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これからも「水を得た魚」で生きていこうと思う。

人との関係性について

社会人になる前、自分がサービスを提供する人とどんなふうに関われたら幸せだろうと考えたとき、「継続的にその人の生活レベルから関われたら幸せだな」思った。ふんわりと。

BtoBだと商談のときだけ関わる、とか、BtoCだと買い物で終わる関係性じゃないかな~と思ったのだ。(大学生のわたしが思ったイメージ先行でざっくり例として、すいません。)

今日は、なんでこんな風に思ったのか、書いていきたい。

初めてゼロから何かした経験

大学1年時、インドネシアの大学で日本語講師ボランティアをしていた時に、気づいた感覚。

ざっくりと経緯を話すと、その時は、日本でのインターン先の社長とインドネシアの大学学長の縁で、「日本の若者育成」という名目で派遣していただいた。しかし、行ってみたはいいものの、私が行くのをしっていたのはその校長と日本語学科の学科長だけで、だいぶん野放しだった。(ちなみに私は商学部で日本語教師の資格やコースなど通っていたわけでは全くなかった。)

教える環境は与えられたものではなくて、自分で作っていかなければならなかった。分からないことだらけなのに、向こうの先生からも「あなた誰、何をしてくれるの?」って感じだった。さらに、意識高いことをいってに本を出てきた私は、何か結果を残さないとというプレッシャーが大きかった(笑)

そこでまずは、日本語学科のいろんなクラスに少しはいらせてもらった。日本語学科の先生だけで8人くらいはいたのだが、純日本人の先生は1人だけで、しかも年配の方だったから、大学生の日本人が来て、会話練習ができる、といのは喜びを持って受け入れられた。

しかし、日本語学科だけで100人くらいいて、授業の少しの枠をもらって、自己紹介と質問コーナーをして回ってみても、知らない人が増えていくだけ。なかなか、やりたいことが見えてこない。

そんな時にその大学の図書館で読んだ本がこの、「変われる人」という本だった。

この本には「変われる人」の要素としてたくさんのことが書いてあるけど、その中でも窮地に立たされていた私が心に刻んだのは下記の言葉。(本文ままでなく、当時のわたしが受けたメッセージです)

「陸に上がったカッパではなく、水を得た魚」どんなに著名で優秀な人が、「―すべき」ということであっても、自分の気が進まないことをするより、生き生きとできることを選ぶのがいいよ。


その言葉で、それまで私は「日本語講師」として、①「1対大勢」の授業②45分授業を組んで開催、などをしないといけないと思っていた。

それは自分の苦手で息が詰まることでしかなかった。でも、「変わる」ためには、嫌なことをするのが大事、と思っていたけれど、それを覆いしてくれたのが、この言葉だった。

わたしの水を得た魚になる関係性

―その1-同じ目線で協働関係
それからは、前に立つ先生、教壇の前で話す、というより、みんなで一つの円を作って同じ目線でそこにいて、一緒に学びあっていくクラスをつくろうと思った。単に前に出て視線が集中すると緊張してうまく話せなくなって嫌だから、というのもあったけど、「わたしが水を得た魚」になる場所を選べばいいんだ~と思ったらすごく解放された。考えるのが楽になって、わくわくした。

―その2―継続的に関わる
授業で一回きりの関係というより、継続的に関われて、困ったときは助けられて、嬉しいときは一緒に喜べる距離がわたしには最高だなと思った。だから、単発でイベント的にするのではなくて、私がずっと居ていい空き教室の一角をもらってそこをわたしのスペースとしてみんなと関われるようにした。FBで私について、私がいる場所と時間、できること、週刊レポートみたいなものを発信していった。そこでコアで来てくれる人ができて、友達を連れてきてくれて、私自身すごく楽しかった。

結果、1か月弱しかいなかった、知り合いも日本人も(学生で)まったくいなかった中で、私のサヨナラの会には50人以上が集まってくれた。

介護の現場では

これは私が好きだな~と思うコーチングの手法にも当てはまる。

さらに、私が畑違いの介護をしようと思ったのも、大きな理由の一つに「毎日の生活に継続して関われる」というポイントがある。

介護といっても、デイサービス、在宅、老人ホームなどたくさん関わり方があるけど、わたしは入居されている方の毎日の生活を一緒に過ごさせてもらえる、有料老人ホームでサービススタッフとして働いている。(いた。)

入居されてから、ほとんど全員の方がなくなられるまで暮らせる医療面のサポートもしっかりしたホーム。

とっても魅力的な方々と、「おはよう」から「おやすみ」まで。「寒くなったわね」「季節の変わり目ですね」とか。

100歳の方でも、何年も過ごす中で顔を覚えてくださって、私の顔をみると満面の笑みを浮かべてくださる方もいる。連休明けで出勤すると「あら、あなた!!会いたかったのよ~」とにこにこ近づいてきてくださる方もいる。そんな嬉しくて暖かい場所。

学校で『おはようございます』って笑顔挨拶運動が好きだった私だけど、それに似ているような。

関わっているみんなが幸せに気持ち良くいれたらいいなあと思うし、そんな時に私は一番自分が楽しかったんだ。とやっぱり思う。そしてハッピーな私をみて、ハッピーが循環していく空間もスキだな。

あらためて、自分が「水を得た魚」であることを、ブラさずにいきたいいなあ。

ps.ずっと「水を得た魚(さかな)」だと読んでたけど、本当は「水を得た魚(うお)」と読むらしいです。ひとつ賢くなった!笑


たくさんの愛と感謝を込めて。

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