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【エッセイ】なんでも話せる友だちは


20代後半あたりの頃、
結婚した友だちの新居に遊びに行った。

新居に呼んでくれた友だちも含めて、5〜6人くらいの友だちは全員、高校のころ3年間おなじクラスだった仲間たちだ。

卒業後、別々の大学に行って別々の職場に就職し、別々の職種の仕事をするようになっても、
定期的に会っているメンバーである。


ピザを肴に、新居でのおしゃべりが盛り上がってくると、ある友だちが、その日来れなかった友だちの話を始めた。

「あの子、同棲中の彼氏とうまくいってないみたいで。こないだ、とつぜん、おうちに帰りたくないって電話きてさ、ドライブしたんだよね。それで、そのとき言ってたんだけど……」



……お、おい!

こんなことまで話しちゃうの!?



彼女の口から出てくるのは、これを知られてるなんて、と驚愕してしまうレベルの、友だちとそのパートナーとの諸問題のオンパレード。

グループの中でいちばん信頼できる友だちだから、あの子は夜のドライブで、軽々しく人には言えないでいることを、洗いざらい彼女に話したのかもしれない。


そんな大事な話を、わたしたちが逐一、本人のいないこの場でシェアしてしまっている。
申し訳なさすぎる。


いよいよ体が縮こまりだしたとき、高校のころからリーダー気質だった別の友だちが、高々と声をあげた。


「よし! 今からあの子よんで、話を聞こう!」



……はいぃ!?

そ、そうなりますぅ??



その子は言うやいなや、ズボンのポケットから
おもむろに携帯を取りだして、あの子に電話をかけたのだ。



ちょ!

ちょっと待って!!


聞いたよー
彼氏とうまくいってないんだってー?
話してみなよぉ、
うちら聞いてあげるからぁー。


みたいなことを、いま言うつもり??
本人から、じかに「相談にのってほしい」と
お願いされたわけでもないのに?


えぇぇ……。
なんか嫌だなぁ……。

かなりマズいことになりそうな気がする。





びくびくしているわたしとは裏腹に、その場にいた5人全員、キラキラと目が輝いていた。

結局、電話は繋がらず。

マズい展開は避けられてホッとしたが、このときのことが、ますます強く心に残った。



卒業して10年経っても、
まだこんな感じかぁ……。

かけがえのない日々を過ごした仲間たち。
いっぱい助けてもらって感謝もひとしおだけど、「なんでも話せる」わけじゃないなぁ。
むしろ何も言えねぇ。


思えば、学生時代に6年? 付き合った彼氏と別れたときだって、みんなには言わなかったし、

なんなら志望大学に落ちて、地元の短大に行くと決めたときにも、みんなには言わなかった。


恋バナや成績のこと、隠しているけど浪人生らしいクラスメイトのこと、中学のころ不登校だった、別のクラスメイトのこと……。


そんなことまで!? な情報が、
ちょっと誰かの口から漏れると、もうクラスじゅうに拡散されてしまう環境は、高校の頃から変わっていないのか。

まさか、アラサーになって
みんなそれぞれ仕事や家庭があったりで、
まいにち教室でおしゃべりすることが
もうなくなっても、

女子特有のネットワークだけは健在とは!


以来、友人たちに自分のことを話すのが
さらに怖くなった。
去年の秋の、高校のクラス会のときだって、
俳句という新しい趣味ができたことすら、
みんなには言えなかった。

いや、それは言っていいか。



わたしにとって、なんでも話せる友だちは、
口のかたい友だちなのだ。


口のかたくない人が大半な、元クラスメイトのなかにも、決して人のことをしゃべらない友だちも、少ないが居た。

その子たちとは、安心しておしゃべりできる。

以前書いたYちゃんも、高校でおなじクラスだったが、秘密を漏らさないタイプの友だちだ。


Yちゃんについては、こちらで詳しく↓



ただYちゃんは10年ほど前に結婚してから、
ずっと東京で暮らしている。
このご時世、飛行機で互いの居住地を行き来するのはなかなか難しく、もう3〜4年は会えていない。

会えたら、もうすぐ3歳になる娘が可愛すぎるとか俳句がどうのとか、ドン引きさせるくらいのマシンガントークを繰り広げてしまいそうで、ちょっと、自分が怖い。


そんなことにはならないよう、まずはYちゃんの話を、じっくり聞きたい。そして、聞いたことはなるべく、わが胸にしまっておく。

デリケートなことは、なおさら。

信頼して話してくれたはずなので、
わたしだけで独りじめするのだ。



悩みとか過去のこととか、嫌なこともいいことも、あんまり何でもかんでも分かち合うと、
こうも何もかも話せなくなるものなのか。


隠しごととか、そういうのは無いほうが、もちろんいいのかもしれないし、こそこそしているよりは、オープンなほうがいい。

それはそうだが、仲間にも家族にも踏みこめない場所が胸のうちに1つくらいあったほうが、

自分の心を守れるのではないか。


そして、踏みこめない場所にズカズカと土足で上がりこんでいこうとする人よりも、その場所には入らないようにしてくれる人のほうが、

わたしにとっては、信頼度が高い。


秘密を話してもらえるというのは、「そのひとしか入れない場所に招いてもらえた」ということだと思っている。

いつもは鍵かけて入れないようにしている部屋に、わざわざ入れてもらった、みたいな特別感。

それを大事にすることを、
ひとの心を大事にすることに繋げたい。


わたしも、夫や娘にいろんなことを根掘り葉掘り聞いたりせず、夫や娘から「個人的に」聞いたことを、うっかり誰かにしゃべったりしないよう、細心の注意を払わねばならない。

そして、かれらにもあるはずの「心の聖域」に、安易に踏み込まないよう暮らせたら良い。



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