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田村尚子「対人サービスで働く人々の組織的支援 感情労働マネジメント」

今の窓口部署に来て3週間ほどの頃、久しぶりに応対したら、カミカミな上に心拍数が上がってしまいました。必要書類を渡し、問題なく終えたものの、自分の緊張ぶりに後から苦笑です。別に相手の方の様子が不機嫌だったとかではありません。多分、自信がなかったため、不安になったのだろうなと思います。係長職は電話応対のみで、基本は窓口対応から外してもらっていたので、慣れていなかったのです。これでも17年前に同じ職場にいたときには、毎日のように応対していたのですが……。

なので、「感情労働」という言葉を聞いて、私はその言葉の定義を知らなかったのですが、すぐにイメージが湧きました。
窓口対応は単なる書類のやりとりや、情報の伝達だけではありません。相手の言葉が100%用件を正確に示しているとも限りません。課題を明確にし、どうすれば問題を解決できるのか、ということを考えて、適切な方法を示したり、その場で対応したりしなければいけません。
さらにその際、相手の精神状態に与える影響を考えなければいけません。
その時に、かなり感情を消耗します。肉体労働で体力を消耗するのと同じように感情を消耗するので、感情労働というわけです。

感情労働という言葉は、アメリカの社会学者A・R・ホックシールドが次のように定義づけています。

自分の感情を誘発したり抑圧したりしながら、相手の中に適切な精神状態をつくり出すために、自分の外見を維持する労働

そしてこれは、ホスピタリティを発揮するうえで、特に必要とされるので、人的サービスの分野がメインと思われてきましたが、最近では、様々な業種において、サービス業としての側面が注目されるようになったことから、感情労働が求められる場も広がっているということです。
例えば市役所の窓口もその一つということで、本の中でも例示されていました。

市役所窓口
(i)職務の特徴
法律に基づいて公平公正に相手(市民など)に対応することが求められます。複数の市役所へのヒアリング調査によると、ここ10数年でクレーム、理不尽な要求などは増加傾向にあるということです。
(ii)感情労働の特徴
市民のためにサービスをするのは当然と権利意識を振りかざす市民が増加傾向にあるようです。こうした状況の中、公務員は、市民への奉仕者であると同時に、法規に基づいた公正な取り扱いと冷静な態度が求められます。
「上記を逸した要求や激しいクレームを繰り返し行ってくる市民への対応で、精神的に過度に疲弊して、心のバランスを崩し、休職している同僚がいます」(市役所職員)

この本の中では、この感情労働をどのようにマネジメントしていけばよいか、ということを議論しています。接客サービスというのは非常に評価しにくいものです。アウトプットとして対応人数や対応時間などを測定することができたとしても、その質に関しては、アンケートをとるくらいしかサービスの相手からの評価を引き出すことはできません。
よい印象を受けたとしても必ずしも組織に対してお礼状を書くほどの行動を起こすことはなく、むしろ、クレームという形で表出されるケースの方が多い中、感情労働は本来労働のマネジメントを行うべき管理者の目に触れにくい状況にあります。

事前の対応策としては、個人が知識、スキル習得すること、またチームにおいて、相互学習したり研修したりすること、また組織としては、バックオフィスからの情報提供でサポートしたり、その他の業務の省力化により、顧客対応に余裕をもってできる体制を作る方策などがあると提案しています。
また、事後の対応としては、個々人でのストレス・コーピング(対処行動)や、チームにおける関わり合い、否定的反応があった時に聞いてもらうことで発散されたり、笑い合うことでリセットできたりといったこと、また、クレーム処理の専門組織や、心をケアできる環境づくりなど組織的な対応が考えられると言っています。

私も窓口で緊張してしまった時に、もしちゃんと色んなことを把握していれば、分からなかったらどうしようと不安に思うこともなく、対応できたと思います。
また、自分が緊張してカミカミになってしまったことを他の人に話したことで、少し気が楽になったりもしました。お客様から具体的に否定的な反応を受けたときにも、共感してもらえばリセットできたりするのではないかと感じます。

もう一つ大事なこととして挙げられていたのが、経営トップの理解です。そもそも感情労働は見えにくいものです。現場から離れれば離れるほど、どれほどエネルギーが削がれるかについて、想像することができないものだと思います。だからこそ、感情労働マネジメントの頂点に経営トップがいなければいけなくて、そこから管理職に、そして上司に、最後に実際に対応するスタッフに向けて支援の矢印がある形、三層の支援体制が大切になるのだと田村氏は言っています。

自分も電話やたまに窓口で応対する時に嫌な思いをすることもあるので、まずは自分のスキル習得や、ストレス・コーピングを意識したいと思います。その上で、チームの中でストレスが発散できるような雰囲気を作っていきたいです。組織的な対応はなかなか簡単ではないですが、業務の効率化やそもそもの窓口対応、窓口に来てもらわなくても済むようなことなども考えなければなりません。

そして、顧客としてサービスを受ける時にも、おおらかに、よい応対をしてもらった時はちゃんと伝わるようにお礼をいったり、あれ、っと思った時も、ポジティブな伝え方でリクエストに応じてもらったり、どうしようもない時には、さらっと受け流すことにします。

昔こんなのを書いていたことを思い出しました。
そもそも、組織だけじゃなくて、社会全体がもっと温かくなればいいなと思ったりもします。

感情労働をどう支援するかについて、議論した本ではあるのですが、なぜか全体的にとても温かくて、つらい事例には寄り添い、嬉しい事例には、共に喜ぶ雰囲気があります。著者はサービス経営学部にいて、卒業生はサービス業務につく方が多く、その中で残念ながら体調を崩す方がいるそうで、感情労働に苦しむ人が減って欲しいという願いがあるからこそ、優しさが流れているのだろうなと思いました。

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