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歌解説『里の秋』


Chère Musique


里の秋
作詞:斎藤信夫 作曲:海沼實(みのる)

しずかなしずかな 里の秋
おせどに木の実の 落ちる夜は
ああ かあさんと ただ二人
栗の実にてます いろりばた

あかるいあかるい 星の空
なきなきよがもの 渡る夜は
ああ とうさんの あのえがお
栗の実たべては おもいだす

さよならさよなら 椰子の島
お舟にゆられて かえられる
ああ とうさんよ ご無事でと
今夜もかあさんと 祈ります


歌の種類

前回の『赤とんぼ』と同じように、この歌もクラスでは“歌曲”のコーナーで取り上げました。

もちろん“唱歌”ですし、“童謡”と言う人は少ないかもしれませんがおかしくはありません。
私が歌曲に分類する基準はいくつかあります。

メリスマ

歌詞の一音節に音符が複数当てはめられている、つまり一つの母音で複数の音に動く、メリスマという形態は、どんな歌にもとても頻繁に現れることです。

メロディでのメリスマの使われ方が、発声上の難しさを作り出している曲を、私は歌曲に分類したがるようです。

自分でもはっきりしませんが、だからやっぱり人によって分類が違うと言うことになるのでしょうね。

メロディの動き

そしてそのメリスマも含めて全体的に、音の上下が大きいメロディです。
これはほとんどの人にとって、単調な動きのメロディよりも、魅力的な音色の声で歌うことが難しいと思います。

単調な動きのないメロディは、音色とは違う表現の難しさがありますが、発声にはあまり苦労しません。

この曲の楽譜を見ると、音符が目まぐるしく上下しているのがおもしろく見えるほどです。

言葉のリズム

「子どもの歌だ」と言う方々のお考えも分かるなあと思うのは、歌詞だけで美しいリズムを持っている点です。

一番から三番まで全部、はじめは四文字の親しみやすい言葉を繰り返します。
「しずかなしずかな」「あかるいあかるい」「さよならさよなら」。
そしてその後に「○○の○○」というふうに続くのも、同じです。
サビの始まりは「ああ!○○さんと(の、よ)」。

このようにメロディ無しで言葉だけで見た時にも、そこにノれるリズムがあると、どんな年齢の方々にも受け入れられやすいのです。

余談ですが、先日この曲を歌のクラスで取り上げた時の、別の“子どもの歌コーナー”は『たきび』でした。
『たきび』もまったく同じことが言えますね。
偶然の選曲の組み合わせだったので、おもしろかったです。

歌詞の解説

この詞を歌ってまたは読んで、三番だけ納得のいく解釈が出来ないと感じる方が多いようです。
生徒さんからは「三番だけ意味が分からない」というお声をよく聞きます。

一番二番は、お父さんだけお仕事の都合で離れて暮らしている、そのお父さんへの会いたい気持ちを描いている、と解釈できます。
昔は地方のお父さんたちの出稼ぎというのは当たり前のことでしたからね。

三番は、
椰子の島って何?そんなところにお仕事に行っているの?
「さよなら」って、誰から誰に向かって言っているの?
「帰られる」とは、椰子の島へ帰って行くの?椰子の島から家に帰ってくるの?どちらなの?

たくさんの疑問が湧いてきます。



1941年(昭和16年)に、斎藤信夫さんによって『星月夜』という詞が作られました。
これを読んでも、海沼實さんは曲にしようとは考えませんでした。
その詞の中に、家族愛というあたたかいものと、戦意高揚という激しいものが、なんとも収まり悪く混在していると感じたそうです。

そう、この年はあの戦争が始まった年でした。
いつの時代にも、芸術家には、世情の流れに迎合しなくてはウケないという葛藤があります。

一番と二番は今の『里の秋』と同じ。

三番は
きれいなきれいな 椰子の島
しっかり守って くださいと
ああ とうさんの ご武運を
今夜もひとりで 祈ります

四番は
大きく大きく なったなら
兵隊さんだよ うれしいな
ねえ かあさんよ 僕だって
かならずお国を まもります

明らかに戦意を鼓舞する歌詞ですね。


そのまま時が過ぎ、戦争が悲しい終わり方をした1945年(昭和20年)の秋、戦地からの引揚者が帰ってき始めました。

その時になって、海沼實さんが斎藤信夫さんに「三番と四番を、傷ついた人々をあたたかく励ますものに作り変えてくれませんか」と依頼して、斎藤さんにとってもおそらく本意だったであろうこのような優しい詞に生まれ変わりました。


つまり
椰子の島とは南方の戦地の島のこと。
「さよなら」は、お父さんがにその島に、ひいては戦争をしていた自分たちに向かって言っている。
頼りない小さな船に乗って日本へと向かっているのだと、待っている家族は聞かされている。
その船が無事に日本に辿り着けますように、お父さんが無事に自分たちのもとに帰ってきてくれますように。

今の三番は、こういう内容なのです。


そして、今の私たちには想像が難しい厳しい時代の切なる家族愛を表したその素晴らしい詞に、乗せて作られたのがこのメロディ。
引揚者が続々と日本に帰り着いている頃に初めてラジオ放送された時は、あまりの大好評に作者お二人も驚いたそうです。

まとめ

優しくあたたかい作品として愛され続けていますが、のどかな秋の歌というだけではない、この深い内容も知っておきたいですね。

今また戦争が起こっているこの時代に、私たちにしか作れない歌を私たちにしか持てない思いを込めて、歌ってみてはいかがでしょうか。



歌の練習♪
https://youtu.be/5iiP8HFgqWQ?feature=shared



Musique, Elle a des ailes.

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