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兼子文晴「障がい者を生かすと会社が儲かる」

こういうことが知りたいと、ずっと思っていました。
障がい者雇用の成功事例を、何冊かの本の中で見てきました。帰納法だと、障がい者雇用をすると、会社がうまくいく、と言えそうな気もするのですが、さすがに事例が少なすぎて、ちょっと違う気がしていました。

ただ一つ、なんとなく感じていたのは、法定雇用率を達成しなければいけないから、とにかく障がい者雇用をしよう、という感じなのは、違うという気がしていました。逆に、うまくいく会社は、持てる人材の全てを最大限に活用して、その一環として、障がいのある方にも活躍してもらっているから、うまくいくんじゃないか、とそんな風に感じていました。
でも、実践している人も、こういう考えていることが分かって、とても勇気づけられました。

この本を書いたのは、「日本から障がい者という言葉と概念をなくす」という価値観を掲げて、ミンナのミカタホールディングスという会社を設立した方です。

この会社は障がい者雇用をやっている一般企業というわけではなくて、就労継続支援A型事業所「ミンナのミライ」やB型事業所「ミンナのナカマ」を経営しながら、一般企業から仕事を受注し、自分たち以外も含めた就労継続支援事業所に再委託しています。

この本で最初に紹介されているのは、AI関係のお仕事です。
A型事業所の利用者は自分でもSNSなどをやる方が多いので、デジタルに慣れていて、かつ、普通の人なら飽きてしまうようなことも根気よくやるといいます。

例えば、アノテーションという仕事。AI分野におけるアノテーションとは、様々な画像や音声や動画に、テキストデータをタグ付けしたりすることをいうそうです。数枚の写真に対してタグ付けするのではなく、ものすごい枚数を処理します。
そうすることで、AIが、例えばお皿に盛りつけられていても、パウチ入りになっていても、肉じゃがなら肉じゃが、と認識できるようになりそうです。

他にも、名刺の画像データをテキストデータとして入力する仕事など受託したそうです。ゲームのバグ取りなどの仕事も、障がいのある方に向いているのではないかという話でしたが、これは、機密情報のため、再委託になじまなかったということです。

他にも記事のライティング、倉庫業、花束、飲食店、ホテル、農業、太陽光発電事業所、空き家管理、ポスティングなど、様々な仕事が挙げられています。
こうしてみていると、本当に様々な業種があり、どんな業種であったとしても、その仕事を作業まで粒度を細かくして分類していくと、何かしら、障がいのある方の個性を最大に活かすことができるのではないか、という気がしてきます。

「ミンナのシゴト」の目的は、一般企業から受注した仕事を事業所に再委託することで、それぞれの事業所の給与や工賃を上げることです。でも、それだけではありません。
障がい者の個性が、企業の本業に生きる、ということを実感してもらいたいといいます。特に施設外就労で、企業の中に入って活躍してもらえれば、障がい者雇用につながる可能性もあるのです。

企業が施設外就労を利用することはまさに「急がば回れ」の実践になります。施設外就労では障がいのある人は企業の本業の作業を行いますから、企業としては即戦力になる人材も見出すことができるのです。そういう人たちを直接雇用に切り替えれば、企業の即戦力になるばかりか、当然ながら、法定雇用率も上がります。
(中略)
これなら障がいのある人の企業への定着率も高まり、もともと障がいのある人に何の仕事を出していいかわからないのに設立したような特例子会社も持つ必要がなくなります。

本書

施設外就労から、直接雇用に結びついた、というのは、身近な例としても聞いたことはありましたが、本当に理想的だと思います。
実習よりも深く、関わることができますし、施設外就労であれば支援員と一緒に入っていくので、企業側も利用者側も、不安が最少になるのではないかなと思います。

後半は、兼子氏がどのような経緯で、障害福祉に関わるようになったかということについて、書かれています。
驚いたことに、兼子氏は精神保健福祉手帳を持っているそうです。ですが、若い頃からから、メンタル疾患を抱えていたというわけではありません。
どちらかといえば、タフで前向きな印象を受けました。柔道に取り組んだり、ガソリンスタンドでアルバイトながら売り上げ成績はトップ3に入っていたそうです。大学在学中には海外旅行に行き、日本はどんなところ、と訊かれてうまく答えられなかったので、鹿児島から稚内までバックパッカーで旅行をしたりしました。
会社に入ってからも大きな売り上げを出していましたが、土日も仕事で奥さんに一人きりで子育てをさせてしまったことから、義父の会社に転職を決めます。
そこでも営業で辣腕を発揮しますが、実の子に会社を継がせたい義父の思惑で、倉庫番となり、そこで、鬱病を発症してしまうのです。
服薬により安定を取り戻し、ベッドに横たわりながら電話で卸業を行い、生活していけるだけの収入が得られたそうです。その辺りの才覚もものすごいな、と思うのですが、それだけでは将来性がないと感じ、進められて就労継続支援A型事業所を見学に行くことになります。
そこで、見た目は障がいがあるかどうか分からない人がたくさんいることに驚いたということです。鹿沼市で障がい者手帳を持っている人は20人に1人、それだけの人を受け止めるのには、もっと福祉施設が必要だと考えて、A型を始めることにしたというのです。

この本に書かれていることは、事例を取り上げているというよりは、体系的に書かれていて、より「障がい者を生かすと会社が儲かる」の説得力が高まったような気もするのですが、まだまだ、「障がい者雇用は難しい」と思っている人の考えを変えるほどではないのかな、という気がしてしまいます。
でも、そうなんじゃないか、と思っている私にとっては、とても勇気の出る1冊で、この仮説を信じて、できることから取り組んでいきたいと思います。


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