1年だった。展覧会・ミュージアム巡りやアート番組視聴との相乗効果でこうなっているのは、間違いない。ある種の知的好循環なのかもしれないが、その代わり他のジャンルの本が遠景に霞んでいる感も、ある。



以 上


誠にありがとうございます。またこんなトピックで書きますね。