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ソフトウェアエンジニア社長として起業してから会社清算するまでの4年間の振り返り (完結編)

Takahiro Ikeuchi

みなさんこんにちは。続編を楽しみにお待ちいただいていたみなさま、お待たせしました。池内です。

これまで、"自分の起業〜廃業までの体験をつうじて得た学びや気づきを記録し、あわよくば誰かの参考になることを密やかに願いながら、共有する" という目的で廃業エントリを書いてきました。ここまでの記録は note のマガジンにまとめてありますので、今回はじめてご覧いただくかたはよろしければご一読ください。

完結編となる今回は、起業中2つ目のプロダクト slideship.com の後の話から、廃業までの回顧録です。それではふり返りをしめやかに執り行いたいと思います。

重要な前置き

今回取り扱う期間の法人組織として、slideship までと明確にことなるのが、僕以外に事業のファウンダー・取締役がいた、ということがあります。したがってこの時代に起こったことは、僕の個人的な事情、としてふり返ることはできません。失敗も成功もチームの成果であり、成功や成果はもちろん(むろん成功はしなかったわけですが…)失敗に対しても「僕のものである」と独占することはチームへの敬意に欠けると思うからです。ここに記録するのはすべて僕の主観であり、他者からみた事実とは異なる可能性があります。その点を前提としたうえでなお、読者の方がこの文書の記述が詳細不足であると感じられる場合、チームメンバーやステークホルダーのかたがたを慮ってのことだとご理解をいただけると嬉しく思います。

最後の挑戦 : ブロックチェーンに懸ける

2017年の末。slideship が鳴かず飛ばずという悲しみに暮れるなか、起業したからにはなんとか爪痕を残したいと悶々としていた僕は、最後に挑戦する領域——これは結果的に最後になったということですけれど——を「ブロックチェーンのモニタリング SaaS」に定めました。

なぜブロックチェーンを選んだか? この問いは、Web3 や NFT 関連の話題が絶えない 2022年の今では敢えて回答する必要のないものかも知れませんが、少しだけ当時考えていたことについて触れたいと思います。

当時の僕は Neo というブロックチェーンに注目していました。Neo は「中国版 Ethereum」と呼ばれることもあるプラットフォームで、dBFT と呼ばれるコンセンサス・アルゴリズムを採用しています。dBFT はチェーンに書き込む承認者を信認投票によって選出するプロセスの組み込まれたアルゴリズムなのですが、この設計思想が、代議制民主主義をはじめとする民主主義に対する人々の夢、夢のようなものなのではないか。これは実際事実とはぜんぜん異なることかも知れないのですが(そもそも技術的な理解も間違っているかも知れません)、少なくとも僕にとって、これは大変興味深いことでした。

人々にこのような夢を見させるテクノロジーというのは一体どのようなものなのだろう。技術者として世界的に広がる熱狂の渦に身を置くのはよいことではないか。これが今回の事業のはじまりでした。

Ethereum はロシアに、Neo は中国に縁を持ちます。2022年の今日、世界の情勢を受けて、ブロックチェーンが果たしたかったことは一体なんだったのか。ブロックチェーンは果たして何を救う物だったのか。そのようなことに改めて想いを馳せずにはいられません。

帷子計画 : B2B SaaS x ブロックチェーン

2018年、とある日本の暗号資産取引所から600億円近くの資産が不正に持ち出されたという事件があったことはみなさまの記憶にもあたらしいかと思います。

僕にとってもこの事件は象徴的で、その規模の大きさに慄くとともに、これから暗号資産を保有する企業が増えていくのだから、監査や監視といった領域は確実に需要が増えるのだろうと見込みました。会計監査は門外漢でしたが、システムモニタリング、サービスの死活監視には明るいつもりでしたので、Datadog や New Relic などからハイレベルコンセプトの着想を得て、ブロックチェーン向けモニタリングツールをいち早くつくり、業界のデファクトスタンダードとなることを目指しました。 

チェーン(鎖)を紡いでできあがるものとしての鎖帷子から、catabira という名前をとり、法人名も変更し(2回目の登記変更… いっつも登記変更してんな)心機一転を図りました。

掘り起こした当時のファイナンス資料 - 1
掘り起こした当時のファイナンス資料 - 2

結果 : 早すぎた、そして待てなかった

事業に取り組む当事者として「市況が悪かった」というのは単に言い訳であるとも思っています。そのうえでですが、catabira が普及する条件として、企業にブロックチェーン上のトランザクションのモニタリングに関するニーズが広がることが大前提でした。しかし、2018年-2019年にかけて国内のクリプト、ブロックチェーン業界は強い萎縮期といえ、企業が暗号資産の取引所をはじめようにも金融庁からの認可がおりず、そのような状況で PoC 以上に踏み込んで参入する企業も目減りし、モニタリングツールの需要自体が生まれない状況に陥っていました。既存の取引所や、AML(アンチ・マネーロンダリング)の領域ではまだ可能性があったと思いますが、僕の事業開発の力不足であったり、本当にそれがやりたいことのなのだろうか?といった葛藤もあったりし、結果に結びつけることはできませんでした。

可能性でいうと、日本企業を対象とすることをあきらめて、海外を対象とするという線もあったと思います。当時利用していたコワーキングスペースは日本以外にルーツをもつクリプトチームが入居していて、アジアのクリプト企業に広く投資している VC と交流する機会もありました。要するにチャンスはあったのだと思います。僕の起業のモチベーションとしてグローバルで通用する SaaS を、という気持ちも(気持ちだけは!)あったと今でも思っています。ただ、ブロックチェーンに張り続けている人たちの多くが国外に拠点を移したり、そもそも法人を日本で設立しないなど根本的なアセットのありかたを変えていくなかで、そういう点でみても僕にはできなかった、というのが実際かなと思います。


葛藤 : 続けるべきか、引くべきか

To be, or not to be, that is the question

Hamlet

受託開発やらない縛りを続けていたのはすでに書いたとおりなのですが、いよいよプロダクトに集中するぞという2018年には、技術顧問業やコンサルティング業もストップしていて、資金は目減りをするばかりでした。ある意味で血の巡りを止めてでも走りきることを選んだ決断でしたが、数多くあった意志決定の中で、最終的にはこれが敗着だったかなと思います。

2019年に入り、これはいよいよ難しいのではないだろうか、と考える日々が続きました。読者のかたがたは、これまでに起きたじつにさまざまなことに対して「いや、そうはならんやろ」と思われるかも知れませんが、会社の銀行口座と自分の銀行口座残高がダブルでただひたすらに減額しているさまを見るのって普通にメンタルに良くないんですよね。しかも事業も全然伸びていきませんし…。

そんななかでも、NFT のトラッキングツールの仮説検証の実施や、その可能性を信じ加わってくれた仲間の存在など、さまざまなできごとがありました。当時の社内では、いまは市況がよくないけど技術力はあるのだから受託でもなんでもしてチームを存続させ、ときが来るのを待つのがいいのではないか、という意見もあがっていました。実際チームには(僕を除いて!)凄いメンバーが集まっていましたから、存続のためのお金を稼ぐということは間違いなくできただろうと思っています。

しかしこのときの僕はむしろ、そんな優秀な仲間たちを、「キャッシュが尽きないようにする」という理由で自分が率いるチームにとどまらせていてはいけないと考えていました。意欲も技術もあるのだから、困っている人の助けになること、もっと面白いこと、もっと称賛され、もっと儲かることができるでしょう?と。

あるいは、これは誰かのために会社を閉じることにしたい、という言い訳であって、本当は僕が僕の意思でこの挑戦をあきらめたくて、その理由を探していたのかも知れません。正直に言って、ブロックチェーンというテクノロジーが現実の問題を全然解決できていない、解決できていないばかりか、課題解決のために別のより大きな課題を生みだしているという感覚を抱くようになってしまっていたことも事実です。1−2年でブレイクスルーが起きる感覚もありませんでした。スタートアップはタイミングが大切、と言われます。同時に、タイミングがくるまで信じて待ち続けることが大切、とも言われます。当時の僕には、"その時" がくるまで待ち続けよう、と信じることができなかった。

このテキストを書いているいま、NFT は良い面でも悪い面でも 一大注目領域になっていますよね。NFT を捨てるとはなんて先見の明のないことをしたんだ、と思われるかも知れませんが、僕自身はもったいないことをしたとか、賭けが外れて悔しいとかは一切感じていないんですね。このふり返りをつうじて書いていることですが、事業というのは「続けられなかったから続けられなかった」ということに尽きると思うのです。したがって反対に、当時から NFT に注目はしていたんですよ、といった自慢も同様にできないのです。当時から今もずっと張り続けている人たちを間近で見てきましたから。本当にすごいなと思います。

そして廃業へ

2019年の5月、チームに解散を告げ、会社の廃業、清算手続きをすると決めました。銘々、思うところはもちろんあったと思いますが、大人の対応をしてくれたチームには感謝しかありません。そして申し訳なかったですね。

畳む決意をするちょっと前までは普通に資金調達の検討とかをしていたわけで、政策金融公庫の申請にあと判を押すだけのところまで進めてもらっていた会計事務所に逆に清算のための決算手続依頼をしたり(びっくりされました)、あのような市況でも懇意に相談にのっていただいていた VC やエンジェル投資家の方々に事情を説明するとき(びっくりされました)などは、どういう急転直下と思われているんだろうか…という情けない気持ちでいっぱいでした。

廃業というのは、まぁみなさんあんまり廃業はしたことがないでしょうしできればしないほうがいいのですけれど、司法書士のかたにお願いをすることでおおかたの申請手続きを代行してもらえます。登記申請であったり、決算を行ったりする必要があったりとかなりやることがあるのですが、お願いした事務所のかたがたいへん親切にしてくださったことをよく覚えています。

廃業の意志決定ができたことや廃業にかかる手続きが滞りなく済んだのは、結果的にエクイティファイナンスや融資などを実行していなかった、ということが大きいと思います。これを結果論としてよかったと見るか、そうでないかは今でも難しく思っています。ファイナンスによって、退路を断つ・背水の陣としての推進力を得ていたかも知れませんし、精神的により追い詰められていたかも知れません。

catabira を始める前にもっとはやくに会社を畳んでいれば、みんなに迷惑をかけることはなかったのかな、と思ったこともあります。起きたことはすべて代表としての僕の責任だし、力がなかった。ただ、これは開き直りとしてではなく、みなそれぞれに自分の意思で人生の選択をしていたのだと信じているし、やらなければよかった、とは考えないようにしています。

ちなみに廃業するとどうなるかというと、、官報にのります!!

官報令和元年6月18日号より

どーん!

>> 代表清算人 <<

代表取締役の末路は代表清算人なんですねぇ(白目)

なお同紙には5ページにわたってたくさんの企業の解散公告が掲載されています。みんな頑張って欲しい(祈)

いまだから言える、起業前の自分に伝えたい5つの約束

そんなこんなで廃業への道を突き進んだわけですが、今だから言える、昔の自分に伝えたいこと5つ!

1. ひとりで始めてはいけない

あなたがスタートアップを立ち上げるつもりなら、ひとりで始めてはいけません(強調)。資金調達においても、多くの場合、ファウンダーがひとりの組織はチームとはみなされません。なにより孤独で、つらいです。

2. 走り始める前にはよく休まなくてはいけない

起業はしばしばマラソンに例えられます。その場凌ぎの全力疾走は通用しません。走り始める前に、英気をよく養うこと。疲れたときには立ち止まって休むこと。体と同じくらい、心のケアに気を配ろう。

3. 起業はサイエンスではない、けだし守破離の精神を大切に

起業はサイエンスではないと思います。サイエンスだと主張する方は今すぐ論文を書いて世界中で再現できるようにしていただきたいです(暴論)。

しかしながら、落ちなくてもいい穴、嵌まらなくてもいい沼、知っておいて損のないことは確かに存在します。成功に再現性はないけど失敗に再現性はあるといったところでしょうか。

型守らずして型破れず。まずは守破離の守を身につけることをお勧めします。

4. ユーザーのほうを向いて仕事をしよう

うまく行かない日々が続くと、関心事が自分に向きがちになります。自分の虚栄心を満たすためだけの仕事はいつだって空虚です。つねにユーザーと向き合って仕事をすることを忘れないこと。

5. 自分の人生を楽しもう

起きてもいないことの心配で頭を埋め尽くすのをやめ、自分がいますべきことに集中しよう。どのようなときも紛れもなくあなたの人生なので、"いまこの瞬間" を味わうことを大切に。

終わりに

人生について考えます。自分の人生について。僕は神様のようなものを "さほど" 信じないのですが、人ひとりの一生よりも長いものや、今見えているものよりも大きなもの、たとえば世界のような何かがあることを信じています。そうしたものに仕えていきたいとも。人類の進歩にわずかでも貢献できただろうか? 僕が死ぬときに思い出すのはおそらくそういったことだし、そうありたいと思います。ふり返れば幼い時分の僕は大変な冷笑家で、何もかもがうまくいかず、生きる意味などないのだと考えていたこともありました。そんな僕が起業家の先輩がたをはじめ、志を持って挑むかたがたの熱量にうっかりあてられて、今では僕は僕の意思で、何かのために力を尽くすのだと思えるようになりました。それは僕の人生にとっての救いでした。起業は上手くいかず、時間やお金、信用、別の可能性、別の機会、失ったものはあったと思います。そんな中でも今に繋がる縁もあって、例えば妻と会ったのもこの4年間のうちのできごとでした。菅田将暉の曲に「間違い探しの間違いのほうに生まれてきたような人生だったけど、間違い探しの正解のほうじゃきっと出会えなかったと思う」という歌詞があるんですけど、僕は結構この歌詞が好きなんですよね。この経験をしなければ、僕はおそらくいまよりも尊大で、いまよりずっとたくさんのコンプレックスを抱えながら生きていたんじゃないかなと思います。今の仕事をしていることもなければ、今の仲間とも会わず、この記事を書くこともなかったでしょう。僕は僕の意思と、僕ではない何者かの意思に突き動かされていて、その何者かはやっぱり神様ではないのだろうけれど、なにかの世界、世界のような何かのなかで自分は生きているのだとそう思える。

"誰かがあなたの力を必要とするときがいずれ来ると思う"

それは今ではないかもしれないけれど。だからそれまでは人生を続けてみて欲しい。

——

さて、前編・中編・完結編でお届けしたシリーズも今回が最後になりました。このシリーズはポエム、もといポストモーテム(事後検死)であって、自分(の事業)の死体を見分するというのはある意味で中々にグロテスクなものでした。書いたこと、書かなかったことも含めてどう受け止められるかは読者のみなさんに委ねるつもりです。

正真正銘の今更ではあるのですが、起業中にお世話になったみなさま、ご縁をくださったみなさま、本当にありがとうございました。

現場からは以上です。


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Takahiro Ikeuchi

お読みいただいてありがとうございます。