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まちカドまぞく考察(3) リリス

この記事にはまちカドまぞくのネタバレを含みます.

まちカドまぞくにおいて,主人公シャミ子のご先祖であり闇の一族の始祖であるリリス.

今回はまちカドまぞくを少し離れて,一般的な創作における「リリス」について,その由来や歴史をまとめてみようと思います.

間違ってたらごめんなさい.

はじめに

一般的にリリスというと,アダムの最初の妻という文脈で登場することが多いようです.エヴァンゲリオンにおいても,第3新東京市地下に格納されていた第2使徒リリスは地球上の全生物の始祖とされており,第3以降の使徒を生み出した第1使徒アダムと対をなす存在として描かれていました.

私事ながら,つい先日無料公開されていた新劇場版Qを観たのですが,さっぱりわからんちんでした.

他にも,リリスというとサキュバスの一味であったり,夢魔であったり,サタンの妻であったり,アダムとイブにりんごを食べさせた蛇だったりと色々な要素がマシマシになっているように思います.

では,これらの要素は一体どこから来たのでしょうか.それを探って自分なりにまとめたのがこの記事というわけです.

創世記におけるリリス

実は聖書の正典に「リリスはアダムの妻である」といった記述はありません.名前自体はイザヤ書に

野の獣はハイエナと出会い,鬼神はその友を呼び,夜の魔女(リリス)もそこに降りてきて,休み所を得る.

と記載があるといえばあります.(厳密に言うと「記載がある」という主張も怪しくなってきます.聖書の英訳でも,「夜の魔女」の部分は"Night creature"だったり"Night owl"だったりします.)

ここではリリスは夜行性の動物や妖怪のようなものとして描かれていますが,しかしその他の,上述した要素の由来になりそうな情報はほとんどありません.

にも関わらずそういった認識が共有されているのには,超複雑な歴史的経緯があります.

旧約聖書のいちばん始めにあたる創世記には,神が世界や生物を創る過程,すなわち世界創造が描かれています.その中にはもちろん,最初の人間に関する記述もあります.

神は自分のかたちに人を創造された.すなわち,神のかたちに創造し,男と女に創造された. (創世記(口語訳),以下同じ)

神は最初に,自分に似せて男女を創造したようです.ではこれがアダムとイブなのかというと,実はそうではありません.

世界創造の直後に続くアダムとイブの楽園追放の件では,最初の男女の出自は以下のように説明されています.

主なる神は土のちりで人を造り,命の息をその鼻に吹きいれられた.そこで人は生きた者となった.
主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り,人のところへ連れてこられた.そのとき,人は言った.「これこそ,ついにわたしの骨の骨,わたしの肉の肉.男から取ったものだから,これを女と名づけよう」.

要は,まず最初に男を土のちり(アダマー=地面)から造ったものの,良い相方が他の生物に見つからなかったため,男のあばら骨を取って,そこから女を造ったということです.

この記述は,先に述べた世界創造において同時に創造したはずの最初の人の出自と矛盾してしまいます.聖書は複数の出典を持つ物語のごった煮なので,こういった矛盾がしばしば生まれてしまうようです.

ベン・シラのアルファベットにおけるリリス

この矛盾を解決するため,中世のユダヤ人考察班は「ベン・シラのアルファベット」と呼ばれる冷奴を作りました.

ベン・シラのアルファベットには,ベン・シラ(Jesus Ben Sirach)という実在の人物が語ったとされる22の箴言と,それに続いてベン・シラに関する22のエピソードが記述されています.これらは,ベン・シラと新バビロニアの王ネブカドネザル(イシュタル門や空中庭園を造ったとされる)の問答の形を取っています.

ネブカドネザルといえば,エヴァの旧劇場版ではアダムの胎児とされていたものが,新劇場版では「ネブカドネザルの鍵」に変わってましたね.ついでに,ベン・シラと対話したのとは違うネブカドネザル1世はマルドゥック神と関係があります.これらの謎はシン・エヴァで回収されるのでしょうか.(されなさそう)

その内の一つに,リリスに関する言及があります.

ネブカドネザル王は,息子が病に倒れ,ベン・シラに助言を求めました.するとベン・シラは王に3つの天使の名が書かれた護符(お守り)を渡しました.王がこの名前について尋ねたところで,ベン・シラは先述したアダムとリリスの物語を紹介します.

つまり,世界創造の際に創造された男とアダムは同じ男を指しているが,世界創造時の女とイブは別人であるということにしたのです.

続いて問題になるのは,何故リリスとアダムは別れてしまったのかという点です.これについては,リリスがアダムと(えっちの際に)平等に扱われないことに腹を立て,口論になって家出したためと冷奴されました.家出の際には大声で神の名を叫んだそうですが,これはユダヤ教ではNGな行動です.

神は彼女を連れ戻すために天使を遣わせたりしたものの収拾は付きません.

天使はリリスに「逃げたままならリリスの子ども100人を毎日殺す」と脅すも拒否.続いてリリスを海に沈めようとしたところで,彼女は「私は幼児を病気で苦しめるが,追いかけてきた天使3人の名前を記した護符を持っていたら見逃す」と約束しました.

ベン・シラのアルファベットの影響は大きく,リリス避けのおまじないとして割礼時に護符をもたせたり,天使の名を書いたり詠唱したりといった習慣が西洋では定着していたようです.

メソポタミアにおけるリリス

ベン・シラのアルファベットにおけるリリスの記述はオリジナルというわけではなく,別のもっと古い伝承に由来するようです.

ユダヤ教誕生よりも更に昔から,古代メソポタミアにおいてリリスは怪物の名前として存在していました.物語自体は紀元前2000年頃から語られ続けてきたという説もあります.

最初期の物語においては,リリスとは特定の一人を指す言葉ではなく,悪魔の集合の一つを指すものでした.

「リリス」に関連した用法をされる名前に「リリン」「リリ」「リリトゥ」等がありますが,これらはそれぞれ

・リリス シュメール語の女性単数名詞
・リリン シュメール語やヘブライ語の複数名詞
・リリ シュメール語の男性複数名詞
・リリトゥ アッカド語の女性名詞

になっており,表す概念自体は同じであるようです.荒野から風にのってやってくる怪物や出産時に死んだ女性の亡霊が上記の名前で呼ばれており,今よりはだいぶ穏やかな存在だったようです.

シリアのアスラン・タシュで発見された前7世紀ごろの護符にも「リリン」の名が刻まれています.この時代にはもう,リリス避けには護符が有効であるといった設定が生まれ始めていたということになります.

ユダヤ教には現代でもメズーザーという慣習があります.メズーザーは小さい筒状の容器で,家の入口に取り付け,家を出入りする際にはこれに触れながら祈りの言葉を捧げます.このアスラン・タシュの護符は,そういった文化の起源であると考えられているようです.

ここからがまちカドまぞく的に興味深い点なのですが,実はこういったメズーザーは魔除けの機能を持つというだけでなく,神の怒りを退けると解釈されていたようなのです.神のエジプトに対する10番目の災いを退ける戸口(メズーザー)の印もその一つであると考えられ,これは正に,今日の過越祭の由来になっています.

あとアスラン・タシュって喫茶あすらと関係あったり?(超冷奴)

ラミアとリリス

ラミアといえば,ギリシャ神話の半人半蛇のモンスター娘ですが,女性であること,青年を誘惑したり子供に害をなす存在であること,夜行性なこと,人の血を吸うことなど,リリスと多くの共通点があります.

「ラミア」は聖書がラテン語に翻訳された時に「リリス」の訳語に当てられ,そこで両者の性質が混同したと思われます.両者がどう影響し合ったのか,どちらがよりオリジナルなのかはよくわかりませんが,リリスという言葉にサキュバス的属性や蛇属性が関連付けされたのはこの時期だったと思われます.

ユダヤ/キリスト教における悪魔をまとめた最初の記録である「ソロモンの聖約」(3世紀ごろ成立)にはAbyzouという悪魔が登場します.この悪魔は不可視の手足とボサボサの髪をしており,出産時に子供を絞め殺すが,この悪魔の名前を書いておけば回避可能であるといった記述があります.この本はギリシャ文化の影響を強く受けているとされており,この悪魔がリリス=ラミアに由来する可能性は高いでしょう.

実際,6世紀に成立したバビロニア・タルムードでは同様の特徴が,今度はちゃんと夜の妖魔リリスのものとして描かれています.この中には,「家で一人で寝ているとリリスに襲われる」といった記述があり,これを性的な意味に捉えるならば,夢魔的な要素が付加されたのはこの時期となるでしょう.

この時点で,あらゆる女性的悪魔要素を取り込んだ現在のリリス像がだいたい完成したようです.先述した「ベン・シラのアルファベット」の成立はこの少し後になりますが,こういった「悪い女性」としてのリリスは,アダムと神に反して家出した最初の女と同一視するのにちょうど良かったのかもしれません.

サタンの妻としてのリリス

しばしば,リリスはサタンの妻であったと言われることがあります.これは13世紀のカバラ主義者が考えたもののようです.厳密にはリリスはサマエルという死を司る天使の妻でしたが,サマエルがルシファー=サタンと同一視されたことで,「リリスはサタンの嫁」説が完成しました.この頃にはもはや,リリスは悪魔の集合というよりは単一の存在を指す固有名詞として定着していたようです.

サマエルはアダムとイブの楽園追放の原因として語られることが多く,直接,あるいは蛇を使って間接的にイブを誘惑したと語られています.

リリスはラミアと融合したことで蛇属性を持っていたことは前述のとおりです.それ故,この蛇がリリスと同一視され,「リリスはアダムとイブをそそのかした蛇である」という概念が普及したのでしょう.

まとめ

リリスは4000年近くの年月を経て次々にその性質を変化させてきました.

メソポタミアにおいては砂漠に住む怪物程度だったものが,幼児を狙う殺人鬼になり,えっちな夢を見た責任を押し付けられ,アダムの最初の妻になり,サタンの妻になり,悪魔の生みの親になり,人類が楽園追放されたきっかけになり…と,あらゆる女性の悪い面を取り込んだ単一の存在になってしまったのです.

シャミ子は悪くないかもしれませんが,リリスは闇の始祖を名乗るに十分な業績を持つと言えるでしょう.

いかがでしたか?私は家で一人で寝ていようと思います.

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