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【夏ピリカ】鏡あらわる

とつぜん、目の前に大きな鏡が現れた。
楕円形の、つるりと光るそれに映っているのは、わたしじゃない。

ななめ前の席で、向かいあうようにして給食のカレーを食べる、クラスメイトの石川くんだ。

ワイシャツの白とセーラー服の水色に沸いた、
にぎやかな教室で思わず目を瞬かせた。


ためしに、スプーンでカレーを掬ってみた。
鏡を見ると、石川くんも同じようにしていた。

ほおばる。
もぐもぐと、口を動かす。

鏡のなかの石川くんも
同じようにカレーを食べている。


……何これ。


あんまり見すぎていたのか、石川くんが
怪訝そうに顔を上げた。

お互いの視線が、ばちばちっと弾けた。
あわてて俯くと、石川くんも下を向いて、また、
スプーンでカレーを掬った。


かぁっと、顔が熱くなる。

「マナミ、わかりやすすぎ」
隣の席のチカちゃんが、小声で笑った。

もういちど顔を上げると、もう、鏡はなかった。




中1の頃。 

吹奏楽部の帰り、階段を降りるとき石川くんとすれ違った。おなじ小学校だったけれど、話したことはない。

彼は、柔道部の部室に向かって歩いていった。
入部するの? 背負い投げされたら大怪我しそうなのに。

それから、教室の廊下や通学路なんかでよく見かけるうちに、彼を目で追いかけるストーカーもどきになっていた。

ちなみに、中3の今日まで彼は帰宅部のままだ。


鏡が石川くんを映したのは、
カレーを食べている時だけじゃない。

授業中、「はい!」と手をあげるとき。
給食を、おかわりするとき。
休み時間に席を立つとき。

帰りの会が終わって、リュックを背負うとき。

そんな時は、必ず、あの鏡が
目の前にボンッと現れるのだ。


ねぇ、石川くんも、鏡が見える?
そこに映ってるのは、わたしなのかな。


訊きたかったけど、訊けなくて。
それどころか、「おはよう」「また明日」
すら言えなくて。

なんで告白しないのって、チカちゃんに訊かれても、高校違くなるからって、笑ってごまかしたまま、卒業の日を迎えてしまった。


たくさんの友達に囲まれているのに、
石川くんは、どこか寂しそう。

と思うやいなや、また、あの鏡が現れた。

彼とわたしは、
バッチリ見つめあうことになった。


……いやだ!!


このまま、なにも言えないなんて、いや。
鏡のこと話したいのに。
卒業おめでとうって言いたいのに。

言葉がひとつも、出てこない。


胸が張り裂けそうで、わたしは
校舎の外へ走り出した。


「マナミ!」

息を切らしたところに、
チカちゃんの声が飛んできた。

正門にかかる、紙でつくられた紅白の花のアーチが、遠くに見える。


まいにち歩いた通学路。
十字路には、カーブミラー。

そこに映り込む、マッチ棒みたいな女。
それは、とぼとぼ歩く、制服姿のわたし。
ひ弱で、いつもくよくよしてばかりの。

こんな自分を好きになれないまま、卒業なんて。

「いやだぁ……」
頬を濡らし、しゃくりあげる。
「マナミ、泣かないでぇ……」
チカちゃんも、しくしく鼻をすすり顔を覆った。

(1.200字)





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