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緞通の技術を使ってアクセサリーを作る

皆さんは鍋島緞通(だんつう)をご存知でしょうか。鍋島緞通とは木綿製の手織りの絨毯で佐賀県に約300年前に大陸から伝わったとされています。昔は幕府への献上品にもされ、一般の庶民が買うことも許されていなかったといいます。今でも佐賀県では3件ほどの織元が残るのみで技術を伝えています。

他にも赤穂緞通、堺緞通、倉敷緞通、山形緞通など緞通と呼ばれる"敷物"が存在し、それぞれ独自の歴史的背景や技術を持っているようです。

私、ikoeは前述した鍋島緞通の2軒の工房でトータル約6年間鍋島緞通を織る織り師として勤務し、当時はひたすら鍋島緞通を織りまくっていました(!)。そして、自然な流れで2018年に2軒目の勤務先である鍋島緞通の工房を円満退職してikoeとしてマイペースに活動を始め今に至ります。

鍋島緞通とikoeの緞通アクセサリーの違いは何かというと、結論からいうとほぼ、全てが違います。鍋島緞通の織機も使ってもいなければ、ザ鍋島緞通と言わしめる『蟹牡丹』などの伝統柄の敷物も作っていません。そして鍋島緞通のもう一つの特徴である全てが木綿製であるということも無視しています。それでは何を持って緞通とネーミングしているのかというと、同じ”結び織り”の技術を使っているということです。結びの作業からなる手織り絨毯の技術のルーツは中近東と言われていて鍋島緞通も元をたどれば中国から渡った技術だと聞いています。そしてまた中国緞通の技術も中央アジアを渡って伝わったのではないかと(勝手に)思っています。(多分そう)。世界にはペルシャ絨毯やトルクメンの絨毯、バルーチ族の絨毯、ギャッベ、モロッコ絨毯、etc...  様々な美しい絨毯が存在していて素材やデザインがそれぞれに違う。けれども手織りであるそれらは多少の技術の違いはあれど”結び”の作業から出来ている。

そんな結びの技術が面白い、その技術でもっと日常の生活を彩れないかという発想で鍋島緞通の技術をベースに日々制作しているのがikoeのアクセサリーなのです。

最後まで読んでいただきありがとうございました!







岩永 英子
1986年佐賀生まれ
女子美術大学在学中に、職人の仕事に惹かれ、洋画から版画に転向。同大学(絵画学科洋画専攻版画コース)を卒業後、佐賀市の鍋島緞通の工房に織り師として約6年間勤務。2018年夏、自身のブランド<ikoe>として木版画、緞通の技術を用いたアクセサリー類の制作、ワークショップを中心に活動中。

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手織りじゅうたんである鍋島緞通(なべしまだんつう)の技術を使ったファブリックアクセサリーと浮世絵の技法に近い水性木版画を制作しています。どちらも「モノと 対話するようなもの作り」を大切にしています。▶日々の活動記録http://www.instagram.com/ikoe_/