くるり
くるりのライブに行った。
もう二年も前の話だ。
当時はコロナもこの世には存在しておらず、ぎゅうぎゅうの観客に揉まれながら初めて岸田さんの生歌を聞いた。
これを話すと驚かれるのだが、私はそれまでライブに行ったことがなかった。ましてやライブハウスなど、行ったが最後オリジナルTを着たドレッドの男に白い粉を売り付けられる、みたいな偏見しか持っていなかった。甚だしい誤解である。
アラサーにして初めて行ったライブは、恵比寿のリキッドルームだった。
酔った勢いで取ったチケットを握り締め、会社から直接訪れたそこは、本当に私が入っていい場所なのか不明だった。
入口からしてめちゃくちゃビビった。みんな場慣れしていて、私のようにスーツを着ている人間は皆無だった。こりゃあ白い粉のカモにされるかもしれん、と震えた。
こちらが会場だと地下に詰められて、今ここに火を放たれたらみんな仲良く蒸し焼きだなと思った。
開演30分前に行ったのに、もう舞台の周りは人だらけで、舞台もまるで文化祭のように簡素で、すごく驚いた。(ワンドリンクのビールだけはしっかり確保して、開演前に飲み干した。確かバドワイザー一択だった。スーパードライじゃなくてがっかりしたので覚えている。)
対バンは全然知らないアマチュアバンドだった。
地獄のミサワの如く「このバンドは俺がずっと見てて~」みたいなことを言ってるオッサンがいて、本当にこういう奴がいるんだと感心した。
何しろライブのお作法を知らないので、くるりはいつ出て来るんだろうと突っ立っていた。
後半になった。
岸田さんが出て来た。佐藤さんが出て来た。ファンファンが出て来た。
くるりのライブが始まった。
プロとは凄い。
まず声のデカさと演奏の安定感が違う。
岸田さんはアンコールまで全く音を外さなかった。歌声も衰えなかった。
楽器には詳しくないが、佐藤さんの指もブレなかったし、ファンファンのトランペットが唾液で濁ることもなかった。
シンバル猿みたいに夢中で手を叩いて、こっそり踊った。叫んでいいときは叫んだ。
くらくらするほど楽しかった。
めくるめく時間はあっという間に終わり、「宿はなし」でお開きとなった。帰路はずっとふわふわしていた。ライブとは、こんなに楽しいものなのかと思った。
楽しいことは良いことだと、素直に思えた。
呪縛が少し解けたのだと、夜道で少し泣いた。
私の母は厳しくて、勉強以外に時間を割くのを許さない人だった。
遊ぶことは悪、色気付くのも悪、馬鹿は罪。そういう家庭だった。
小6で初潮が来たとき、最初に投げられた言葉は「遊んでばかりいるから、こんなに早く生理が来る」だった。
番犬に追い立てられる無力な羊のように、ずっと勉強ばかりしていた。お蔭様でそれなりの大学には入れたが、心では未だに幼い私が途方に暮れている。
だから社会人2年目で実家を離れるまで、遊んだことはほぼ無かった。
異動で上京してからは、新しい職場と仕事に慣れるのに必死だった。
帰路、昂揚した頭で、自由だ、と思った。私はいま自由だ。ここで私は一人だ。一人は自由だ。
遊ぶのは素敵だ。楽しいことは魂に良い。
またくるりのライブに行きたいと思った矢先、コロナが世界を襲った。
マスクでこの世が覆われること一年強、先日くるりのライブ情報を目にした。行ければいいなと思う。
結局、ライブハウスで白い粉を売り付けられることはなかった。
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