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深淵を覗く。「超変態による本気のいたずら電話(ストリップ・サーチ悪戯電話詐欺事件)」

 アメリカで起こった連続した悪戯電話は通称「ストリップサーチいたずら電話詐欺」と呼ばれ、犯人と思われる男が逮捕される2004年まで10年間に渡って続いた性暴力事件である。ストリップ・サーチとは「検身」と呼ばれる全裸にして行う身体検査のことである。
 犯人は警察官を自称し、レストランや食料雑貨店に電話をかけ「警察への協力行為」を語り、店長らを誘導し、女性店員を裸にして身体検査、その他性的な行為をするように仕向けた。
 狙われた店の多くは、アメリカの小さな田舎町にあるファストフードレストランであった。特筆すべきは、犯人は実際の裸体を見た訳でも自ら性的行為を行った訳でもないことだ。この事件は電話のみで行われた性暴力である。
 犯行は全米に渡り70件を数え、行われた場所も30州もの広範囲に渡っていた。

 犯行の手順はまるでマニュアルのように一貫している。
 警察官を名乗る男が電話をかけてきて、店長かフロア責任者と話したいと伝える。店長らが電話口に出ると、男は警察への協力を要請し、窃盗などの容疑をかけられている従業員がいるので、拘束して身体検査をするよう依頼する。どの従業員が疑われているのかわかるように男は容疑者の身体的特徴を伝え、個室などに隔離したのち、指示をエスカレートさせてゆく。

 犯行の最初は1992年にノースダコタ州デビルズレイク、ネバダ州ファロンで電話があったことが確認されている。
 2000年11月30日、ケンタッキー州リッチフィールドにあるマクドナルドの女性店長が、電話をかけてきた男の指示に従い客の前で服を脱がされた。男は女性店長に対し「目の前の客は性犯罪の容疑者で、囮となり客が興味を示せば、覆面警官が犯人を逮捕できる」と信じ込まされていた。ここから男はその話術精度を上げていく。
 2003年2月、ジョージア州ハインズヴィルのマクドナルドで、女性店長のもとに警察官を名乗る者から電話がかかってくる。その者は、「フランチャイズ加盟店のGWDマネジメント社の営業責任者が同席している」と偽り指示を始めた。女性店長は指示された通り、19歳の女性従業員を女性用トイレに連れて行き、服を脱がせて身体検査をし、さらには55歳の男性従業員に命じて女性従業員が膣内部にドラッグを隠し持っていないか調べさせている。
 2003年1月26日、アップルビーズ・ネイバーフッド・グリル&バーの店長補佐が、エリアマネージャーを名乗る者からコレクトコールを受けたあと、ウェイトレスに危害を加えた。
 2003年6月3日、アラスカ州ジュノーのファーストフードレストラン・タコベルの店長が「本社と協力して薬物乱用の捜査に当たっている」と警察官を名乗る者に電話で指示され、14歳の女性客の服を脱がせ、わいせつな行為を強要した。
 2003年7月、フロリダ州パナマシティーのウィン・ディキシー食料雑貨店の36歳の店長が、電話で指示され、電話で述べられた身体的特徴に適合すると思った19歳のレジ係の女性を事務所に連れて行き、服を脱がせて身体検査を行った。身体検査はエスカレートし、女性は様々なポーズを取らされていた。他の店長が事務所にカギ束を受け取りに来て初めて女性は解放された。
 2004年3月、アリゾナ州フェニックス近くのファウンテンヒルズのタコベルで、17歳の女性客が店長に服を脱がされ身体検査をされる。店長は警察官を名乗る男から電話を受けていた。
 2004年4月9日に起こった事件が最も有名である。ケンタッキー州マウントワシントンのマクドナルドに1本の電話がかかり、店長補佐のドナ・サマーズが取った。

 電話の主は自分を警察官「スコット巡査」と名乗り、「華奢な体つきで黒髪の若い白人」の女性に窃盗の容疑がかけられていると伝えた。サマーズはおそらくその女性は当日シフトに入っている女性従業員ルイーズ・オグボーンだと考えた。
 スコット巡査は従業員への身体検査などという些細な仕事に派遣できる警察官はいないため、店内で身体検査をしてみてほしいとサマーズに要求した。

実際の監視カメラの映像

 ルイーズは事務所に連れていかれ服を脱がされた。サマーズは電話の主の指示通りに、女性従業員の服をビニール袋に入れ自分の車の中にしまった。もう一人の店長補佐であるキム・ドッケリーも身体検査の立会人として、その場に居合わせる必要があると信じ込まされている。
 検査をし、1時間後にドッケリーはその場を離れ、サマーズは自分もカウンター業務につかなければいけないと電話の主に告げると、手伝いのために信頼できる誰かを呼ぶよう指示された。サマーズの婚約者であるウォルター・ニックスが呼ばれ、サマーズから女性従業員の件を引き継いだ。

 ニックスは電話の主からの指示に2時間ものあいだ従い続けた。女性従業員の裸を隠していたエプロンを奪い、飛び跳ねさせたりジャンピング・ジャックス(ジャンプしながら両手を振り上げて頭上で打ち鳴らす動作)させている。
 男の指示はエスカレートし、検査のため指を膣に入れて内部をニックスに見せるよう強制したり、ニックスの膝の上に座りキスするよう指示し、彼女が拒むと命令に従うと彼女が誓うまでニックスに尻を叩かせた。電話の主は女性従業員とも会話をし、言われたとおりにしないとさらにひどい罰を受けねばならないと脅した。
 ルイーズはこの時のことを「あの恐怖は一生忘れることはできない」と述べている。彼女は2時間半ものあいだ事務所に閉じ込められたのち、ニックスにオーラルセックスを行うよう強要された。サマーズが時折事務所に戻って来る時は、エプロンで裸を隠すようルイーズに命じていた。

 状況に動揺してきたニックスは、電話の主に席を離れることを許可され、その代わりにサマーズがニックスの代わりになる誰かを見つけるよう指示された。その場を離れたニックスは友人に「とんでもなく悪いことをしてしまった」と電話している。
 夕食の時間になって店が混みはじめて従業員に余裕がなくなってきたため、ニックスの代わりとなる誰かが必要となり、サマーズは店のメンテナンスを担当していて、デザートを食べようと店に立ち寄ったトーマス・シムズを見つけ、事務所でルイーズを見張るように指示した。
 シムズは電話の主の命令を怪しみ、従うのを拒んだことで、初めてサマーズは疑い店長に電話をしようと思い立った。男は、店と店長の両方と同時に通話していると話していたからだ。店長に電話をすると、仮眠をとっており警察官と会話などしていないことを聞き電話がいたずらだとようやく理解した。
 電話は途端に切れ、次に他の誰かから電話がかかってくる前に、従業員の一人が「*69」をダイヤルし、先ほどまでの電話をかけていた人物の電話番号を調べている。
 警察に通報がなされ、ニックスは性的暴行の容疑で逮捕された。この出来事のすべては事務所に設置されていた監視カメラに記録されていた。そして、捜査機関が介入した。

 この電話は、店と交番の両方を見渡して警察官の行動を把握できる、店の近くの公衆電話からかけられたと考えられていたが、捜査によりフロリダ州パナマシティーのスーパーマーケットにある公衆電話からかけられたことが分かった。
 マウントワシントン署ではネットでの検索でこの事件が10年近く続く一連の犯行の一つであることを突き止めた。しかし、マウントワシントンでの犯行は、一連の犯行の中で最も電話をかけた場所と電話をとった場所が遠く、最も犯行時間が長く、最も多くの人々を巻き込んでいた。つまりはこのケースは犯人にとって大成功だったのだ。
 捜査により電話はAT&Tのコーリングカード(電話用のプリペイドカード)を使ってかけられたことが判明した。さらに、こういったカードを一番多く売っていた店はウォルマートであることが判明した。
 捜査員らはパナマシティー署と連絡を取り、マサチューセッツ州のフラハティという探偵がボストン地区のレストランにかけられた電話の調査を進めていることを聞き、さらにパナマシティーのウォルマートの監視カメラの映像を入手済みであることを知った。
 探偵フラハティの協力により、捜査員はマウントワシントンの件で使用されたテレフォンカードのシリアルナンバーを突き止め、それがマサチューセッツ州の件で使われたカードとは別のウォルマート店舗で購入されたことを突き止めた。
 そのウォルマート店舗のレジに残された記録から、該当するテレフォンカードが購入された時刻が分かり、警察は監視カメラの映像を押収した。マサチューセッツ州の事件では、監視カメラが駐車場に向けられていたため、手がかりを見失ったが、マウントワシントンの事件で使われたカードが購入された店舗では、監視カメラがレジに向けられていた。
 監視カメラの映像には民間刑務所の刑務官の制服を着た男がテレフォンカードを買う様子が映っていた。
 警察はこの映像を容疑者のモンタージュに加工し人事部に照会したところ、この者はデビッド・R・スチュワートという妻と5人の子を持つ男だと判明した。
 警察の取り調べに対してスチュワートはテレフォンカードを買ったことを否定したが、捜査官はスチュワートの家から1枚のカードを押収し、そのカードは過去に9件のレストランに電話をかける際に使われたこと、そのレストランの中には店長がだまされたアイダホフォールズのバーガーキングも含まれていたことが判明した。

デビッド・スチュアート

 自宅からは何十もの各市警への願書、何百もの警察関連雑誌・警官を模したコスチューム・ピストルやそのケースも押収され、彼は警官になること、あるいは警官になっている自分を想像しながら犯行に及んだのではないかと推測された。彼は警官マニアだったのだ。
 逮捕後、スチュワートは警察官を騙った罪と男性同士の性交を唆した罪でケンタッキー州に移送された。しかし有罪判決は受けなかった。検察と弁護側双方が、彼の犯罪への関与を示す直接的な証拠がないため法的判断ができないと主張したからである。あくまでプリベイドカードが彼である可能性を示唆しているとしか証拠としてなかったからだ。

 この男、恐ろしく偏り、尖った変態であることは言うまでもない。
 偽警官がマウントワシントンのマクドナルドに電話し指示したのは以下の内容だ。
・服を脱がせる。
・下着を脱がせる。
・前屈みになって椅子の上に立たせる。
・隠しているものを全て振るい落とすためにジャンピングジャックをさせる。
・「先生」と呼べなかった時お尻を叩かせる。
・裸のまま膝の上に座らせる。
・膝の上に座ってキスをさせる。
・お金を隠していないことを証明するために性器を見せさせる。
・オーラル・セックスをさせる
・胸、性器の形、ブラのサイズまで説明させる。
 尋常でない内容だ。これらは明らかにセクシュアルな内容を含み、性的興奮を伴うサディズム行為だ。
 証拠の乏しさから男を監獄に閉じ込めることはできなかったが、様々な証拠は彼が犯人であることを物語っている。現に2004年にデビッドが逮捕されて、詐欺電話は止まっている。
 彼の自宅には警察関係の書籍が沢山あり、何度も警察に応募し、警官になることに固辞していた。彼は極度のコントローラーであり、権力で人を支配したい欲求が強かったのだろう。刑事裁判の際にも、マイク・マン検察官は「証拠はデビッド・スチュアート以外の人物を示しているとは思わない」と述べている。
 彼は、スピード違反すら犯したことがなく、地元では彼を嫌っている人間はいなかったそうだが、隠した陰鬱な欲望は誰にも見つからないところで歪んだ形で発現していた。
 権力を使って人をコントロールすることに快感を感じる人間で、なかなかイカれた超変態だ。女性の裸を見ることもできないし、実際に性行為できるわけでもないにも関わらず70件にも及ぶ性暴力を伴う悪戯電話をやるのは、訓練でもなんでもあるまい。ただただ好きなことなのだ。

 この事件で思い出したのは有名な「ミルグラム実験」だ。これは閉鎖的な状況における権威者の指示に従う人間の心理状況を実験したものである。
 イエール大学の心理学者、スタンレー・ミルグラムが1963年に発表した。

スタンレー・ミルグラム博士

 実験の結果は、普通の平凡な市民でも、一定の条件下では冷酷で非人道的な行為を行うことを証明するという残酷な事実であった。
 被験者たちは「教師」役となり、あらかじめ体験として45ボルトの電気ショックを受け、「生徒」が受ける痛みを体験させられる。

 次に「教師」と「生徒」は別の部屋に分けられ、インターフォンを通じてお互いの声のみが聞こえる状況下に置かれる。被験者には武器で脅されるといった物理的なプレッシャーや、家族が人質に取られているといった精神的なプレッシャーは全くない。
 「教師」は問題を出し、「生徒」は4つのボタンで答える。「生徒」が間違えると「教師」は「生徒」に電気ショックを流すよう指示を受けている。また電圧は最初は45ボルトで、1問間違えるごとに15ボルトずつ電圧の強さを上げていくよう指示された。6つの電圧の段階が分かれており、最大450ボルトの電圧まで設定がされていた。

 「教師」は実際に電圧が流れていると信じ込まされるが、実際には電圧は流れておらず、各電圧の強さに応じてあらかじめ録音された苦痛を訴える声がインターフォンから流される仕組みとなっている。電圧を上げるにつれて段々と苦痛のリアクションが大きくなっていくのであるが、450ボルトともなれば拷問を受けているかの如くの大絶叫だった。
 「教師」が実験の続行を拒否しようとすると、白衣を着た博士らしき男が感情を全く乱さない態度で後遺症の心配はない、大丈夫だと通告した。
 白衣を着た男性から4度目の通告がなされた後も、被験者が実験の中止を希望した場合はその時点で実験は中止された。そうでなければ、設定されていた最大電圧の450ボルトが3度続けて流されるまで実験は続けられた。
 実際の実験結果は、「被験者40人中26人(統計上65%)が用意されていた最大電圧である450ボルトまでスイッチを入れた」というものだった。実験の意義を疑った者も、実験の中止を願い出たりするものもいたが、白衣の博士らしき男の強い進言によって一切責任を負わないということを確認すると実験を継続しており、300ボルトに達する前に実験を中止した者は一人もいなかった。

 「教師」と「生徒」を同じ部屋にさせた場合や、「教師」を「生徒」の体に直接触れさせることで電圧の罰を与えて従わせる場合など、「教師」の目の前で「生徒」が苦しむ姿を見せた実験も行われたが、それでも前者は40人中16人(統計上40%)後者は40人中12人(統計上30%)が用意されていた最大電圧である450ボルトまでスイッチを入れたという恐ろしい結果になった。そのことを男は知っていたのか、警察マニアの慣れの果てなのかを確認する術はない。

 この事件は、「コンプライアンスー服従の心理ー」という題名で映画化している。

 ミルグラム実験やアイヒマン実験により示唆されたのは自分の安全が損なわれず、信頼性のある人間に保証されれば、権威に従い人間は自分の倫理観以上に非情なことを行えるということだ。この心理効果を知ってか知らずか、犯人は何度も実際にトレーニングを行い、話術の能力を高めていったのであろう。実際の警察官であるかのように振る舞い、どこまで盲目的に性的な無茶振りに従うかにより快感を得ていたのだろう。こいつが恐ろしいほど屈折した変態であることは言うまでもない。

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