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ラクに歌う音域へ

Chère Musique

「この曲はキーが高いから、私にはムリかも。。。」
「この曲、大好きなんだけど低いところが出ないのよね~。。。」

よく聞くこれらのお声、本当はどういう意味なのでしょうか。

曲にはすべて、、、厳密には「皆さんが歌いたくなるような曲にはすべて」、“調”というものがあります。
一般的には「Key」という英語の方がよく使われるかもしれません。
音階という音の並び方のセットが、たくさんの種類あるのですが、その、‘どの’並び方セット(音階)を素材として作曲されているのか、ということが、「何のキーなの?」「何の調なの?」ということなのです。
例えば、『故郷』は「ソラシドレミファ♯ソ」という調で作られています。

カラオケの+−

皆さんカラオケに行った時に、自分の番で、流れてきた音源そのままで歌える曲はたくさんお持ちでしょうか。
時々はプラスやマイナスのボタンを押して、音を歌いやすく上げたり下げたりすることもあると思います。
あれは何をしているかというと、使われている音域を高くしたり低くしたりしているわけですが、それはこの“調”というものを変えていることになるのです。

例えば『故郷』は、原調で歌うと「♪こぶな釣りし」の「な」が上のミになり、気楽に歌うには全体的に少々専門的な発声力を必要とします。
というわけで、マイナス1にすると「ファ♯ソ♯ラ♯シド♯レ♯ミ♯ファ♯」という調で、最高音は「レ♯」になります。
ですがこれでは、ピアノ伴奏の場合、弾くのがとても難しくなってしまうのです。
それならということでマイナス2にしてみると「ファソラシ♭ドレミファ」になり、例の最高音は「レ」、かなり歌いやすくなりますし、ピアノも弾きやすいです。
ちなみに私はこの『故郷』は、(後述の理由から)もうひとつ下げて「ミファ♯ソ♯ラシド♯レ♯ミ」にして歌うのが好きです。

このようにその作品を演奏する時の調を、元々の調と変えてしまうことを、移動の移に調と書いて「移調する」と言います。
(作曲家が作る時点で曲の途中で調を変化させている“転調”と、言葉を混同している方がとっても多いです)

作曲家の感覚

音楽作品を作る作曲家は、この“調”ということにこだわりを持っています。
とてもたくさんの調があって、それら全部まったく雰囲気が違います。
ですから、その作品はどれを使って作るのか、ということを選んで作曲を始めます。

作曲家の好みの調というのもあるようです。
例えば、ショパンはちょっとアンニュイな感じの「レ♭ミ♭ファソ♭ラ♭シ♭ドレ♭」や、「ド♯レ♯ミファ♯ソ♯ラシド♯」が好きだったという説も。
この二つは、『雨だれ』プレリュードと『幻想即興曲』で使われているのが有名です。

ですから演奏する方も、調のこだわりも曲の一部と思って、その調を楽しんで演奏したいですね。
そう思うと、たまに楽譜屋さんで見かける『全部ハ長調で弾ける名曲集!』のようなものを見つけると、思わずそこに取り上げられている作曲家を見て「本人はどう思うだろう」と苦笑してしまいます。

歌だけは移調が悪くない

ですが、実は一種類だけ、演奏者が自分の都合で移調しても、作曲者はそんなに悪く思わない音楽があるのです。
それが歌。
歌い手が、一番歌いやすい音域になるように移調してしまうことを、作曲家はもともと覚悟して作っているようです。
逆にいうと、歌い手は、自分の声が一番魅力的にその音楽を表現できる調を探すことが出来ることも、大切な能力です。

オペラや合唱曲など、例えばオーケストラなどもふくめ大勢の人たちで演奏する歌は、もちろんたった一人二人の歌い手のためだけに移調することは出来ませんが、ソロや重唱程度の人数の作品なら、プロでもよくやることです。
かくいう私も、コンサートで歌う曲は、数曲を移調しています。
ピアニストさんも、曲が決まったら真っ先に「なんのキーで歌う?」と訊いてくださいます。

もちろん作曲家がまったく全然こだわっていないということではないので、なるべくなら変えないで出来たら良いとは思います。
ですが女性ボーカルの曲を男性が歌ったり、その逆も、やってみたい曲はありますから、そのような時はほとんどの曲が移調しないと無理だと思います。

響かせるべき音

ではどのくらい移調するのが良いのか。
カラオケなら、その曲の最高音も最低音も、なんとか声が出せれば、楽しければそれでいいと思います。
ですが、舞台などで歌うという場合は、その音の声が出れば良いというものでもありません。

歌には、その音の高さに関わらず、表現として響かせるべき音というのがあります。
その音が本当に自分にとっての良い声になるのか、ということが大切なのです。

最高音は苦しくてちゃんと出ないけど、でもその音は軽く一瞬ささやくくらいで良い、それよりも最高音ではないこちらの音の方が重要!と思ったら、その音の方を一番楽に美しく響く声が出せる音になるよう基準にして移調すべきです。

♯♭の系統

そして私はもうひとつちょっとしたこだわりをいつも考えています。
調には、メインに使う音の種類がフラット♭という種類とシャープ♯という種類があります。
私は「フラット系」「シャープ系」などと呼んでいますが、この種類を変えない方が良いのではないかと思ってしまうのです。
この系統を変えると、私には音楽の雰囲気がまったく変わるように思えます。
元がフラット系なら移調先もフラット系が、シャープも同じく、、が好きです。
この考えは音楽家全員がそうなわけではなく、もしかしたら少数派かもしれませんが。

そして、舞台などの場合は、共演する楽器にもよります。
例えば「ヴァイオリンはその調だととっても弾きづらくなってしまうんだよね」という感じで。
管楽器もそういうことがあるようです。
私がヴォーカルのバンドでは、ヴァイオリンがメンバーにいるので、各曲の調を決めるのにスタジオでたくさん相談します。
プロデューサー兼ピアニストが、私の声をとてもわかってくれているので、ありがたいです。

「なになに調に決まりました~よろしく~」とメンバーに言った時に、ドラマーが「了解!その調なら得意だよ」なんて言って爆笑を誘っていました。
ドラムは調は関係ないのに。

Jpopの調

最後に少し余談ですが、J-POPの曲は、歌以外の楽器の演奏がとっても難しい調であることがとても多いです。
あと鍵盤ひとつ分低ければ、または高ければ、こんなにラクな調なのに、という場合、たいていが、元の作曲家はそのラクな方の調で作っています。

レコーディングの時になって、歌手の方が「スミマセ~ん。もうちょっとだけ下げて(上げて)もらえますかぁ。」というパターン。

そう。スタジオミュージシャンという人々は、レコーディング本番でいきなり、それまで練習したのとは違う調で演奏できなくてはならない、天才たちなのです。
自慢ですが、我らが“たからうた”バンドも、私以外はそういう人たちです。

エンディング

どんな歌でも、もしかしたら移調すれば上手に歌えるかもしれない、という自信につながるといいなと思います。
歌がお好きな方は、この移調を駆使してたくさんの歌にチャレンジして、お気に入りの曲を増やしていけたら楽しいですね。


Musique, Elle a des ailes.

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