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簡単な曲とは?



Chère Musique

簡単な曲というのは一体どういうことだろう?、どういう曲のことを言うのだろう?と考えています。

明日6月4日(日)は、約一年ぶりのコンサート。
私は歌い手として出演、ピアニストの村西則美さんと共演します。
則美さんのソロの演目の中に、今回は子どものためのとても簡単な(、、、と一般には思われている)曲があります。
私も、子どものための歌も一曲歌います。

「子どものための」というタイトル

ところで、クラシックのピアノ曲に「子どものための」という言葉が作品のタイトルに付いている曲がよくあります。
そういう曲で、大人の初心者初級者の生徒さんが弾くのにちょうど良いテクニックレベルのものがたくさんあります。
それらの曲の指導について、いろいろなことを考えてしまいます。

少し余談ですが、出版社が曲集を出版する時に、「子どものための」と本のタイトルに付けることが、昔はとても多かった。
最近は大人の初心者、初級者が増えて、その方々のための曲集やテキストも出ていますし、その考えからか、本のタイトルに付けることはとても減っているようですね。

私は昔のあの本のタイトルにどうも抵抗があります。
昔は確かに日本は子供しかピアノ教室に行きませんでした。
私が子どもだった時代はね。

でも今の、ピアノ教室に通う大人の方々にとっては、そのタイトルでも、内容や選曲は大人の方々が喜ぶとても良いものだったりすることがあるのです。
なので、本のタイトルに「子どものための」というのが無ければ、皆さんもっと喜んで使われるのになぁと思うことがよくあります。

大人の初心者

私のクラスには大人の初級者の方が何人かいらっしゃいます。
大人の生徒さんの多くは、中学生や高校生くらいまで習っていたけれど受験などで辞めてしまって、久しぶりにまた習いたくなった、という方々です。

でも最近特に増えてきているのが、子どもの頃は習ったことが無くて、大人になってから初めて、ピアノを弾いてみたいと思われた方。
私はこういう方を大歓迎してお教えしています。

とても達観したオトナな感覚の大人の方は、「子どものための」と楽譜のタイトルに書いてあってもまったく気にしないで、中身の価値を解ってくださるのです。

昔の子どもと今のこども

出版社による本のタイトルではなく、作曲家自身が「子どものための」というタイトルを作品につけている場合、指導する上で考えることが二つあります。

まず一つは、昔は人間の理解力や演奏力の年齢が今よりも高かったということ。
これは音楽に限らず、他の分野でもそうでしょう。
日本人の一般的な生活の話でも、明治大正昭和初期から現代では、日本人の人間の中身の年齢が10歳くらい下がっている、という意見を聞いたことがあり、私もとても同感です。

とにかく、子どもへの音楽指導というものがバッハあたりから始まったとして、バッハやその後の古典派時代の作品や、ロマン派時代の例えばシューマンなどにもある、当時の子どものために作られたとされている作品のほとんどが、テクニックのレベルは高めです。
今の子ども達では無理なことも多いのではないかと思われるものもあるほどです。

音楽指導の歴史でおもしろい点なのですが、時代が新しくなるにつれてだんだんと、作曲家が対象者(その曲を弾いてもらいたい人)のテクニックレベル設定を下げているのです。
ただし内容の豊かさ、音楽の奥行きは変わらずに、むしろ深くなってゆきます。
これは作曲技法の意味で素晴らしいことですね。
このことには興味深い社会的な背景があるとも思います。

演奏の目標地点

二つあると言ったもうひとつは。。
作曲家自身が、そのようなテクニックレベルが簡単な曲を作る時と、難しい曲(「子どものため」ではないと思って作った曲)を作る時とで、音楽で表したいことや音楽の内容の深さや豊かさについては作り方を変えることができない、ということ。
どんなに音数が少なくても、指の動きがラクでも、シューマンはシューマン、ショパンはショパンなのです。

ということは、どんな年齢でもテクニックでも、その時のその人の精一杯のところまで、シューマンとは?ショパンとは?を解ろう!とする姿勢が大切なのです。
それをお伝えするのに、先生は、子どもならこうなふうに、大人ならこんなふうに、と、同じ内容を違う方法でお伝えしなければならないのです。

子どもや初心者の大人の方は、そんな深いところまで伝えなくても、指が動いたら、間違えずに弾けたらそれでいいじゃない、という考え方は、指導者としてどうかなぁと思ってしまいます。
大人の場合はむしろ、大人にしか解らない表現の微妙な違いなどが、「この音楽のこの部分にはこういう感覚がありますよね」といった話が通じるということがあるのです。

同じように初心者で指の動きから手取り足取り教えるとしても、分かってほしいこと、大切だと思ってほしいことが、子ども達に教える時とは全然違います。
深いところまで音色を聴いたり、その音色を出すために自分の体をコントロールしたり、作品と作者の時代と民族によって作り出したい雰囲気の違いを理解したり、大人の方にはそういうところを目標地点にしてレッスンしたい。

ですから大人の方たちは、子ども達とはかなり違う目的でレッスンします。
技術的に簡単な分、大人の方にはその分とても深いものを求めてレッスンして差し上げることができるのです。

“簡単な指の動きで、深い音楽をする”
これぞ本当の「オトナのオシャレな趣味」と言えるのではないでしょうか。

感性で作った曲

そして、そのような技術的に簡単な曲だけではなく、技術的にはある程度簡単ではあるけれども作曲家が感性だけで作った曲、作曲の技法などのことはあまり考えずに、感覚だけでさりげなく作った曲という感じの、とても良い曲がたくさんあります。

今の季節、その筆頭に挙げたいのが、ショパンの『春』という曲だと、私は思うのです。
テクニックの面では、とても簡単というわけではないけれども、そんなに難しいというわけでもない作品です。
でも本当に良い演奏で弾くには、かなりな音楽性と、自分の出す音色にこだわる耳が必要です。

そういう、なんとなく感覚だけで技法のことはあまり考えずに作った曲で、結局テクニック的にはそんなに難しいわけではないという曲は、まさしく、大人にしか表現できないものが含まれている曲と言えるのではないでしょうか。

プロが簡単な曲を弾く

皆さんは昨年秋にNHKで放映された、ブーニンというピアニストのドキュメンタリー番組をご覧になりましたか?
とても素晴らしい番組でした。

ブーニンの苦難の人生については長くなるのでここでは話しませんが、1985年のショパン国際ピアノコンクールでの最年少優勝をきっかけに世界で活躍していていました。
2013年から突然表舞台から姿を消し、病気を乗り越えて9年ぶりに復帰を果たしました。

その日本での復帰公演で彼が弾いたのは、ショパンではなく、子どもの頃に初めて発表会で人前で弾いた、シューマンが子どものために書いた作品でした。
子どもの演奏でしか聴いたことがなかった曲が、ブーニンの指から流れ出た音を聴いた時は、その音色の美しさと込められた想いに、心が震えました。

ついでに言うと、この番組のプロデューサーは、私を小さい頃可愛がってくれた親戚のお兄ちゃん菅野冬樹さんなので、ちょっと誇らしかったです。

先ほどお話ししたショパンの『春』も、プロの演奏で初めて聞いたのは、フォルテピアノ奏者の川口成彦さんのリサイタルでした。
リサイタルのイントロダクションにこの作品を持ってくるセンスと、その少ない音から溢れ出す、ショパンにしか感じ得ない春の表現によって、心が震えていつのまにか泣いている自分に気がつきました。

一流のプロが弾くいわゆる簡単な曲というのは、こういうことなのです。

先生の演奏

簡単な曲を意味深く素晴らしく良い演奏にするパターンのひとつに、先生が子どもの生徒さんや大人初心者、初級者の生徒さんにお教えするために、まず自分が練習する、ということがあります。
レッスンするためには、当然、先生自身が弾けなくいけないですからね。
その生徒さんについていろいろ考えながら練習します。
そういう演奏はとても良い演奏であることがもちろん多いでしょう。
良い演奏でなくてはいけないですよね、もちろん。
先生はプロの音楽家なのですから。

エンディング

最後に付け加えておくと、今日書いた簡単な曲というのは、編曲されていてそのアレンジが簡単だというのとは意味が違います。
そういうものは、元々が難しい曲だったりピアノで弾くための曲ではなかったりするものを、子どもや初心者の指の動きでもラクに弾けるように作り替えた、という曲たちですからね。


ピアノで簡単だと言われている曲、一見テクニック的に簡単だと思われている曲を、子どもの生徒さんだけではなく、大人の初心者初級者の方々にも、子どもとは違う内容でお教えすることができるのです。
それはとても素晴らしい楽しいことなのです。
そしてそういう曲を音色や表現で奥深く演奏すると、プロならどうなるでしょうね。

Musique, Elle a des ailes.


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“音の華”コンサート
内藤郁子(歌)& 村西則美(ピアノ)
2023年6月4日(日)
13:30開演(12:00開場)
全席自由
4,000円(演奏鑑賞3,500円+お飲物一杯500円)
(後日アーカイブ動画配信3,000円)
アートカフェフレンズ(恵比寿西口2分)
http://www.artcafefriends.jp/access.html
ご予約は
https://www.voix-claire-musique.com/otonohana-concert
予約無しでもお入りいただけます
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