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太田肇「何もしないほうが得な日本 社会に広がる『消極的利己主義』の構造」

先日、ある人がこんなことを言っていました。
「この前、Aさんと食事をしたら、自分が仕事でいかにうまくやったか、の武勇伝を延々とされて、とても疲れた」
Aさんとは、私も食事をしたことがあり、確かに自分がやったことの話をよくしていたな、とは思いました。ですが、私も披露したいことがあったので、Aさんの話と似ているところで私も自分の話を差し込んだり、逆にAさんの話に刺激されて思いついたことを話したり、盛り上がった記憶があります。
Aさんはいろいろ大変なことがありつつも、実践できたので、何度も振り返りたいのだろうな、というのは少し分かる気がします。付き合わされた方は勘弁して、となるのかもしれませんが……何かを変えるというのは、それだけ大変なことです。
私もささやかながら過去に頑張った話があり、気を付けつつも、時々その話をしてしまいます。どんな嫌な目に合ったか、どれくらい緊張したか、頑張ったか、誰に助けてもらったか、こうして書いていると恥ずかしい奴だなと思いますが、そこまで大変だったことはその後まだ1年半ないので、ついその話をしてしまいます。
上司が腹をくくってくれたこと、たくさんの味方がいたこと、後輩たちが一緒に頑張ってくれたおかげで、どうにか努力が結び付いたと思っています。ですが、本当につらい思いもたくさんしました。

なので、この本を読むと、あの時の周りの反応の色んなことがよく理解できました。なぜ良かれと思って変えようとしているのに、こんな思いをしなければいけないのだろう、と思ったりもしたのですが、みんな意地悪でやっていたわけではないのです。何もしない方が得なのに、なぜ波風を立てるんだ、やめてくれ、ということだったのかなと思います。

太田氏は、「失敗を恐れないチャレンジ」とか「イノベーション」といったスローガンが掲げられる一方、自己利益と保身のために現状を変えようとしない方が得だという意識を潜在的に持っている、ということを、様々なアンケート結果などを用いながら、説明しています。そして、このような消極的利己主義が蔓延している日本の組織の現状について指摘しています。

若者を対象にした国際比較調査の結果を見ると、日本人の消極的な姿勢が際立つ。例えば「うまくいくか分からないことにも意欲的に取り組む」という項目に、「そう思う」と回答した人の割合は、わずか10.8%で、アメリカ、イギリスなど、欧米諸国や韓国など他国と比べて格段に低い。

最初の章から、公務員の「保身のリアル」について書かれています。政治による権力の乱用や理不尽な圧力に翻弄されず公平で客観的な行政を進めるため、公務員の身分はルールによって保障されいます。ところが、本来は、目的を達成する手段である厳格なルールや手続きが自己目的化する「官僚制の逆機能」と呼ばれる現象で、これにより、ことなかれ主義と呼ばれる状況になっています。さらに、公務員バッシングが続いていることで、萎縮を招いています。消防士のこんな言葉を紹介しています。

「公用車で弁当を買いに行っていた」「仕事中に菓子を食べていた」という類の些細な事についても、市民から役所に通報が入る場合がある。すると、上司から型通りの注意を受ける。火災現場でギリギリの判断が迫られた時、クレームを受けた経験が脳裏に浮かび、火の中に飛び込むの躊躇することがあると言うのだ。もしかすると、その陰で人命が左右されているかもしれない。

こうしたことは民間でも起きているといいます。やる気を持って会社に入ったものの、先輩達がいい加減に仕事をしているので、はかどらない。それどころか、自分が頑張る分先輩が楽をしているということまで起きる。こうして徐々にやる気をしなっていくというのです。
挑戦をさせようと目標管理制度を導入しても、相対評価で、一番上のランクで見たときにずばぬけて成功した人とミスなく無難な人が同じ評価となることもあり、難しいことにチャレンジして失敗するよりは、冒険せずミスをしないことの方が選ばれてしまうといいます。
さらに、人間関係も足をひっぱるといいます。職場で雑談したり一緒にランチにいったりする関係性は重要で、それをなくすのは避けたいと思います。一方で、大きなチャレンジをして、周りに迷惑をかけてしまうと、その関係性は失われてしまうと考えるのです。
その他、PTAや町内会などの活動も積極的であれば、いろいろと頼まれて責任が重くなってしまうので、できるだけやりたくないという人が増えていきます。

組織の中では、こうして何もしない方が得ということになるのかもしれませんが、社会全体で見たときには、どこも変わらないというのは、とても危険なことです。時代に合わせて変わらなければ、必ず取り残されることになります。

太田氏は最後に「する方が得」と思えるような仕組みを作る必要があると提言しています。例えばベーシックインカムのように、セーフティネットを広く張りなおすことや、PTAなどに関しては、民主化の三原則、自由参加、最小負担の原則、選択の原則などをもとに制度を設計しなおすのはどうかと述べています。
また、組織の中においても、防波堤を作る(理不尽なしわ寄せを防ぐ)、新しい橋を架ける(選択しを複数化する)、人々を誘導する(インセンティブの設定)、先導者としての異質な存在(横の同調圧力はあったとしても、縦の同調圧力はなくなる)ということを挙げています。

太田氏が提言するように、少しずつ制度が変わって、若い人が、これからの社会を変えていくようなチャレンジができたらいいなと思います。何かやりたいと、後輩が言ってくれたら、私が今度はそれを支える立場になりたいな、と心から思っています。ですが、

なんかやってみたいことありますか?

などと訊くと、みんな黙ってしまいます。もしかしたら、この訊き方からして、何か間違っているのかもしれません。

何かもっと身近なことで考えられないかと思って、チャレンジする人ってどんな感じだろうかということについて考えてみました。

例えば先ほどのAさんは、研修で知り合いを増やしたり、遠くに出張に行くときには、その近辺の自治体に自分で申し込んで視察をしたりするようです。私も少しずつ人脈を増やしていますが、すごい人はみんな、他のいろいろチャレンジしている人とつながっています。
また、同業者だけでなく、地域の人とのつながりがあるのも大切かなと思います。中でどう評価されるか、人間関係がどうなるか、だけでなく、やるべきこと、やりたいことについてもちゃんと考えられるようになるのではないかと思います。

とはいえ、研修に行って、くらいは職務命令の範疇ですが、交流してきて(形だけでなく)とか、地域にもっと飛び出そうよ、とかは、大切さを言葉で伝達することはできても、腹落ちして実践してもらうことはなかなか難しいのかなと思ったりもします。そもそも冷たくされたら落ち込むとか、それ自体が落ち込むリスクもあるミニチャレンジみたいになっているのかもしれません。

まだ、全部責任取るからやってみなよ、と言えるほどの役職ではないですが、上席の失敗にならないように見極めたりサポートしたりすることは全力でするから、チャレンジする人が増えてくれたらいいなと思います。
そしてまだ私もいろいろやりたいことがあるので、頑張ってみます。

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